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    honcha

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    🐉7と8の間 趙イチ もう消さない
    かすが視点

    #趙イチ
    choIchi

    ──────

     たまに、ちょっと飲み過ぎるきらいがある。
     夜の異人町で仲間みんな飲んで騒いで、短針が三を過ぎたあたりで解散となった。各々好きなように散らばり、仲間の誰がどこに向かって帰っていったのかなんて春日には分からない。それなりに泥酔状態だった。ふらふらとおぼつかない頭とずっしりと重い身体を引き摺り家路へとつき始める。鼻唄を奏でながら複数の建物に軽くぶつかりながらご機嫌に。櫻川にかかる橋に差し掛かり、遊ぶように欄干に手をつき真っ暗な川に身を乗り出すと、誰かが後ろから「危ないよ」と声を掛けた。構うもんか、とそのまま聞き流していると、身体の制御が効かずゆらゆらしていたのか、欄干に置いていたはずの手が滑り身体が川のある前方に揺らぐ。
    あ、落ちる──と察知した瞬間、
    春日の胸あたりに片腕が回り、がしりと制止される。おそらく、この腕がなければ夜の櫻川に真っ逆さまだった。アルコール過多と危機感による冷や汗にどくどくと血流が回る頭で、その身体を支える特徴的な手指を見て、あ、趙か、と春日は思考が戻ってくる。
    「危ないよって言ったでしょ」
    「わ、わりぃ…」
     春日の耳元に、いつもより深い趙の声が届く。春日は身体を拘束されたまま、あれ、趙はタクシーで帰ったんじゃなかったっけ、とアルコールでふやふやな頭をフル回転させる。
    趙はそのまま両腕を身体に回し、欄干にもたれる春日をずるりと剥がすように後ろに下げた。ありがとう、と告げると、趙は小さく頷いてそのまま無言で春日の後方を歩く。そのまま、春日のアパートまでついてきて、階段を登って春日がポケットの鍵を探し当てたことを確認すると「じゃ、またね」と言って踵を返す。あれ、趙は、うちまで来なくてよかったな、とそこで思いつく。思い返すと、酔っ払った帰り道はいつもそんな感じで趙は春日の後ろをついてきていた。趙が家に帰るのであれば、春日の家経由なんてせずにもっとショートカット出来たはずなのに。
     本当に、自分は果報者だ──────

     春日がハローワークに契約社員として働き始めてから、ソンヒと趙、ハン・ジュンギはカタギの仕事に従事する自分達からは距離を置き始めた。理由は明確で、裏社会の我々と日常的に関わることはお前達にもよくない──ソンヒに直接目を見て言われ、全面否定出来なかった。趙もハン・ジュンギも後ろにいた。俺はそんなこと気にしないぞ、という気持ちと彼らの気遣いを無駄にしたくないという気持ちのせめぎ合い。結果、受け入れるしかなかった。決して寂しいなんて思ってはいけない。彼らの、自分の立場を想って考えて導き出した結果なのだから。なにもこの世からいなくなるわけではない。同じ空の下、どこかで生きているとわかっているだけで十分幸せなんだから、と春日は自分に言い聞かせる。
     不慣れな仕事で手探りなことも多くて、酒の量が少し増えていることはちゃんと自覚している。ハローワークの後も元極道達のために走り回って、疲れた身体で帰りにお店で一杯引っ掛けて、さらにコンビニでワンカップを二、三本買って飲みながら家路に着く毎日。たまに後ろを振り向いてみたりしたけど、やはりそこに趙がいることはなかった。それはそうだ。彼らは一度決断したことは、私情を消して徹底するだろう。春日は思わず期待してしまった自分が恥ずかしくなり自嘲し、もう振り向かないことにした。
     ある日、溜まった疲労と酔いでふらつく足が夜のお店の看板へ引っ掛けて盛大に転ぶ。ガランガランと後方で看板が倒れていき、春日は突っ伏したまま地面に拳を打ち付ける。
    「いっでえぇ〜…ああ〜やっちまった…」
     のそりのそりと看板をちゃんと元に戻して、スーツの膝が破けて血が出ていることに気付いても、春日はちゃんと立ち上がる。転んでも、殴られても、何度でも。立ち上がって、そこを映しているであろうコミジュルの監視カメラに向かって軽くピースをする。カメラの向こう側にはきっと彼らがいて、こんな自分の醜態を見て笑ってくれているはず。
    お前達がいなくても、俺はやっていけてるからな、というメッセージを込めて。
     そうすることで、自分自身を奮い立たせるような気持ちにする。日々うまくいかなくて心が薄暗くなる日があったとて、今まで支えてくれていた仲間たちを安心させたい。この環境に身を置かせてくれてる、全てに感謝して進まなければ。
    家へ運んでくれるはずの両足がいやに重い。これは膝に怪我をしたからであろう、そうに違いない、と春日は後少しの体力を振り絞る。


     怪我をした足を引き摺りながらアパートの階段を登っていくと、暗闇の中いつもない人影が家の前のテーブルあたりにあることに気付く。こちらに背を向けているが、テーブルに軽く腰を掛けてるその姿は、過去に見慣れたあの背中で、どくんと胸が高鳴る。
    「────趙」
     声に出して、自分の声がひどく頼りなく響いたことに気付いてじんわり耳が熱くなる。ゆっくり首だけ振り向いた趙は、右人差し指を口にあててシーと声を出さないよう合図を出す。春日が慌てて両手を口にあてると、趙はテーブルから降り、ごく静かに声を掛ける。
    「内緒で来ちゃったから。ちょっとオフレコで頼むよ」
    「むう…」
     光がない世界を一歩ずつ音を殺して近付いてくる趙に、春日はどういう気持ちを覚えたらいいのか分からない。戸惑い──懐かしさ──はたまた、叫び出したくなるような嬉しさ──か。
    春日の目の前まで近付いた趙は鼻をくんと利かせる。
    「お酒、飲み過ぎ。こんな毎日続けてたら身体やられちゃうよ?」
     ぐうの音も出ない春日は指示を受けたとおり無言のまま眉を下げる。
     趙はそれを見て笑い、春日の頬に柔らかく触れ、顔についている泥をはらう。そのままゆっくりと一つに纏めた後頭部を撫でるようにしてその頭を自身に引き寄せた。
    流れるような仕草だった。
    その、宝物を引き寄せるかのような趙の仕草に動揺して、春日の心臓がけたたましく鳴り始める。もう片方の掌が優しく春日の背中を撫で、より二人の距離を縮めた。あまりに自然すぎて、春日はそのままを受け入れる。
    暗闇の中、お互いの体温を分け合いながら無言でいた趙は、自身の肩に寄せた春日の耳元で小さい声で、
    「………実は、人を抱きしめると、ストレスが三分の一軽減されるとか、なんとか」
    「な、なるほど…」
    「ふふっ」
     突拍子なく披露した雑学に納得してくれる小声の春日に笑いを噛み殺す。真下にさげてた春日の両腕が控えめに趙の背中に回されると、趙はそれが合図かのように、腕に、手に、より力を込めた。なんだかいつもと様子が違う趙に戸惑いを覚える。
    「趙」
    「…あのさ、春日くんが元気にやっててくれてるなら、離れててもきっと大丈夫って思ってたんだけど。やっぱり駄目だったみたい」
    「………、」
    「逆に会いたい気持ち大きくなっちゃった」
     茶化すような言い方をしているが、春日はその語尾が微かに震えていることに気付き、趙の背中を緩くさする。普段は余裕でスマートな趙の様子が、おかしい気がして。
    「もうカメラにピースなんてしないで」
    「…や、やっぱあれ見られてたか…はは」
    「全然笑うところじゃない。あれ全然笑えなかった」
     あの映像を見ていて、どれだけ趙が驚いたか。どれだけ趙が心を痛めて、部屋を飛び出してきたかなんて知らないだろう。
    趙だって、ずっと春日の様子を見ていた。ソンヒが春日に別れを告げた時から、ずっと。暇を見つけては監視カメラで春日がちゃんと元気にやっているか見ていた。ハン・ジュンギに、「貴方もほとほと飽きませんね」などと嫌味を言われながらも。同時に、お酒に飲まれていくような、から元気なその様子も気になった。
     春日はいつもそうだ。多くの人に無償の愛を配るくせに、自分を大事にしない。できない。大事にする方法を知らないのだ。誰にも大事にされたことがなかったから。
    だから怖かった。いつか愛だけを残していなくなってしまいそうなこの男が。だからいつも目を離せなかった。
    「──君は自分に対する欲がなさすぎる。他人を大事にしすぎるから」
    「………」
    「春日くんが自分を大事にしないなら、これからは、俺が、君を大事に護る。すっごい大事にする」
     まっすぐな趙の言葉に、春日の瞳が揺れた。

    「…、距離を置く、って…」
    「迷惑掛けないように隠れて来る。それより今の春日くんが優先」
     いや、俺はいいけど大変なのはお前だろ、って。
     しばし考えるように沈黙していると、同意と受け取ったのか趙は春日を至近距離で見つめて言う。とりあえず明日から毎日一緒にご飯食べよう?と。趙の愛は、春日と同じく重そうで、その提案に思わず結婚かよ、と苦笑する。そんな春日を見て趙も結婚より大事にするよ、と笑う。
     酒に溺れるのは今日までになりそうだ。明日からはきっと、春日を誰よりも大事にする男が傍にいる。

    ────
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