刃と私の恋愛観相違2「突然だけど、刃ちゃんと羅浮に行ってきてちょうだい」
『……へ????』
リビングで朝ごはんのスムージーを飲んでいるときに突然カフカさんから言われ、疑問で返答してしまう。羅浮? どこって?? と思うと、スムージーを飲んでいる途中のコップを横から刃さんに奪われて机に置かれ、私の身体に浮遊感を感じた。
お腹に大きな腕が通されていて、隣には綺麗な黒色の服が見えることから刃さんに抱えられてることを理解した後、移動を始めるからカフカさんに助けを求める。
『ちょ、まっ……私、戦えないんですけどぉ』
「刃ちゃんがどうしても貴方と行きたいらしいの。戦えなくても刃ちゃんが助けてくれるわよ。いってらっしゃい」
『ぇ、ぇえええええええ~~~~~~~』
にっこり笑って手を振ったカフカさんが見えた後、ドアが閉まり見えなくなった。抱えている刃さんは未だ一言も話さず、ちょっとした抵抗で足をバタバタ体をくねくねさせていると「大人しくしろ」とお尻に一発平手打ちされた。いたい。
『いたぁぁ!? なにも言わず、抱えられてる気持ちも考えてください~。おーろーしーてー!』
「ふん……抱えられてろ。口を閉じていろ」
『は? なん……あびゃっ!?』
再度感じる浮遊感に驚き、舌を噛んでしまった。痛いが、刃さんが「だから言った」と一言言われたのにイラついて何も言わず、口を閉ざし何も言わず抱えられながら移動している。そのうち、寝不足もあってか、私は移動されている刃さんの腕で眠ってしまった……。
自己紹介がまだでしたね。私は、星核ハンターの一人。医療兼星核研究員の非戦闘員になります。私はとある星で生まれた一般人だったのですが、星が滅んでしまい生き残りで売られてしまった私は生きるため逃げた後、エリオと出会った。お互いの利害一致で成り立った契約により、私は星核ハンターになり、大きく「脚本」に関わることも少なく私の存在自体、指名手配的に扱われているから外に出るのが嫌い。研究室に引き籠れる今の星核ハンターという場所は、居心地の良い第二の実家です。
そんな私は、刃さんに好かれている。否、妄想とかではなく本人から「惚れさせてみせるから、覚悟しろ」と言われている女です。私は刃さんの事を男と見てないのと、あくまで彼の魔陰の身には興味があるくらいで……ってお断りしてるのだが、本人が嫌な顔して口を塞いできます。そんなわけで、別に嫌ってないが恋愛はしたくないわからない私と口説いて恋人になりたい刃さんで、お外に出てどこかへ行くことになった。それが刃さんの故郷的な場所、仙舟「羅浮」というらしい。先程、目を覚めても移動中だったので、色んなお話を聞いた。
「買わないといけないものができた……しかし、カフカは用事で銀狼も付き添えない……だから」
『だから、私……なんですか。でも魔陰の身が発症したら……私、戦うことなんてないできないですよ』
「大丈夫だ。なぜか、俺はお前の近くにいると……魔陰の身が落ち着く。これも惚れた女の傍だからだろう」
『ほへ~~、恋で治る病気? というか発症が抑えられるなんてあるんだぁ。メモメモ』
「…………もうすぐ着くぞ。いいか、俺の傍から離れるなよ」
『は~~い』
自分の持っていたメモ帳に書いてる途中、着替え終わった変装した刃さん。私もちょっとした変装で髪色と瞳に認識阻害加えた上で、私達は仙舟「羅浮」に着いたのだ。
『で、着いたら着いたで、すぐに離れ離れになるとは……とほほ』
仙舟「羅浮」に降り立ち、しばらく二人で行動していたんだが刃さんの帽子が取れてしまい変装が外れ……しかも近くに星穹列車? という人たちがいたらしく「ねぇ、あれ星核ハンターの刃じゃない?」「ほんとだ! 刃ちゃんだ! 捕まえろ!! 聞きたいことがあるんだ!」「待て、おい、なのか、穹!!」と三人組に絡まれてしまった。大きな広場だったこともあり、むやみやたらに攻撃を始めるのはいかがなものかと……と私がぼそっと言ったせいなのか、刃ちゃんは剣を出さず逃走を始めた。
刃ちゃんを追いかける三人組を私はぼーっと見つめていると、白と青緑の服を着た男性と目が合ってしまった。まぁ、近くにいたし仲間と思われてるだろうな……捕まるのかなぁと思ったらスルーして刃ちゃんの方へ走っていった。あれれ~、案外大丈夫だったの~。と呑気に考えながら、仕方がないのでこの周りを散策と薬品とかの買い物をしようと歩き始めた。
『(買った買った♪ これでしばらく薬品研究に煩悩出来るぞぉ)』
「すみません素敵なお嬢さん。こちら、貴方の落とし物ではないでしょうか?」
『へ? あ、私の珈琲豆瓶……ありがとうございます』
買い物が終わり足取り軽く浮かれているから、自分のポケットから出てしまった珈琲豆瓶を気づけなかった。それを拾ってくれたのは、桃の髪色に目が細く笑顔でこちらを見つめる狐族の男性だった。彼の手から珈琲豆瓶を受け取り、もう一度お礼を言って去ろうと思ったら、彼が口を開いた。
「不躾な質問で申し訳ないんですが、その珈琲豆は……どのような使い方をするんですか? なにか香水とかの匂いをかぎ分けるためとかでしょうか?」
『え、あぁ……この珈琲豆は少しばかり品種改良してて、食べるんです』
「た……たべる? 珈琲豆は粉々にして液体にするのでは」
『そうすると美味しさが半減するような品種改良してて、珈琲豆のまま食べるんです、あむ。おいしいですよ? 一ついかがで?(ゴリッ、ガリッ』
「ぇ……ぇえ……では、いただきます?」
意外なことに珈琲豆を気になった狐族の人に隠さず説明と実際に見せると、引いたような表情をしつつ一粒上げた珈琲豆を口に入れて歯で噛み砕いた。すぐ砕けた珈琲豆を食べた彼は、最初は凄い顔をしていたが珈琲豆を味わうと顔は驚いた表情になっていた。
「……おいしい」
『でしょう。この豆は貴重な品種で、豆を挽くと甘みが逃げてしまい液体コーヒーにすると苦味が増すんですが、珈琲豆だけを食べると直接甘みと栄養とカフェインが取れて楽なんですよね、液体で飲むより。むしろこの豆を食べて水を飲んだら実質コーヒーと一緒なので』
この説明を刃さんにしたときには、こめかみに青筋を立てながら「飯を食えと言っているだろうが」と珈琲豆だけでは栄養が偏るだろうと怒られたのを思い出した。しかし、この人は「なるほど……ふむ」と考えながら珈琲豆を見つめていた。見た感じ、普通の人ではないだろう。どこかのお偉いさんかな~と思っていると、こちらへ向いた彼が目を開き(目、開くんだ……)私の手を取って、キラキラした瞳で話始めた。
「すごく面白いですね! もしかして、医療関係にお勤めですか?」
『あ~~、まぁ、そんなとこです。チームの中では治療とか医療に関して研究しているので』
「奇遇ですね私も医士であるんですが、食事療法に精通しているのですがこの珈琲豆にすごく興味がありまして、ぜひこの後暇でしょうか? 一緒にお茶しながら色々お話しませんか?」
お話……まぁ刃さんがいつ追いかけで帰ってくるか分かんないし、それまでの間なら……そう思い了承した。彼は椒丘さんというらしく、「私がよく行く場所があるんです、さぁ行きましょう!」と嬉しそうな表情で案内をしてくれる。この辺りの人なのか? まぁ、私には関係ないから着いて行くか……そう思っていた。
二人の様子を黒い紫色の影が女性を見ていることは、狐族の男だけは気づいていた。
「いやぁ、貴方とこんなに食事療法について語れるとは……偶然にもお会いできてうれしかったです」
『私も医療の知識が増えました。それに……椒丘さんの辛い物で治すといった医療方法はすごくいいですね。今度仲間にでも試してみます』
時間としては数刻、まぁ一から二システム時間くらいまで二人で医療法について語りつくしていた。私は基礎的なことを本で学んでいるしかないので、実際の戦争や多くの患者を助けたことがある椒丘さんの言葉には一つ一つ経験による重みを感じた。私は……みんな怪我せず帰ってくるし、刃さんの包帯巻きなおしくらいしかやったことないので、彼の言った言葉をメモしたり本から得た知識の深堀を聞いたりなど、有意義な時間を過ごせて大満足していた。
そろそろいい時間だろうから、お会計して礼を言い解散でもするかぁ。これでも私、星核ハンターだし、と思っていると……椒丘さんは私を見つめ静かに笑いながら、その場が凍る一言を言う。
「それは、星核ハンターの仲間に……ですか?」
『…………ぇ』
椅子から立ち上がって今すぐ逃げなきゃと思った。しかし、きつねにつままれてしまって身体が動かない、何も言えず彼の方を見るしかできなかった。椒丘さんは扇子で口元を隠しながら、言葉を続ける。
「貴方と会う前に、雲騎軍から星核ハンターの刃が現れたと聞いた後、友人から近くに女性がいたと聞いて、ちょうど近くにいた私が出向いたんですが……貴女ったら、警戒なしにほいほい着いてきてお話しているので、こちらが面白くてずっと笑い堪えるのが大変だったんですよ。」
『…………』
「星核ハンターの……指名手配はされていないようですが、お話を聞く限りではだいぶ前から協力関係なんでしょう? 戦闘員ではなく、非戦闘員での在籍。医療研究員、というより星核研究が主にしていてそうですね」
『…………』
椒丘さんと先程の会話から推測した情報は全て当たっていた。なんでもお見通し、まるで戦場の策士だ。この状況下では私は狐に食われる前のウサギに過ぎない。彼の瞳をじっと見つめながら、次言われる言葉がなんだろうと考えるしかできない。幸い、彼はまだ言いたいことがあるようだ。
「今回羅浮にきたのは、薬品とか研究に使うものを買う目的ですか? だとしたら、貴方は運が悪いですね。大人しくこのまま連行いただけますでしょうか」
扇子を外し真っすぐこちらを向いたと同時に、首元に冷たい何かを感じる。動くな、ということだろう。横目で周りを見渡すと紫色の服に身を纏った男性がいた。おそらく椒丘さんの仲間で、ずっとつけていたのか様子を見ていた人なのだろう。椒丘さんから推測を話してる間に、焦っていた気持ちはなくなりすでに落ち着いていた。なぜなら、私は滅んだ星で生き残った幸運の一人なんだから……ここから抜け出すことくらい、簡単なんだから。
『……感服しました。私が話した内容ほとんど間違いないので……椒丘さんは医士というより策士のほうが似合ってますよ』
「お褒めに預かり光栄です」
『ですが……星核ハンターはあの人の契約によって集められた人たち。星核ハンター全員がお互いを想っていると思わないほうが良い。もちろん、非戦闘員の私はもっとも捨てていい人間です。だから、ここで私を捕まえ、尋問し、処刑しても、星核ハンターに痛手を負わすことはできないですよ。それに、私は星核の研究はしていませんし』
「……そうですか、ですが貴方を捕まえたとなれば今羅浮にいる刃を誘き寄せることができると思うのですが」
『まさか……今回の羅浮行きたいと言ったのは刃のほうですよ。私は彼の護衛兼見張り役なので、彼は何の気兼ねなく私を捨てて逃げるでしょう。そうなれば……貴方達は思っている刃を誘き寄せる作戦は失敗に終わり、星核ハンターではなくなった女しか残りませんね』
「!……貴方はまるで、自分自身を賭けている人間ですね。自分自身を賭けて、命が朽ちても、星核ハンターが悪い方へ行かないようにしているようにも見えました」
『椒丘さん。私は、流れるままに生きて、賭けてもいい相手に命を預けるのは得意なんですよ……』
言いたいことを全て口から出した。目の前の椒丘さんに目を向ける。椒丘さんは私を哀れ見ているようだった。ただの星核ハンターに置いてる非戦闘員を心配しているのか、優しい人なのかと思ってしまった。でも私は、自分の命一つであの人と星核ハンターが有利になるなら賭けることができる。と人にいえば、狂ってるというようなもんだ。分かってる。だけど、私は賭けることは……得意と思っている。
「ですが、貴方の身柄は確保させていただきます。大人しく一緒に着いてきてください」
『……そうですか、では……逃げさせていただきます』
「!? 椒丘、離れろ」「ッ……!?」
服の袖に念のため隠していた煙幕(お手製)。カフカさんから隠し方教わっていてよかった。首に当たっていたナイフが少し食い込んで血が流れた。そんなこと気にせず、私は煙幕の中彼らから逃げるため走った。
『はぁ……はぁ……っ、かれたぁ』
ここがどこなのか分からないが、追手が来ていないということは逃げ切ったのだろう。久々に全速力で走ったこともあり、息が切れて壁に凭れ掛かり首の傷を触って確かめる。結構深かったのか、襟元まで血がべっとり付いてしまっている。洗濯しても血残りそうだし、これは捨てかなぁ。痛みは不思議と感じない。走った衝動でアドレナリンが出たからか、はたまたいいナイフのせいなのか……まぁどちらの可能性もあるな。
未だに刃さんと合流できないとなると、逃げながら探してアジトに戻る手間が凄いかかる。これからの計画を考えながら、買ったばかりの包帯を開けて自分の首に巻き付ける。血が流れたままだと、色々面倒だし、と思っていた時だった。
音もなく後ろから声を掛けられた。それは、ゆっくりねっとりと私を探るような声だった。
「おや、道に迷ったのかな。大丈夫かい」
『!?』
驚きのあまり、手に持っていた包帯を落としてしまう。すぐに拾い、後ろを振り向く。
白色の長髪。左目の下にほくろと黄色の瞳。纏っている格好が鎧に近い服に、気怠そうな外見。羅浮に来るまでに刃さんが言っていた特徴そのまんまの人物が立っていた。
ーー
「先程言った特徴の男に会ったら、まず逃げろ……あいつは、面倒で…厄介だ……」
『へぇ~。よく知ってるんですね……名前とかって知ってるんですか』
「あぁ、古い馴染みだ……奴は…………」
ーー
『景元……さん、ですかね』
「おや、私のことを知っているのかい。それとも……仲間から聞いたのかな」
じっと私を見つめる瞳が、キッと鋭くなり威圧感を感じる。まるでここで捕まえる。逃がさないといわんばかりの圧力だ。しかし、私は気になってしまったことがある。刃さんをよく知っている人物ということであれば、刃さんがどんな人なのか、昔はどうだったのかとか、聞けたりするかもと思って質問を投げた。
『…………貴方って、刃さんの知り合いなんですか?』
「……君、現在どんな状況下に置かれているのか理解しての言葉だろうか」
『理解してますよ。別にここで暴れても一生懸命走っても逃げられないなら、お話してみたいな~って』
「そうか……面白い子だね」
くすくすと手を口にやり笑う姿、まるでバカにしているようだった。しかし、私の質問を答えてくれるのか、身構えている私に対して「着いてきてくれるかい」と手を差し伸べてきた。所謂、「離すから逃げるな」と言うことだろう。彼の掌に自分の手を乗せると手を握ったまま、どこかへ歩いていく。
目の前に綺麗な海が広がっている場所に到着した。ここは鱗淵境というらしく羅浮の持明族が多くいる場所の近くらしい。歩きながら教えてくれた、どうやらこの人はお話が好きみたいだ。
「さて、着いたね。ここだと話がしやすい」
『……この大きな像は誰ですか?』
「彼は……羅浮にいた雲上の五騎士の一人、持明族の龍尊「飲月君」。君の仲間である刃から、何も聞いていないのかい?」
『刃さんに何度か聞いてみたけど、話したがらないから諦めたの。いずれ話す……としか』
「それは……私から話してもいいのかい? 本人から聞かず」
『貴方の過去話にいる刃さんを聞くだけでしょ。気になったし、刃さんからは刃さんの過去話は聞くからいいですよ。それに、羅浮に来てから、少し……刃さん苦しそうだったから』
彼の専属医士として、彼が好いてる女として、なんとなくだけど放っておけないと思ってしまった。この想いには恋というものがあるのか、ないのかは分からない。だけど、彼の話を聞いて刃さんに支えになれるようなことがあれば、してあげたいとも思った。
「……じゃあ、少しばかり過去の話をしようか」
故郷を滅ぼされかけたところ、仙舟朱明へ逃げ延びた刃が、鍛造の技を習得。短命種でありながら、様々な功績を残したが……仲間を失ったことに納得できなかった刃と当時の龍尊「飲月君」が「飲月の乱」を起こした。元々、長命種しかならない魔陰の身のはずだが、豊穣の力に呪われたせいなのか……刃さんは堕ちてしまった。
『刃……は星核ハンターをしながら、死を求めているってことか……』
「理解が早いね、君は。刃……私としては昔の名前の方が、呼びやすいんだが彼は許してくれないからね」
『私も古い名前の方は嫌いです。滅んだ星の事を思い出します』
「君も、星が滅んだのかい?」
『……劣悪な環境、荒廃の星に生まれた私は”運よく”生き残ってしまった。そのせいで、奴隷商人に買われて逃げて、拾われて今、星核ハンターしているので。私たちが……信仰していた地母神は助けてくれなかった。だから私は星神を信じない。助けてくれた人、手を差し伸べて居場所を与えてくれた人を信じてしまう』
彼の言葉から聞く刃さんは、きっと今以上感情を表に出していたんだろう。笑顔も怒りもきっと好いていた女性に今以上、言葉で伝えていたのだろう。そう思ってしまった。なぜか胸がきゅうと苦しくなる。なぜか分からない。でも刃さんの過去……というか景元さんから聞いた過去話を聞けて良かったと思った。
「君は、刃と仲がいいのかい?」
『あ~~、まぁ……仲はいい、かな?』
過去話が終わってからは、ゆっくりと景元さんと今の刃について話していた。昔からの友人として、今、どうしているのか……彼も気になっているのだろう。お話をしている最中、剣と剣がぶつかるような音が鳴り響いてく。耳を澄ませば、段々こちらに近づいていることに気づく。景元さんが私を後ろに来るよう促してきた。死にたくないので、彼の大きな体の後ろに隠れた。
ガキンッ、キンッ……音がすぐそこになったとき、聞き覚えのある声……狂気に陥った笑い声が聞こえた。刃さんだ。刃さんが笑って苦しんでいる声が聞こえた。
「フッ、はははは!!」
「ぐッ……」
笑い、狂って、目の前の敵しか見えていない。いつも私の不摂生に静かに叱る刃ではない。いつも私に愛の言葉を呟きながら抱擁やキスをする刃ではない。あの広場で会った、白と青緑の服を着た男性と戦う姿。彼が戦う姿を見るのは、初めてだった。苦しそうに笑い、苦しそうに戦う姿を見てしまい……居ても立っても居られなくなった。
バカなことだと思った。しかし、行動してでも彼を助けたい気持ちでいっぱいになっていた。二人が激闘を繰り広げる中に、走って向かう。後ろから景元さんの止める声、前からは刃さんと戦ってる人の驚き止める声が聞こえた。私はそれらを無視をして、刃さんの前に立った。
剣を構え、目の前の敵しか見えていない彼の瞳に私が映る。私は無表情で、彼の瞳をじっと見つめ、両手を広げ無言で静止を伝えた。
真っ赤な瞳は大きく見開いていた。そして、私ごと後ろにいる男性へ突き刺そうとした剣は私の顔の目の前で止まり、無事怪我をせずに彼を止めることに成功した。刃さんは急な脱力をしたせいなのかはたまた驚いたせいなのか、持っていた剣がガチャンを音を立て落としてしまう。そして、じっと私を見つめたまま立っていた。
私はゆっくり彼に近づいて、抱擁をする。私の体格じゃあ刃さんの腰に腕を巻き付け抱き着くことしかできないし、顔は彼の逞しい胸筋にうずくまるしかできない。それでも彼が安心できるように、背中へ回した手で彼の背中を擦ってあげる。
『……刃さん、刃さん。落ち着きましたか? 大丈夫ですか』
「……………………ぁ、あ。だい、じょうぶ、だ」
『よかった、そのまま、ゆっくり息を吸って、吐いてください。私の肩に顔を預けてもいいですよ』
「……すぅ……はぁ…………おまえ、か、ら……血の、におぃ」
『刃さんのほうこそ、血の匂いが濃いです。あとでお風呂一緒に入りましょうね』
「そう…………だな……」
小さな子供をあやすように、ゆっくりとした口調で伝える。彼は私をじっと見つめたことで魔陰の身の発作が落ち着いていく。カフカさんに掛けられている言霊のように、ぼーっとしつつも日常的なことができるくらいの時になった。肩に顔を預け、私の匂いを嗅ぎながら深呼吸する刃さんの頭を優しく撫でながら、景元さんと刃さんが戦っていた人との会話を聞く。
「丹恒殿、大丈夫かい……傷は、ないみたいだね」
「あぁ、俺は大丈夫だが……彼女はいったい」
「彼女は星核ハンターの仲間、なのだが……これは驚いた……刃の魔陰の身が治まってる、のか」
「そうみたいだな。なんにせよ、俺は助かった……みたいだな」
先程、景元さんとお話していた中で刃さんが恨んでいると言っていた、丹楓の転生した人だろう。像の彼と面影が似て見える。私が顔を横に向け二人を見ていることがバレて、丹恒さん?と目が合ってしまう。表情からして、助けてもらった恩を言うべきか迷ってると見えるな。意外と可愛い男の子って感じだぁと呑気に思っていると、刃さんが私の顎を掴んで前を向かせてきた。こっちを見ろと言わんばかりの表情と瞳で私を見つめたまま、二人の前でキスをした。
『ん!??!!!! んぅッ!!!????』
「「!?…………」」
「ん……っ……」
思った以上に長くキスをする。バードキスでいいのに、わざわざ口内に舌を入れてディープキスを初めて来た。待って待って!? 長い長い長い長い!???? めちゃくちゃ二人、目を真ん丸にして驚いてるって、流石に羞恥心あるんだよ!? 私!!
そう思い、彼の胸をバンバン叩くと不服そうに離してくれた。繋がっていた銀色はぷつんと切れ、私は息が絶え絶えだった。いつまでたっても彼とのキスは慣れなくて、人の目の前だというのにディープキスをされたせいで足に力が入らなくなった。私が刃さんの腰を抱きしめたのに、次は彼が私の腰を腕で支えて立たせていた。
「……なぜ、おまえ、は…………キスに、なれない」
『人前!!!! あと!!!! 慣れるわけがないんですよ!?!? というか、付き合ってないのにキスしてる私達も可笑しいんですよ!!』
「…………おかしくない…………すいてるおんな……あいじょう、ひょうげん」
『だからって!!!!! 今しなくてもいいですよね?!?!』
「あ~~、二人とも、そこまでにしたらどうだい?」
『ぁ、景元さん……ごめんなさい、変なとこ見せて』
「…………」
『こら刃さん、景元さんを睨まない。目を瞑りなさい』
「わかった」
「…………これほどまで、刃が……言うことを聞くのか? 猛獣使いか、彼女は」
「ある意味、猛獣使いかもしれないね」
一通りの悶着が終わった。景元さん含めた二人は、刃さんが落ち着きを戻したことに驚いている。それは私もそうだった。と言うか、試してみようで成功したんだと今頃実感した。別にあそこで死んだら死んでも”いい”と思っていたから。この命なんて、別に価値はないが、それを刃さんが許さなかっただけである。まぁ、結果オーライということになる。
景元さんは落ち着いた刃さんとお話をしたかったみたいだが、肩に顔を埋めて目で威嚇している様子をみて諦めた。丹恒さん? という方と少しだけお話しすると、彼は星穹列車のナナシビトらしい。二人には、私が星核ハンターの一員ではあるが、戦闘はからっきしできないと伝えると「じゃあなんであの中に入って制止しようとしたんだ」と説教まがいをされてしまった。まだ出会って、数時間? 丹恒さんに限っては数分しかないんですが……。二人と話している間も、刃さんは私を後ろから抱きしめ落ち着きを保っていた。
今回は、私に助けられた恩もあるということで私達を捕まえず、羅浮に去ってよいと言われた。刃さんの用事は終わったようなので、お言葉に甘え私達は星核ハンターのアジトへ戻るため彼らに分かれを告げた。刃さんは未だに、抱きしめ落ち着きを保ちながら帰路へ歩くのであった……。
『刃さん、良かったですね。お互い、大きな怪我無く帰ることができて』
「…………ぁあ」
『今回の件で、魔陰の身について深く知れましたし、刃さんの治療も進展するかもですね』
「…………ぁあ」
『それに、星核ハンターになってから刃さんと一緒に初めての外出だったので楽しかったです~。』
「…………ぁあ、そうだな」
肯定を告げながら、帰路を歩く私達。刃さんの手を引っ張りながら歩いていたが、徐々にいつもの調子に戻ってきた刃さん。歩幅が変わり、私の前を歩いてくれる。そして、先程までの短い肯定ではなく、私に質問してきた。
「……この首の傷は、どうしたんだ」
『へ? あ~、これは……逃げるときに少し傷ついちゃって』
「…………包帯を外せ、付けなおす。傷口も見せろ」
『え~~、アジト戻ってからでいいですよ』
「……そうか」
しょぼんと顔を落ち込む姿をみて、思わず笑ってしまった。笑い堪えてる私に向かい、刃さんが「何を笑う」としかめっ面を見せてくる。そうそう、彼とはこの距離感がいいんだ。仲間以上友人以上恋人以下の関係性、一番気が楽だと感じる。笑ってる私を見て、彼も少し嬉しそうに繋いでいる手を絡ませ歩いてく。
きゅぅと嬉しく高鳴る胸のことは、彼に内緒である。
『そういえば、用事ってなんだったの?』
「……俺の、生前の物を取りに行ったんだ。こいつだ」
『ほへぇ、小さくて綺麗な小箱ですね。中身はなんですか』
「ふっ……まだお前には秘密だ」
『え~~~~~~~~』