悪夢トラウマ魔法 ロザ編
ああ、もう。最悪だ。
もう大丈夫だと思ったのに。
もうあれからだいぶ経ったのに。
目の前に立つ2人のニヤけた顔を見るだけで体が震える。背筋が凍る。音が遠く聞こえるみたいに、耳の奥でキーンと響く。
お兄さまたちが大きく見える。いや、僕の体が小さいのか。
あの頃とは違う、もう違う、のに。
「やあ、かわいいローズ」
甘ったるい声が肌を撫でるみたいにまとわりつく。気持ち悪い。
「挨拶もないの?お兄ちゃんは悲しいなぁ?」
「ふふ、ローズ。俺たちに「こんにちは」は?」
近づき目線を合わせてくる。気持ちは強く持ちたいのに体が、足が、勝手に後ずさる。
「あ、今。逃げようとしたんだ?」
いきなり髪を掴まれる。皮膚が剥がれるんじゃないかと思うくらいの痛みが襲う、つい「う、」と声が洩れた。
「いけない子だなローズ?」
「お兄ちゃんたちの言うことが聞けないなんて。」
ぎり、と髪を掴む手の力が込められるのを感じる。逃げられない、とも本能が警鐘を出している。もう1人のお兄さまが僕の腕をすごい力で掴む。ああ、もうこうなったら『あの部屋』に連れていかれるだけだ。
「我らがお祖父様から愛でられているのにこんなに出来損ないなんて」
「いやいや、お祖父様から愛でられる前にローズは人間の血が混じっているんだから。そもそもが出来損ないだよ」
「あはは、そうだった!」
僕を貶す言葉がよくそんなに思いつくな、と思う。ズルズルとすごい力で引っ張られる。お祖父様から甘やかされていた自覚はあるが、こんなにお兄さまたちから恨まれるほどだっただろうか。
このままではあの頃と同じだ、もう僕は変わったのだから同じ結末になっちゃいけない。
「離せ………っ」
グッと力を込めて抵抗するも引っ張られる強い力には勝てない。
「そんな弱い力で逃げられるわけないでしょ?」
「ほーんと、女の子みたい。人間より非力なんじゃない?ローズ?」
「うるさい、離せ…!!!」
ググ、と必死に地面に踏みとどまる。
髪も抜けそう、掴まれている腕も爪が食い込んで血が滲む。
「…はあ、鬱陶しいな、いつもみたいに大人しくしてればいいのに」
「そういうのがうっざいんだよ、ローズ」
「知らない、そんなの。『お前ら』の都合だろ…!」
いつもみたいに泣いて叫んで丸まるだけの『女の子』じゃない。僕はもう変わったんだ。
ギッとお兄さまたちを睨みつける、が、ゾッとするほどの冷たい目が僕を見下ろしていた。
思わず一瞬萎縮してしまうほど。
その隙がいけなかった。
ぐいっと引っ張られ体が浮いたと思ったら次の瞬間には背中に衝撃が走った。
「っ、は、……っ?!」
何が起きたかわからなかったが持ち上げられ思いっきり壁に叩きつけられたようだった。脳が揺れて気持ち悪い。
「あは、その顔かわいいねローズ」
「殺すのはまずいと思ってたけど、もういいか」
げほげほむせてうずくまる僕の腹を蹴飛ばされる、魔法の術式を展開する間もなく暴力が襲う。小さい体の僕は簡単に転がってしまった。
「ぐ、っぅ、!!」
これ、精神を襲う系の魔法じゃなかったのか?!体に響く痛みに脳が混乱する。これも魔法の効果か、とか、考えてる暇もない。
殺される、そう直感する。
クローフィの直系血筋。暗い屋敷の廊下でぼんやりとお兄さまたちの冷たい赤い目が僕を捉える。
魔法を詠唱したいが、言葉がでない。げほげほとむせ込み、呼吸も整わない。いつものように変身魔法で翼を生やして逃げようとするも魔力が上手くまとまらない。
「くそ、」
トラウマの元凶があれなら多分、こいつらを倒せば魔法も解けるはず、なのに。
こんなに差があるのか、まだ。
……いや、僕がそう思ってるだけか?
これがもし、僕の『記憶の中』のお兄さまたちなら、僕の心の持ちようでまだなんとかなるかもしれない。あの頃とは、変わってるんだから。
冷たい表情のお兄さまたちが僕を掴もうとする、が、なんとか避け逃げる。体が小さい分、歩幅は小さくとも小回りはきく、お兄さまたちは大きいからあの手に掴まれないようにしないと。
ごほごほ、と血を吐くがそんなことで足を止めてられない。
なんとか体内の魔力を練り羽根を生やす。これで多少は逃げられるはず。
「逃がさないよ、ローズ」
「いつでも逃げられなかったでしょ?ローズ」
距離をとったはずなのに耳元から声が聞こえる。寒気がする、体が反射で固まってしまう。
怯んじゃダメだ、この魔法から抜ける方法を考えないと。
寸前のところでお兄さまの手を躱す。
………あれらからの攻撃の痛みじゃなく、現実の僕へダメージを与えられたら?
気付のようなことができれば夢が覚めるみたいにこの術式からも抜けられるかもしれない。
少し、怖いけど。
あのお兄さまたちに比べたら。
お兄さまたちは遠慮なく僕に向かって魔法を撃ち抜く。そんな攻撃を避けながら術式を刻む。
成功するかもわからないけど、現実の僕がどうなるかもわからないけど。
「『お前ら』に殺されるよりかはマシだ。」
「水刃!!!」
水魔法を凝縮し、凝縮し、刃物並みの切れ味を持つそれを
自分の左腕に向けた。
肘より下が宙に舞う。
汗が噴き出る。血が噴水のように飛び散り、ドバドバ流れる感じがする、血の気が引いてサーーッと体が冷えていく感じがする。
じわじわと視界が暗くなる。
最後に見えたのはお兄さまたちの赤い瞳だった。
ハッ、と目を覚ます。じっとりと全身から汗が噴き出ている。
腕は………ついている。体は芯から冷え切っているみたいに冷たく感じた。
「ローザ様!」「ロザ様!」
駆け寄るいつもの影が見える。よかった、僕は戻って来れたんだな。
気を緩めた途端、ふ、と僕は意識を失ってその場に倒れ込んだ。