ああ、大瀬さん、いたいた。
どこからともなく呼ばれる声は心臓に悪い。このハウスに来て、彼とも共同生活を始めてから寿命が何年か縮まっていると大瀬は感じている。とはいっても、早急な死を望んでいる大瀬にとっては願ったり叶ったりではあるのだが。
背丈こそ同じだが体格が異なる、すらりとした容貌の依央利が目につく。いつの間にかぬるっと近くにいる彼は本当に猫のようだ。
「うあッ、いおくん…!?」
「もう! 大瀬さんは僕が話しかけるたびにいつもびびってますよね! そろそろ慣れてもらいたいんですけど!」
奴隷契約すらまだなのに、とぶつぶつ小言を吐き出される。
大瀬は自己嫌悪の塊であり、他人への服従を是とする依央利とはたびたび衝突する。それはハウス内に誰かがいようがいまいが、契約の下りになれば当たり前のように言い争いが勃発してしまう。ヒートアップして収拾がつかないところを笛を吹いた理解が収めるのもよくある話である。
「す、すみません…。でも、慣れるのは無理かも…、あと奴隷契約は結びませんので」
「ハァ〜〜〜!?!? また逃げるんですか大瀬さん〜〜〜??」
「いやあの、そうやって飛びつくのやめてください!! クソ吉のクソがいおくんに移っちゃうから!!」
「は? 僕奴隷だし。ご主人のクソが移るくらいでどうにもならないでしょ」
「そういうことじゃなくて!! とにかく離れて!!」
「嫌!! 今回こそ契約させてやる…!!」
口先だけでは何も変わらない、と依央利が文字通り大瀬に飛びつく。負けじと大瀬も応戦する。
「…またあの2人、喧嘩してるわけ?」
横で繰り広げられる喧嘩を傍目に、テラが口を開く。見慣れた光景とはいっても、飽きずにほぼ毎日見させられるとうんざりしてしまう。
「そうみたい。バカだよね」
机に向かい、依央利作のパンケーキを食らいつきながらふみやまで答える。
「もはや猫の縄張り争いの喧嘩じゃん」
「ははは、まぁいいじゃん」