「全く寝れん」
天馬司は独りごちた。
横になるだけでも痛みを訴える腹。そのせいで何時間経っても寝ることができない。
自他共に認めるほど健康体であるのに、どうしてこんなに寝付けられないのか。カチカチと小気味よく2時を過ぎようとして音を立てる秒針を聞きながら、彼は夜な夜な考え込んでいた。
昨夜はいつもどおりショーの練習を終え、家に帰ってから勢いよく美味しいご飯を食べただけなのに。いや、そういえば謎に腹が減っていて、少しばかり食べすぎた気がする。それのせいなのか。
いつもはこの時間ぐっすり寝て、翌日隈を残して登校した類に苦言を呈しているが今日ばかりはそうと言えない。
「でもこれは不可抗力だ、あいつは自分から徹夜してるのに」
ぶつぶつと文句を言っては誰にも届かない言い訳を交えつつ、耳に入る時計の音を流していた。
こんな時間に起きていることが珍しい司は、なんとなくもの寂しくなった。未だに腹痛は彼を寝かせようともしないし、どれだけ暖かいものを着込んだり口に入れてもすぐには変化がなかった。
「…どうしたものか。このまま痛みが引くのを待つべきではあるのだが」
でもただ痛いだけでこちらからは太刀打ちできないものを相手に、ただ待っているだけではオレがしんどいだけではないか。体感1時間は過ぎたのに夜目を利かせて時計を見ればまだ15分しか進んでいない。
夜ってこんなに長かったのかと誰も聞くことなくため息をついた。
こんな時間に使うことのないスマホはやけに冷たく感じた。明るさをしぼった電気をつけ、慣れた手つきでパスワードを解除していく。今からやろうと思っていることはたったひとつだ。別に出なくたって構わない。オレが勝手にやろうとしたことだから。
司は目当ての相手のトーク画面にたどり着くと、申し訳なさ半分、やけくそ半分で通話のボタンを押した。
1コール。まあそんなすぐに出ることはないだろう。別に出なくたってもいいんだから。
2コール。さすがにこの時間は出ないよな。オレだって普段なら出ない。
その後もしばらくコール音が響くが、相手が出ることはない。そろそろ切るか、迷惑だし。と思ったとき、
「…もしもし?」
ちょうど相手の声が鼓膜を揺らした。
「ああ、こんな時間にすまないな。類」
「司くんがこの時間に起きてるなんて、何かあったのかい?」
「実は体調が悪くて寝付けないんだ」
「なるほどね。僕にかけてきたのは暇つぶし?」
「…そんなところだな」
「フフ、じゃあ司くんが満足するまで話し相手になろうじゃないか」
「ありがとう」
やけにかさついている声はもしかして寝起きなのか。叩き起こしたのならやはり迷惑だったのか。
「また今日も徹夜か?」
「そうだね。でも途中で集中力が切れてしまってから記憶が無いよ」
「どうせ机に突っ伏して寝ていたんだろう。体に悪いからやめろと言ってるではないか」
「善処するよ」
「お前のソレは絶対やらないやつだ」
決めつけなんて良くないじゃないか、とお得意の泣きそうな声が向こうから聞こえてきた。決めつけているわけでもなくただの事実ではないか。呆れた調子で返せば類はくすくすと笑った。
「だってすぐに形にしたいじゃないか」
「確かにそうだがお前はそれで怪我をしただろう」
「あれはさすがに迷惑をかけたと思っているよ」
「なら善処と返すのではなく行動に移さんか」
「母親みたいなことを言うよね」
「茶化すな!」
きっと寧々がいれば呆れているし、えむがいればにこにこわんだほいだね!とでも言われていただろう。誰にも聞かれることなく話せるツールはやはり精神的にも楽だと司は思った。