月のワルツ青白い月が輝く静まり返った誰もいないダンスホール。
この時間ならば賑やかになっているはずのクローフィ家だが、この別棟には誰もいない。
ギィ…、と扉が開く。鍵はかかっていないようだ。
「ほら、リリィこっち」
扉からおず…とリリィが覗き込む、手を引いて中に入れ扉を閉める。
「いいんでしょうか、坊ちゃん…」
「大丈夫だよ、なんかあったら僕とダンスの練習してたって言えばいいし」
自分たちの足音だけが響く。今のこの別棟にはほとんど人がいない。
「旦那様に怒られてしまいますよ」
「おじ〜さまには僕から言うからリリィは気にしなくていいよ。…ええと、こう、だったかな」
リリィの手を取りダンスのポーズの真似をしてみる。
「?坊ちゃん、僕はまだダンス習ってません…」
少し困惑したような顔でリリィが僕を見る。
「僕もまだちゃんとは習ってない。いつまでもおば〜さまが踊らせてくれないんだもん」
ダンスをするにはまず姿勢から、と肝心のダンスの授業はほぼ姿勢矯正に終わる。
それじゃあつまらないとおば〜さまに言ったら一度だけおじ〜さまと一曲踊ったところを見せてくれた。
その光景が美しくて、とても綺麗で、
「僕もおば〜さまやおじ〜さまみたいに踊ってみたいんだもん、1人じゃよくわかんなかったから、リリィに手伝ってもらいたいの!」
「僕にできることなら…でももし坊ちゃんに怪我でもさせたら…」
「リリィは心配性だなあ、大丈夫、ちょっとくるくる回るだけだから!」
たんたん、たららん、たんたん、と鼻歌を歌ってみる。うろ覚えで音痴で、リズムしか覚えれてないけど。
たしか、ここで、こう…
「わ、わ、坊ちゃんひっぱらないでください」
「そうだ!このたららん、でくるっと回る!リリィこう…ぐいってしてたんたんってして」
「ええ?えぇと…たんたん……」
月の光が差し込む誰もいない青白いダンスホールで。
曲も、歌も、リズムも、全部わからなくて。
でもあの時焼きついた光景が離れなくて。
「そう!おじ〜さまはこうやって…おば〜さまエスコートしてた!」
「こう…」
「わ、見た?!今綺麗にくるっと回れた!リリィ、センスがあるんじゃない?」
「そう、なんでしょうか…よく見えませんが…でも音とリズムはなんとなくわかりました、たんたん…♪」
キャッキャッとはしゃぐ。
不格好で、なにが正しいかもわからないまま、くるくると回る。時間がすぎることも、僕たちがこの別棟にいることも忘れて。
月だけが小さな踊る影を見つめていた。