お裾分けその後「あら。ノイマン君こんにちは」
近所のスーパーで不意に声をかけられる。
「あぁスズキさん、こんにちは。先日はお裾分けありがとうございます。アルバートもお相手して頂いたようで」
声をかけてきたのはスズキさん。趣味で家庭菜園をしており、先日お裾分けを貰った。
「いいえ。こちらこそ助かったわ。ところで...ピーマンいらない?」
「それは...もしかして」
「うふふ。...今年どれも豊作なのよ」
消費し切れないほど取れているらしい。
「ハウメアの恩寵でしょうかね」
苦笑する。今年はアスハ代表が婚約を発表、新代表にトーヤ・マシマ氏が就任すると発表。めでたい事続きでオーブはどこもお祭り騒ぎ。ついに農作物までお祭り騒ぎで今年はどこも豊作らしい。
スズキさん家も例外ではないらしい。
「ではお言葉に甘えさせていただきます。お礼にお送りしますよ」
「あら、助かるわ~」などと話しながらお互いの買い物を済ませ、スズキさんのお宅へと。
「お邪魔します」
「ちょっと座って待っててね」と冷たいお茶と茶菓子を出される。
「ありがとうございます」とお礼を言うが、パタパタと部屋から出ていく彼女に届いているかはわからない。
不躾かと思ったがキョロと部屋を見渡す。部屋に入った時に気が付いたが、鳥かごがある。見るだけなら構わないかと近付いて、覗き込んでみる。小さな白い鳥がいる。白い体に赤いクチバシ。色彩が彼女に似ている。
ふと懐かしい気持ちになり、しばらく眺めていると家人が部屋に入ってくる気配がする。
「その子は文鳥よ。鳥が好きなの?」
「あぁいえ、鳥がというよりは生き物は好きですね」
「触ってみる?」
「良いんですか?」
「この子次第だけどね」と鳥かごを開け手のひらへ乗せこちらへと差し出す。
こちらも手を差し出してみると、ぴょんと飛び乗る。
「あらあらあら。気に入られたわね、手に乗るなんて」
ちなみにアルちゃんは噛まれてたわ、と笑いながら教えてくれる。一通り触ってみてもイヤがる素振りもなく触らせてくれる。
文鳥をスズキさんに戻し、鳥かごへと近づけると自ら戻るのを見る。
ふと、『この子は外へと飛び出したくはないのだろうか。』
『それとも人に飼われる事に疑問もなく生きているのだろうか。』などと考えてしまう。
さて、とスズキさんの声で思考を中止し気持ちを切り替える。テーブルの上には大きな袋。また沢山の野菜を頂けるようだ。
「ありがとうございます」
「いいえ。どういたしまして」
「いえ、野菜もそうですが。アルバートの事も、俺たちの事も」
何も詮索せず、付き合ってくれている。
いくらオーブといえどアルバートはどう見てもコーディネーター、しかも強めの調整がされているのは見て明らかだ。
アスハ家の息がかかった物件に俺と男同士で住み、パートナーと公言(主にアルバートが)している。お互い、何日も家を空ける事もあれば何日も休みの時もある。
怪しさ満点である。
そんな俺たちに彼女たちが普通に接してくれているから、やっていけているのである。それ程、彼女たちの影響力はここでは強い。
「ふふ。ご近所さんと仲良くするのは当然の事よ。それに貴方たち素直で礼儀正しくて良い人なんだもの。私達はそんな人と仲良くしたいだけよ」
それに、
「たとえ貴方達が誰かの縁故だとしても、私の矜恃に反するなら仲良くは出来ないわ」
柔和な顔で話しているが、その目の奥は真剣だ。
そう、ラミアス艦長やラクス・クラインのように。穏やかに見えてその奥に強い光を、芯を持った目だ。そんな人が、自分達をひとりの人間として認め接してくれているのだ。困ったような、照れ臭いような顔になってしまう。
「...ありがとうございます。」
ふふふ、とスズキさんが笑う。何かおかしな事を言っただろうか。
「やっぱり、貴方たち2人は良い人達ね。そしてそっくり」
そっくり?わからなくて首を傾げてしまう。
「この前、アルちゃんも同じ事を言ってたの。」
自分に、自分達に何も詮索せず、人付き合いが下手な自分に嫌な顔をせず接してくれる感謝を。
同じ返しをすれば、俺と同じような顔で礼を言ったらしい。なんだか恥ずかしい...
「それにしても、アルちゃんは本当にノイマン君の事が大好きよね」
急に投げかけられた発言に思わず固まる。
「ノイマン君の為に料理のレパートリーを増やしたい、栄養がある物を食べさせたい、彩りは大事なのか、コーヒーばかりでは体に悪いのか、家事のコツは、もし体調を崩した時はどうすればいいのか、」
などなどツラツラと述べられる、恐らくアルバートが質問したであろう事項。
「仕事の時は凛としてカッコイイけど、家では自分に向けてくれる表情が好きだとか」
「ちょっ!」
何言ってんですか!恥ずかしすぎる!
「ふふ、多分それは無意識に言っちゃってると思うのよね」
どっちにしても恥ずかしいことに変わりはない。真っ赤になる顔を仰ぎながらこの場から退散する事にする。
「じゃあアルちゃんにもよろしくね。」
再度お礼を言いスズキさん宅を後にする。ホント、ああいうのアイツのいい所ではあるが悪い所でもある。無自覚な分タチが悪い。
「ただいまもどりました」
アルバートの声で作業の手を止め「おかえり」とだけ返す。私室に荷物を置きキッチンに近づいてくる。しかし俺の手元を見てウッと顔を顰める。
「ピーマン...」
そう、今まさに肉詰めピーマンを制作中なのだ。
「スズキさんから貰ったヤツだからな」
言外に「一口でも食えよ」と圧をかける。こいつ意外とお子ちゃま舌だからな。食べれない場合を想定してハンバーグぽい味付けで行く予定だ。
「はい...」シュンと項垂れるのは可愛いが甘やかしはしない。
さて、いざ勝負と言いそうな顔でピーマンを齧るアルバート
「...苦くない」パチクリと瞬きをし2口3口と頬張る。
そりゃそうだろうな。
「それはスズキさん渾身の『こどもピーマン』だからな」
お孫さんに食べさせる為に苦味がない品種のピーマンを栽培作したらしい。アルバートの皿にあるのはそのピーマンだ。ちなみに俺のは普通のピーマンなので多少は苦味はある。
「僕をお子様だと?」
ムッとしたその口に俺の分を押し付ける。『食べてやりますよ』と言わんばかりの顔で齧り付く。が、眉間にシワがよる。
「残りは結構」と自分の皿の分を食べ進める。コイツ本当に面白くて可愛いヤツだな。