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    🐉8中 趙イチ
    ちょう視点

    #趙イチ
    choIchi

    ────

    「ハンがハワイに向かった?」
     電話口のソンヒが、ハン・ジュンギと電話が繋がらないことを不審に感じGPS追跡をしたところ、履歴が空港で止まっていたこと、そしてハンの部屋からパスポートがなくなっていたことを淡々と説明をする。おそらく、───春日の手助けに行ったのであろうと。ソンヒは特に動揺していない。想定の範囲内だった、というところだろうか。趙の今の心情はさておき、目下、横浜流氓の取りまとめ代理をしていたハン・ジュンギがいなくなったとなると各所体制見直しが必要になるかもしれない。するべきことを頭で考えながら趙の右手人差し指が軽くテーブルを叩く。
    「はあ…まあ、あいつならやりそうだね、了解」
    『どうだ?してやられた気分になったか?』
    「なにそれ、なんの質問?とりあえずこっちはこっちで調整するよ。何か問題ありそうならまた連絡する」
     揶揄い口調のソンヒを軽くいなし、赤の電源マークをタップして携帯電話をテーブルの上に投げ置く。ゆっくりと椅子の背にもたれた趙は、ハン・ジュンギの主君のピンチに脇目もふらずに突き進んでゆく性格を思い出す。よくも悪くもその一生懸命さは、ハワイで大変な思いをしているであろう春日達を助け、大きな支えとなるだろう。仲間として、よいことだ。
    「なるほどね〜…」
     天を仰ぎ小さくこぼれたその言葉は、部屋の高い天井に向かって消えてゆく。ふう、と息を吐いて、もたれた背中を起こして自身のやるべきことを始める。何かを考えている暇などないのだ。この地味な調整だって、きっと、巡り巡って助けになるはずだから。

     結果、ハン・ジュンギが託したヨナも、ヨナが託したギフンも揃ってハワイに飛んでしまい横浜流氓の組織内でちょっとした騒動になった。これらの騒動はソンヒと趙が事前に動いていたから損害は最小限に食い止められたといっても過言ではない。
    収束後、趙の携帯電話にハン・ジュンギから着信が入ったが、画面の表示名を見て一旦無視することにした。別に怒っているわけでもないが、とりあえず。

    「──ハン・ジュンギがお前が電話に出ないと嘆いていたぞ」
     ある日趙がサバイバーのカウンターに座って携帯を見ていると、ソンヒがあくまで報告のみ、といったニュアンスで声を掛ける。
    「はは、確かに。出てないねぇ」
    「そろそろあいつらも日本に戻ってくるだろう。その時は話してやってくれ」
     肩をすくめるだけで答えを返さないと、ソンヒはため息をひとつついて話を終わらせた。あまり虐めてやるな、とだけ残して。
     趙とて、別に虐める意識でいるわけじゃない。ただ少し、ハン・ジュンギが羨ましいだけだ。その身ひとつで迷いなく異国に行く決心を出来たことも、彼の傍で闘えていることも。自分にだってここにすべきことが残っているということは十分に理解しているが、過去の決断を振り返らずにはいられなくなる。自分の両脚はこの異人町から離れられていない──と。これでもし趙がハン・ジュンギからの電話に出て、話の流れでハン・ジュンギからハワイで危ない目にあったことや余計な親密さを匂わされたりしたら、次ハン・ジュンギに会うときに頭を思いきりぶん殴ってしまうかもしれない。そんな自制心を持ってやっているというのに、ソンヒに訴えるなんて、と趙は軽く舌打ちする。

     サバイバーを後にした趙は、道端に転がっている小石をひと蹴りして川沿いを歩く。川沿いの風はより一層冷たく、両手をポケットに突っ込んで足早に。そのまま川を下っていくと、馴染みのバッティングセンターに着く。趙は辺りを見回し、バッティングセンター横の芝生広場の網に覆われた無人のサッカー広場の真ん中で、大の字で寝そべっている男を見つける。
    ──アロハシャツのままで来たのか、この冬の時期にとても寒そうだが、この男らしい──と思わず口角が上がる。そっと網の中に入り歩み寄ると、目を閉じて眠っているようだった。傍に立膝をついて座り込み、久しぶりに見る日本人離れした綺麗な顔立ちをしばらく眺める。辺りは波の音だけでとても静かで、海からの冷たい風だけが二人を揺らす。バッティングセンターの照明だけが照らす、顔も、腕も脚も生傷だらけだ。自分がいないところで、こんなにも闘ってきたんだな、と心にずんとくるものがある。趙はその男に小さく声を掛ける。
    「頑張ってきたんだねぇ。…おかえり」
    「…おう。ただいま」
     意図せず返ってきた不意の返事に趙の心拍数が跳ね上がる。
    「あっ起きてたのぉ?も〜たぬきなんてひどいじゃない」
    「今起きただけだ。わり…ちょっと気が抜けた」
    「身体起こさなくていいよ」
     その男 ──春日一番が気怠げに身を起こそうとする動作を趙は軽く手で制止するとそのまま、胸をぽんぽん、と叩く。春日はその振動を心地よさげに目を細めて受け止める。
    「連絡くれてありがとう。嬉しかった」
     趙が素直な気持ちをつい口に出すと、春日は一旦沈黙する。伏せられた目に長い睫毛の影がかかった。
    「………なんか連絡しなくちゃと思って」
    「うん。嬉しかった」
     あえて繰り返してみると、春日は観念したかのように息を長く吐いた。趙の手を胸に置いたまま。
    「本当は、こんな暇してる場合じゃないんだけどよ…」
    「ちょっとくらいいいじゃない。君はいつも走ってるんだから」
     サバイバーにいた先程、趙の元に一通のメッセージが届いた。送り元は春日一番、内容は《異人町着いた バッティングセンター》という句読点もない簡潔な内容。船で海を渡り、警察にいる状況とだけは少し前に聞いていたが。周囲の仲間たちの反応を見るに、これは自分だけに送られたものと確信し、黙って出てきた。なんで自分にだけに送ってきてくれたんだろう、と多少浮かれていたと思う。こんな疲弊した姿を見るまでは。
    「趙なら一人で来てくれるかなって思った」
    「…分かってるね。俺、春日くんには結構甘いんだ」
     その戯言めいた本心に春日がくくっと笑って目線だけをちらと趙に寄越す。
    「えっと…こっちでフォローしてくれて、ありがとうな」
    「いや?そっちはそっちでうちのハン君が頑張ってくれてたでしょ」
     幾分か含みをもって言うと、春日は力弱くはは、と笑い遠くの星空を見た。
    「──お前が、いろいろ考えて動いてくれてるってことは俺が知ってる…」
     そして、その目をゆっくり閉じる。
     趙は春日に目を向けたまま、暫くそのまま動けなかった。

     趙はジャケットを脱ぎ、また微かな眠りについた満身創痍の春日にかけてやる。
    助けになるならとタイミングを見計らってパーティーに入ったが、横浜という地でハワイの春日の助けになっているかの実感は湧ききらない、はずなのに。自分が俯瞰で動いてきたことが全て報われたかのように、もやもやを打ち消すような、清らかな言葉だった。
    小さく上下する春日の胸にもう一度手を置き、その奥にある心臓の音を探る。とくとくと動くその振動は泣き出したくなるくらい、尊い。目の縁に溜まりそうになる水の欠片を打ち消すように眉間に皺を寄せる。
    「生きて戻ってくれて、ありがとう」
     彼が目を覚ましたら、また闘いが待っている。それまで少しでも心安らかで眠れるよう、趙は心から祈った。

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