スズキさんからの貰い物【チャンドラ助けて】
穏やかじゃないメールが来る。腐れ縁にして親友悪友の男から。どうしたと電話してみれば「暇なら家に来て」だと。
チャンドラが家に来た。
「何これ」
見た瞬間の反応はまぁ至極当然だろう。
「見てわかるだろ。タコ。オクトパス」
「それはわかってるよ。どうしたんだよ。生だろ」
「生どころか、まだ生きてます」
「ウソだろ! …マジでどうしたんだよコレ」
「貰った。スズキさんから連絡があってさ」
俺たちが海鮮好きって事覚えててくれて、「タコは好きかしら」と聞かれれば快く受け取る以外の選択肢なんてない。
あの何でも料理するスズキさんが「生のタコは駄目なのよ。トラウマで。茹でてるのは大丈夫なんだけど」て言っていた。旦那さんが貰ったらしいが奥さんが駄目なことは知らなかったようだった。
帰りながらタコ料理に思いを馳せていたらアルバートが気付いた。生きていることに。
びっくりしてスズキさんに連絡を入れてみれば知らなかったようだ。見た瞬間視界から消したらしい。
知らなかったとはいえ生きたタコを渡した事を謝ってくれて何なら破棄してくれて構わないとも言われたけど、せっかくだし調理してみる事にしたのだが。味方が欲しくてチャンドラにヘルプを入れたという理由だ。
とりあえず下処理の仕方はチャンドラが来るまでに調べた。
「だってさ~スズキさんに頼られたら断れないし。手伝ってくれよ。俺たち友達だろ? コレ終わったらタコパしようぜ」
な? お願い、とアルバートにおねだりするみたいにしてみる。ウゲッと顔を顰められた。失礼だな。
「まぁいいけど。タコパはアイツらも呼ぶ?」
ユリーとキリシマだろう。もちろんそのつもりだ。
でだ、動いてるのが怖くてタコが入っている袋は閉じている。問題がひとつ。
「締めるのに眉間を刺さないといけないらしい」
「誰がやるんだよ。俺イヤだぞ。ノイマンお前が貰ってきたんだからお前がやれよ」
「そうなんだけどさ~こっち見てる気がして」
「とりあえず袋から出さないと」
アルバートがそっと袋からタコを出す。
ずるん
「「「うわっ」」」
動きに三人とも距離を取ってしまった。その隙にシンクの縁に足をかけるタコ。
「ヤバい! 脱走するつもりだぞ!」
「ひぃぃ~気持ち悪いぃ~」
「おいタコ! 外に出るんじゃない!」
「ノイマン足除けろよ! あぁ! 外に出てる本数増えた!」
「この棒で剥がして、強い…!」
「退け! 俺が引っぺがしてやる!」
遂にノイマンが力ずくでタコの足を掴みシンクの縁から何とかのけるようとする。
「うわわわ、感触ぅ~気持ちわりぃ」
手を離してしまいタコは脱走をはかる。
びたん
床に落ちた。
「おい! タコ! 止めろ!」
アルバートが叫ぶがそんな事はタコには関係ない。
「ダメだ、隙間に入ろうとしてるだろコイツ。ノイマン何か板とかボウルとか何でもいいから無いのかよ」
三人で追い込み何とかボウルに入れてまたシンクへと。逃げようとするタコを今度は逃がさない、とノイマンが掴む。
しかしタコもタダでやられる訳にもいかない。別の足をノイマンの腕へと貼り付ける。
「あ! コイツ! チャンドラ、アルバート! のけろ! ………いだだだだ」
最後の抵抗か男三人がかりでノイマンの腕から足をのけようとするが、吸盤が吸い付きなかなか苦労する。痛がるノイマンを見かねてハインラインが包丁を持つ。
「アーノルド今助けます!」
「無理すんなアルバート、ビビってんじゃねえか」
「いえ、貴方のピンチに動けなくては僕がいる意味がありません。アーノルドを助けるのは僕です!」
「…アルバート……」
二人の寸劇めいたやり取りを半眼で見ながらもチャンドラはタコの足を離さなかったのは褒められるべきだ、と後に話していた。
タコの眉間めがけて包丁を刺す。暫くしてタコの抵抗が弱まり無事ノイマンは解放された。
「疲れた……」
三人とも既に疲労困憊だ。とりあえず三人分に分け黙々と塩を揉み込む。
「これ全部たこ焼きにすんの?」
「それな、冷凍してもいいんだろうけど食べ切りたいかな」
アルバートがレシピ検索してたしある程度は消費出来るはずだ。
下処理も終わったしユリーとキリシマに連絡を取れば「是非参加させて頂きます」と快い返事が貰え、たこ焼き器も持って来てくれるそうだ。何でも一家に一台ある物らしい。
チャンドラと三人で買い出しに。
「何でこんなに酒が入ってんだよ」
「パーティーに酒は付き物だろ~」
「こらアルバート、食玩を入れるんじゃない」
「しかし、新作ですよ」
「今日はダメだ。また今度買ってやるから」
「約束ですよ」
「おう。こらチャンドラ、菓子をそんなに入れるな」
まったく。いつもは財布の紐が硬いアルバートはチャンドラがいると途端に子供みたいにはしゃぎだす。チャンドラもココぞとばかりはしゃぐ。誰かが止めなきゃ際限なく買い物が増えるから結局俺がストップ役になるしかない。だけどこうやってバカみたいにワイワイするのは、嫌いじゃない。
家に帰って準備して、チャンドラは既に酒を飲みながらツマミを作ってる。タコキムチを作るんだと言ってキムチの素を混ぜてるが…。
「…おい、それ入れ過ぎじゃねえ? タコの赤なのかキムチの赤なのか、わかんなくないか?」
キュウリの緑も心なしか赤く染っている。
「え~そう? こんくらいが美味いって」
恐らくアルバートは無理だろうな。こっちはこっちでマリネを作ってる。俺はひたすらたこ焼きの具を刻む。そんなに狭くないはずのキッチンなのに男三人いればやはり狭い。
「お前らダイニングでやれよ、狭いだろ。洗い物はしてやるから。俺は準備してんだから優先順位はこっちだろ」
渋々ダイニングに移り二人はまたツマミを作り始める。そのうちチャンドラに唆され、いつもはお行儀がいいアルバートまで珍しく酒を飲みながら作り始めた。
「アルバートさんタコの唐揚げ作ろうぜ~」
「しかし、これ以上タコ料理を増やしてもいいんですか? たこ焼きもあるのに」
「あっちはそんなに使わないし無くなったら別の具材を入れればいいんだよ」
「それはたこ焼きとは言わないのでは?」
「いーの。それがタコパの楽しみ方だろー。楽しければいいんだから」
それならば、と適当な大きさに切ったタコをチャンドラが味付けしてキッチンに戻って揚げだす。挙がった唐揚げを掴み俺の前へと差し出した。
「ほい、一番乗り。味見してみ」
ふーっとひと吹きして口の中に入れてもらう。濃いめの味付けで酒のツマミにピッタリだろう。
「うん、美味いんじゃないか」
二人で頷きあっていれば突き刺さる視線を感じる。アルバートがもの凄い視線でこっちを見ていた。
「何だよ」
「それは、いわゆるアーンなのでは?! 僕というものがありながら!」
「はぁ? チャンドラなんだから別にいいだろ」
何をそんな目くじら立てる事がある。
「確かに、ダリダですから? 僕が危惧する事なんてないですけど? 目の前でイチャイチャされるのは嫌です!」
ふんす、と鼻息荒く言うのを二人で呆れて見る。何あれ?
酔っ払てんのか?
そんなに飲んでなかったポイけど?
「そこ! 視線で会話しない!」
さらに鼻息荒く注意される。
「ははっいつもの俺と逆だな」
確かによくチャンドラに注意されてる内容だ。堪らず二人で吹き出せば「何ですか!」とさらに騒ぐ。可笑しくてさらに笑えばつられたアルバートも最終的には笑ってしまう。
暫くしてキリシマとユリーが来てタコパ開始だ。
二台で焼いて焼いて、食べて食べて、飲んで飲んで。タコが無くなればチャンドラがチーズやらキムチやら色々入れて、さながらロシアンルーレットだ。
その頃には皆酔っ払ってケラケラ笑いながら食って。
「楽しいな」
そう俺がこぼせばチャンドラが
「な。平和って感じ」
と返す。ずっと前線にいた俺たちが親しい人と集まって飲んで酔っ払って。ほんの何年か前の俺たちに言っても信じないだろうな。
「私もずっとオーブに居ますけど、変な話、ココ最近が一番平和を感じてます」
「同感。オーブは中立国で他国と比べて比較的平和なんでしょうけど」
「この中で僕が一番戦争を体験してはいないでしょうが、平和とは何か最近ようやくわかった気がします」
「昔の俺達に見せてやりたいよな。ナチュラルとコーディネーターは仲良くなれるんだぜって」
「昔の俺たちかぁ。あ、写真あるぞ」
「見たいです!」
「待ってろ、アルバム持って来る」
リビングに置いてあるアルバムを持って来て、まだ連合にいた頃の写真を見せる。
「皆若いですねえ。准将とかミリアリアさんとか可愛い」
「フラガ大佐も若いですね!」
「…ノイマン少佐、変わらないですね」
「んな事あるか? 変わってるだろー。大人っぽくなっただろ」
「はいまぁ確かにそうですね」
「渋々言ってんじゃん」
俺の発言に適当に返したユリーにチャンドラがツッコむ。酔っ払って忘れてた。アルバムだから色んな写真を綴じている事に。
ペラペラ捲っていたユリーが大きな声を出す。
「きゃ、お二人共これいい写真ですね!」
「あ――!!」
バッとユリーから奪い返し急いで後ろ手で隠す。
「忘れろ!」
「何なに? 面白い写真でもあったの?」
「何でもない!」
「えとですねぇ、お二人が「ユリー!」、えと、何でもないです」
ええ~ってチャンドラが言ってたが無視だ無視!
急いで私室に隠して戻ってくればアルバートが手招きする。近寄れば股の間に座らされ後ろから抱き着かれる。
「おい」
「ちょっとだけです」
皆いるんだけど、と呆れるが三人とも『気にするな』と目線で言われる。酔っ払って甘えたが出てきたのかな。
それから他愛もない話をして、もう時計は天辺を指している。
「そろそろお開きだ。どうする? 泊まってく?」
別に準備は出来るけど、と伝えるが手間だろうから帰るとの事。たこ焼き器は後日返却する事にした。
「それではお邪魔しました」
「ご馳走様でした」
「片付け手伝えなくてゴメンな」
「いーよ。そんなに汚れてないし」
「ん」
俺に引っ付いたままのアルバートも何とか返事を返す。
じゃあ、と三人を見送り戸締りをしてリビングへと戻る。
「アルバート、起きてるだろ」
そう声をかければ背中の体温が離れる。
「この甘えん坊め」
振り返れば拗ねた顔が見える。
「貴方が皆と仲良くするのを見ているのはとても嬉しいし心温まる光景なのに、同時にそこに入っていきたいのに行けない自分もいて。少し寂しくて。以前の僕なら入っていきましたよ? 自分の話を聞いて欲しいから。だけどそれは独りよがりだから。寂しさより楽しそうにするアーノルドを見ている方が余程満たされると知ったから」
もう仕方ないヤツだな。くしゃくしゃ頭を撫でてやる。
「わかってるよ。アイツらもわかってる。アルバートのタイミングでいいんだよ。いつかお前が入ってくるの待ってるから」
俺とチャンドラだけとかなら入って来れるけど、人数が増えればタイミングというか距離感を測りかねているんだろうな。
「こんな所で対人関係を疎かにした弊害が出ると思いませんでした。もっとちゃんと人と関わるべきだったと過去の自分に言ってやりたい」
思わず吹き出せばムッと眉間に皺が寄る。
「俺は今のアルバートが好きだぞ? お前が少しづつ変わっていってる過程が見られて嬉しい。それに、対人関係良好のお前なら、今の関係にはなってなかったかもしれない」
あの距離感バグった感じでグイグイきて、呆れ半分、新鮮な気持ち半分。開発部やモルゲンレーテの技術者達に怒鳴ったり、かと思えば真剣な顔でディスカッションしたり。俺のシミュレーションデータ見て目ぇキラキラさせて興奮したり。そんなギャップにちょっと惹かれたり。そのうちそれが興味に変わり恋に変わり愛になった。
「だから、そんな過去を含めてアルバートが好きなんだよ」
「ありがとうアーノルド」
ふわっと抱き締めてくれる。ほらな。アルバートは変わった。以前なら加減なしのギューって感じだったけど今は優しいハグだ。そういう雰囲気だって理解してる。もちろんギューってハグも好きだけど。
「それに、お前のヤキモチも嬉しい」
可愛いヤツだなってなる。お前の傍から離れる事なんてないのに、周りを牽制して不安そうな顔で俺を見るんだ。
「甘えん坊で寂しがり屋で可愛いくて愛しいヤツ」
優しく抱きしめ返す。肩に頭を預けどれだけ俺が好きか説明してやる。
恥ずかしくて擽ったいのか横目で見る耳が赤くなっていく。自分はよく同じ事を俺に言ってるクセに言われるのが恥ずかしいなんて。
「…わかったから、もう勘弁して下さい」
「ヤダよ。お前だって俺が止めても言うじゃないか」
「次回からは善処しますから」
「仕方ないなぁ。もう夜も遅いし寝るか」
「はい」
今日はアルコールも入ってるし、明日は朝から片付けもしないといけないし。はやくベッドに行こう。そう誘えばスルリと腰を撫でられる。
「こら、シないぞ」
「前もダメ?」
「ダメ」
「どうして」
「抑えが効かなくなるだろ」
どっちがとは言わない。それに今日は結構飲んでる。
「明日な」
「では明日片付けが終わったらフリーですよね」
真っ昼間からヤルつもりか? 俺の腰大丈夫かな……