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    honcha

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    🐉7エンド後 趙イチ
    ちょう視点

    #趙イチ
    choIchi

     六月の天候さながら、室内の湿度も高い。
     煌びやかな装飾、むせかえるような香り、至る所で交わされる男女の熱、微笑む艶かしい女達。その中でもいっとう一級品の女は、その魅惑的な所作をもって隣に座る男の膝に手をねっとりと這わせる。
    「……今日はこれからどうする?」
     ごく耳元で囁かれても、その男──横浜流氓の元総帥である趙の目線は右手に持つグラスから離れない。グラスの中の氷を軽く弄ぶ。
    「うーん…」
    「上の空?せっかく久しぶりなのに」
    「今日は帰ろうかな」
     えっと小さく声をあげた女に構わず、決定を下したあとの趙の行動は早い。すっとソファから立つと察知したボーイから上着を受け取り、早々に出口に向かって歩みを進める。女はその背中に慌てて声を掛ける。
    「──え、本当に帰るの?」
    「うん。あ、この子たちはこのまま楽しませてあげて。あとでちゃんと払うから」
     呆気にとられた女と楽しむ元部下達を残し、趙はいっぺんも振り向きもせずそのまま店の外に出た。
    扉の外側で一旦立ち止まり、顎に軽く手を当てて逡巡する。薄く息を吐き、外気のじんわりと湿度をもった酸素をゆっくり肺に送り込み、異人町の低い空を見上げた。


    「あれ、まだ帰ってない」
     階段を登ったその先にある倉庫よろしくな家の窓に明かりが灯っていないことを見て、趙はポケットから携帯を取り出し時刻を見遣る。22時。
    また変なホームレスの爺さんと飲んでいるのだろうか、はたまた元極道のために街を奔走しているのだろうか、と思考を巡らせながら、壁際に鎮座するひとつの植木鉢を持ち上げ隠れていた鍵をひょいと取る。ここに鍵が置いてあるということは、いつでも家に来ていいぞ──という家主からのメッセージでもある。趙は有り難くその厚意を頂戴して家の鍵を開け、手慣れた手付きで室内の電気を灯し、キッチンボウルの中で出迎えてくれた家主の同居人ナンシーに、こんばんは、と挨拶をする。部屋の中にじんわりと充満する家主自身の香りが趙の鼻を掠める。そのまま向かった冷蔵庫を無遠慮に開け、
    「飯いるかな…お、ちゃんと材料揃ってんじゃん。えらいえらい」
     夜も遅いしおつまみ程度に、と野菜と卵とをいくつか出し、手際よく調理を進める。フライパンに火をつけると、趙の研ぎ澄まされた耳に、アパートの階段を登り始める音が届く。家主だ。鼻唄を奏でながら上機嫌に登ってくる様子が容易に分かり、フライパンの火加減を確かめる趙の口角が上がる。
    「ただいまー。お、よお趙」
    「おかえりー。お邪魔してまーす」
    「なに?なんか作ってくれてんの?」
    「いい子にはあげちゃうよ」
    「はい!ありがてえ!」
     趙の手元を覗きながら右腕をピシッと行儀よく挙げた家主──春日は靴を脱ぎながら、自分の家に存在する趙に何の疑問も持たずに会話を続ける。酒に酔っている素ぶりはない。どうやらこの時間になった要因は、どこかの誰かのために奔走していた方のようだ。
    「来るんだったら連絡の一つでもくれりゃあよかったのに」
    「しても時間通りに帰ってこれないことが多いでしょ」
    「はは、違えねえ」
     上着を脱ぎながら春日がフライパンをふる趙の後ろを通ると、ふといつもと異なる香りに気付く。
    「ん、お前、今日香水のにおいがするぞ」
    「あー…うん、まあ。そうかもね」
     今や料理人であるこの男は香水をつけないところからの違和感。言葉を濁す趙に、春日は冷蔵庫からビールを二つを出しながら首を少し捻る。
    「よかったのか?ここなんかに来て…」
    「いいの。春日くんはそんなこと気にしなくて。さ、食べよ〜これテーブルに持っていっていい?」
    「お、おう…なるほど」
     趙にピシャリと言葉の壁を建てられ、春日は思わずたじろぐ。神室町という風俗街で育った春日はそこら辺の人間よりその臭覚と気配の察知は多少敏感である。発している女物の香りはきっと《そういう》女なのだろう、と予測は立てられるが、異人町で毎日一緒にいた頃から、趙にそのような気配は一切なかった。そう、一切。その風体とギャップのある気のよさに、さぞかし女には困らねぇだろうな──などとナンバなんかは羨望も交えて話していたが、本人はどこ吹く風、まるで異性の存在を匂わせてこなかった。
     そんな仲間に異性を感じる時が来るなんて──とそわそわ視線を寄せていると、趙はあえてそれを受け止めずにテーブルの前のソファに座り早々、右手のみでいただきますをする。目の前には野菜を中心にした彩り豊かでなんとも食欲を唆る惣菜が三品広がっていた。それを見た春日も慌てて座り両手を合わせる。
    「あ、いただきます!こんな美味そうなもの、いつもありがとうな!」
    「どういたしまして」
    「……。お前さんのような色男を仕留めるのはどんな人なんだろうなぁ」
    「はああ、春日くんて本当〜に野暮だよねぇ」
     あえて伝わるように呆れた溜め息をつくと、箸を右手に取った春日の肩がびくりと揺らぐ。
    「だ、だって気になるだろぉ」
    「なんもないの。ただ下の子たちをお店に連れてってあげただけ。俺は途中で抜けてきたんだから」
     説明する趙の手が空を切り、揶揄う意図を消した春日の瞳が細まる。
    「元総帥様直々に連れていくところなんざ、さぞかし上等な店なんだろうな」
    「どうだろうね。ほら、冷めちゃうから早く食べて」
    「お、おう、────うまい!」
     今度こそ話は終わり、とばかりに趙が料理に誘導すると春日は素直にあたたかい料理を口に運んで目一杯顔を綻ばせた。趙の料理はいつだって一番だな、なんて言ったりして。
     趙はそんな春日の単純な様に笑みをこぼし、残り少ない手元の缶ビールを揺らす。表だって現さないが、趙は逡巡する思考を止められていない。それは今日お店に行く前からずっと。春日たちと行動し始めた頃から、ずっと。生まれて初めて湧き出たこの感情をどう処理すべきか決めあぐねている。どんな場面でも決断が早いこの男には珍しいことである。

     趙は、きっと、この春日という男に恋慕の情を抱いている。他の仲間たちとは違う形の。
    きっかけは全く分からない。ただ人の心の奥底に入り込むことに長け、誰よりも情に厚く、優しい優しいこの男と接している内に、知らない自分を曝かれることが多くなった。取り繕うことが難しくなった。闇の中に潜む自身の人生に突如現れた向日葵のような春日といることが最初は面白くて、徐々に心地よくなり、傍にいたい感情が強くなり、ついにはその隣を誰にも渡したくなくなった。裏切りや騙し合いが横行する趙の世界の中で、手放しで寄り掛かることのできる、無二無三の存在。とはいえ、恋だとか愛だとか、そんな単純な言葉に落とし込むことも出来ない。産まれた時から横浜流氓の総帥になるべくして教育され、縛られてきた男だ。異性に関しても同様、女は後腐れない夜の女にしろ、婚姻は同じ裏稼業の家系の女で、いずれ子を成せ──などと口酸っぱく言われてきた。解き放たれた純粋な恋愛などもう久しくなくて分からない。
     恋とは?愛とは?性欲、とは。好き、だけでは駄目なのだろうか?
     趙なりにこの感情の膠着状態を如何するか時間を掛けて考え、今日、はたと昔馴染みの夜の女に会えば何か変わるだろうか、と思いつき元部下を連れるついでに行ってみた。…ものの、この春日に対する捻れた執着めいた感情は一ミリも動かなかった。困ったものだ。
    「……なんだよ。なんか考え事か?」
    「え?」
     缶ビールに落としていた視線をあげると、趙の九十度の位置に座る春日は眉を下げて左側の口角を上げた。どうやら、意図せずしばらく口を閉ざしていたらしい。
    「いや…別に。そんなことないけど」
    「趙は考え事したい時によくウチに来るよなぁ」
     思ってもみなかった指摘に、趙の喉の奥がぐ、と鳴った。自身の無意識を言い当てられたかのようにじんわり耳の裏が熱くなる。春日という男は、普段いわゆる男女の機微に鈍感な癖して妙な鋭さも併せ持つ。歳上然としたその態度にむず痒くなって春日の左肩を軽く拳で押すと、至極楽しそうに笑みを深めた。
    ゆらりと冗談めかして揺れる春日の身体を右掌で軽く抑えた趙はサングラスの奥から上目遣いで春日をちらと見る。
    「…あのさぁ、春日くん。俺が今考えてること実行してみていい?」
    「お?おお、俺ができることであれば、」

     その春日の言葉は最後まで紡がれることはない。同意を得た瞬間に腰を浮かした趙に目線を奪われるまま、唇も奪われたからだ。
     動揺で目を見開き顎が引きそうになる春日の顔を、趙は逃がさない。親指の腹で春日の薄い唇の縁をなぞり、最初は、唇を押し付けるだけのもの。ゆっくり上唇に触れたまま、角度を変えて、ちゅ、と吸い付き、また塞ぐ、を繰り返す。優しく、大切なものに触れるように、ていねいに、あたたかく。最初は硬直していた春日の身体が解けて呼吸が出来ていくのがわかると、趙はこれ以上は、と最後に、ちょん、と瞼にキスを落として解放した。
    離れていく体温に、ぎゅっと怯えるように瞑っていた春日の瞳がそろそろと開いてゆく。と、ソファに戻り自身のサングラスを付けなおす趙と目が合う。お互い、情けないくらいに首筋まで紅く染まっている。
    「え、お、おま…」
    「なるほど。いいもんだね」
    「な、なにしてんだよ!こ、こんな──ば、ばかやろっ」
    「あはっ」
     顔を真っ赤にして怒る春日に、趙は我慢出来ないというように眉尻を下げて笑った。
    「なんかすごいドキドキしちゃったよ〜、びっくり」
    「それ、は、こっちの台詞だっつうの!」
    「は〜止まらなくなっちゃうかと思った」
     はあ、とほんのり頬を染めたまま息をつく趙に、春日は居心地が悪くなり、むずむずする自分の胸あたりのシャツをぐしゃりと掴む。
    「春日くんは?よくなかった?」
    「………。…悪く、は、なかった…かも」
     趙からの視線を避けるように、春日は俯いたままぽつりとこぼす。その言葉の様が思いの外健気で正直で心許なくて、趙の心臓部を直に揺さぶりにくる。
    「…え〜なにそれ可愛い。春日くんすき!」
    「だあ!もう!俺はいいの!お前の考え事は一体なんだったんだよ!」
    「もういいよ。わかったから」
     ほえ?と春日が目を瞬くと、趙は目の前のテーブルに向けていた脚を春日に向け、真正面から向き合う。

    「春日くん。俺、自分で思っていた以上に君のことが大事で大切みたいだ。多分、これは他の仲間よりもっと強い気持ち。男にも女にも誰にも負けないと思う。これだけは、これからも、ずっと変わらない。これ、覚えておいてね?」
     趙の言葉は力強く、その真剣な目から逸らすことができなかった。春日が握り続けていた自分のシャツを、趙の掌が優しくほどいて包むように握る。
    いつもなら、この言葉にニカっと笑って、おう!、で終わる春日も、このふわふわした雰囲気はちょっと違うことが分かる。
    「…な、なんか、これってよ……」
    「うん?」
    「なんか、あれみたいだ…うまく言えねぇけど、」
    「あぁ──、」

    ────愛の告白だよ。





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