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    ktou_sa

    @ktou_sa

    シンアスonly
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    ktou_sa

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    シンアス。付き合ってるけどぎこちない。アス視点

     カチカチと、小気味良い音を立ててキーボードが沈む。ふと、静寂を破るその音に意識が向いた。
     オーブ本国へ送るための、ターミナルの活動報告書。形式に沿うだけのものだが、記憶を頼りに打ち込んでいたら、時系列の辻褄が合わない。張り詰めていた集中が、一気に霧散した。
     はぁ、とひとつ溜息をつき、ロウテーブルに広げた資料を取るべくソファに沈めていた身を起こす。その時、隣に人の気配があって、思わずびく、と身体が反応する。いつの間に。それほどまでに、没頭していたか。
     太ももに、手元からこぼれ落ちたと思われる文庫本を乗っけて、だらりとソファに重心を預けている。俯いていて、顔を見ることはできなかったけれど。耳を澄ませると、すうすうと規則的で、穏やかな呼吸が漏れていた。

     自分の家に、他人の気配がある。
     今日のように、シンが何かにつけてアスランの家に訪れるようになって。もう何度か、同じ時間をここで過ごしている。それなのに、いつまで経っても違和感が拭えなかった。シンは、そのことに気がついているのか、ただ遠慮しているのか。この家にいるときは少しだけ、おとなしい。

     端末のディスプレイに表示されている時刻は、二十一時を回っていた。夕食を囲んでから、一時間近く経っていた。
    「シン、……シン」
     そっと肩口に触れ、上半身を揺さぶる。まだ眠りは浅かったのか、すぐに全身に意識が宿ってゆく。呼び声に向いたシンはアスランを捉えると、のろのろと睫毛を往復させていた。
    「ん……おれ、寝てました……?」
    「うん、疲れてたんだろ」
    「……降りてきただけなのに、今日」
     シンは、と小さな口を目一杯に開いて欠伸をしたかと思うと、んー、と腕と背筋を反らせて伸びをしている。あまりにも無防備なそれは、動物みたいでおもしろくて、思わずじっと、一部始終を納めてしまった。
    「早めに、眠ったほうがよさそうだな。シャワー浴びてくるか?」
    「えー、めんどくさいです……あなたの後でいい」
     ぽす、と再びシンはソファに沈む。それから、小刻みに瞬きを繰り返している。まだ、はっきり覚醒しきっていないのだろうか。つむじから、無造作に四方に向いた髪に手を伸ばし、まっすぐになるように整える。自分のものより柔らかくて、ふわふわしているから、気になってしまうのだ。
    「変なとこで頑固だよな、おまえ」
    「……あんたに言われると、なんかむかつく」
    「悪かったな」
     ゆるゆるとシンは眠気を払うようにかぶりを振って、緩慢な動作で立ち上がった。手のひらを天に向けて大きく伸びをして。タオルと下着の替えを手に持つと、しばらくして、居間から気配が無くなった。

     一人になった居間は、心なしか室温が下がったように思う。
     資料に目を通し、報告書の修正に向き合った。だが、ディスプレイを追う視線が滑り、文字を綴る指先はもたついて、とてもじゃないが作業になりやしない。疎かになった意識が向く先には、自覚があった。
     五分ほど足掻いてみたが、集中力は削がれてゆくばかりだ。諦めるようにディスプレイを切り、アスランは立ち上がった。

     トントン、と扉をノックする。数秒待って、反応が返ってこないことを確認すると、ガチャリとノブを引いた。
     脱衣所に人の気配はないが、もう一枚、扉を隔てた浴室から、シャワーの飛沫の音に混ざって、ゆったりとしたリズムの鼻歌が響いている。アスランがいることに気づいているかは分からないけれど、声は掛けなかった。
     奥へ踏み出して、洗面台の前に設けた籠に、乱雑に脱ぎ捨てられた衣服をそっと拾い上げる。さっきまでアスランの隣にあった、カーキ色のパーカー。まだ少しだけ体温が残っていて、思わず口元が綻んだ。——あったかい。彼の体温は、自分のそれより、いつも。
     陽の匂いをはらんでいるような気もする。プラントから降りてきた彼が、ここへ着いた頃にはもう夜だったのだから、そんなはずはないのに。洗濯機の扉を開けて、それを放り入れようとした刹那……がちゃりと音がした。
    「何してるんですか」
    「……洗濯」
     返事が一拍遅れてしまった。いつのまにかシャワーの音も、鼻歌も止んでいる。そして、浴室から現れた、一糸纏わぬ姿のシン。状況はすぐに飲み込めたのに。多少の後ろめたさがあったから、だろうか。
    「もう、終わったんすか。さっき、書いてたやつ」
    「終わってない」
     ぐ、とシンが喉を鳴らした。
     面倒がっていたシンを、送り出す口実にした。納得できないと責められたら、返す言葉の用意がなかったが、シンは眉を顰めているだけだ。不本意だが、拍子抜けした気分だった。
    「して欲しい、なんて頼んでないですけど」
    「分かってるよ。でも、今洗ったら明日には乾くし、その方がいいだろ」
    「いや……そうじゃな……」
     不自然なタイミングで、ふえ、と間抜けな声を出したかと思えば、くちゅん、と大きなくしゃみ。浴室の扉を開けっぱなしにしていたから。迷うことなくシンの肩先に触れ、浴室の中へと促す。指先に触れた肌は乾いていて、ひんやりとしていた。
    「後で、聞くから。シャワー浴びろ、まず」
    「今、話したいです」
    「は?」
     次の瞬間には、脱衣所に足を踏み出したシンに腕を引かれ、意図とは逆に、アスランの方が浴室に連れ込まれていた。
    「……っ、おい、シン!」
     シャツが蒸気を吸って、肌に張り付いて気持ちが悪い。何のつもりだと、反論しかけて——真っ裸のシンの身体が、これ以上冷えてしまってはいけないだろうと、慌てて水栓のノズルに手を伸ばした。
     二人入ってもゆとりはあったが、熱い飛沫はあちこち当たって弾けて、アスランにもかかった。容赦なく、まるで服を着たままのアスランの方が悪いのだとでも言いたげに。だが、シンは掴んだ腕を離そうとしない。
     向けられている頭頂部に、「シン」ともう一度呼びかける。ゆっくりと顔を上げたけれど、濡れた前髪に遮られている。そっと摘んで耳に掛けてやったら、眉根に谷を刻んで、むすりと唇を引き結ぶシンが現れた。
    「おれが、気付いてないと、思ってるんですか」
    「なんのことだ」
    「……何してたのかって、聞いてるんです!」
     それは、さっき答えたろ。
     だけど、突き放すような声色とは裏腹に、シンの身体が勢いよく巻き付いてきた。少し骨張ったそれに、ぎゅうと締め付けられて、肺が詰まったように息が苦しくなる。
     それに、温かい。降り注いでいる熱湯よりも、もっと。
     きっと、もう冷たくなってしまっているだろう、シンのパーカー。あれも、温かかった。けれど今も……。
     ——俺は、何をしに来たんだっけ。
    「洗濯、好きなんだけど……」
    「ん……おれは、嫌いなんで。助かってますよ、それは」
    「じゃあ、……いいだろ。離せよ、もう」
     ぶんぶんとかぶりを振ったシンの額が、胸元に押し付けられて。濡れた髪の水分が、素肌にも伝わってくる。
     アスランも、すっかり熱湯をかぶってびしょ濡れだ。髪の先から、雫が滴って邪魔くさい。軍用の耐水性のものでもない、ただの普段着のシャツも、ズボンも。水気を孕んで、だんだん重くなってくる。なにもかも、嫌だって言うのに。こうなったのは、アスランに何かしら非があるのだろう。強引に、その身体を剥がすのも、憚られた。
    「変だとは、思ってたんです。今、する必要ないのに、いっつも……そうだし」
    「そんなに……おかしなことか?」
    「だから……確かめたんですよ!さっき!そしたらあんた、すごい顔してて。……やっぱり、変だ」
     顔を埋めたまま紡がれた。要領を得ないし、尻窄みで。ともすれば、飛沫が壁を打ちつける音に掻き消されてしまいそうだ。
     浴室の扉を開けてから、ずっと。何か言いたそうにしてたのは、そのせいだったのか。だけど、気に食わない理由が判然としない。
    「どんな顔、してたんだよ。俺」
    「覚えてないんですか?」
    「自分じゃ……分からないし」
     変だって言うなら、直したいのに。
     しつこいほどに離れようとしないから、思考を削がれているばかりで。嘲笑うように、鼓動だけが駆け上がってゆく。
     だけど……満たされてる。強烈なほどに伝わってくる、温かさが流れ込んでくるから。——俺は、シンにもっと……近くにいて欲しかったのかもしれない。
    「シン、離してくれ。俺も……このままシャワーにする」
    「え?でも、まだ……さっきの、終わってないって」
    「いいから」
     もう、ずぶ濡れだし。
     シンが、確かめたこと。俺が無意識に、してたこと。ここへ来た、理由。掴みどころがなくてぼんやりしていたものが、少しずつ一つの形になってゆく。
     ゆっくりと体温が離れていって、代わりにゆらゆらと不満げに紅が見上げている。引き結ばれた唇は、どうしたら開いてくれるのだろう。
    「洗濯、好きなのはほんと……だけど」
     濡れてしまった服と下着を全部取り払って、脱衣所へ投げ入れる。適当にしてしまったから、きっと床は濡れてしまっているし、後で掃除しないといけない。
     でも。熱すぎて、くすぐったくて。抜け殻なんかじゃなくて……確かなもの。
    「こっちの方が、いい」
    「やっと、気が付いたんですか」
     ふふ、と溢れた微笑みごと、包み込むように。シンの身体に腕を伸ばした。
     なんだ、やっぱりシンは、分かってたんじゃないか。かっと込み上げた羞恥が留まる余裕はなかった。もっと、そばにいたいものがあるから。

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