この関係性に名前など 大事な話があると呼び出され、曇り空の下、工藤は黒羽の家へと向かっていた。
話の内容は聞かされていなかったが、いい話ではないだろうことは確かだった。電話越しに聞こえた黒羽の声が酷く暗かったからだ。
別れ話なのではないか。そんな考えがよぎり工藤の気持ちも暗くなる。可能性のひとつに過ぎないそれが、工藤の心を重く支配した。
ポツリ、雨が降り出す頃、工藤は黒羽の家に着いた。インターホンを押すと、程なくして黒羽が顔を見せる。やはりその顔には翳りが見られ、声もいつもより幾分か重く感じられた。
工藤はダイニングへと通され、椅子に座るよう促され、大人しく座った。飲み物を持ってくる黒羽を、落ち着かない気持ちで待つ。
黒羽は工藤の前と自分の前に茶を置いて、椅子へと座った。向かい合う形で座り、二人の間には、どんよりとした空気が漂う。
暫く無言の時間が続き、黒羽がようやく徐に口を開いた。
「どこから説明すればいいかな……まずはこの写真を見てくれ」
黒羽は一枚の写真をテーブルに置いた。工藤はそれを手に取ってじっと見る。そこにはある家族が映っていた。
父親と母親と、それからその息子達であろう四人。息子達は顔や体格が似ている辺り、双子なのかもしれない。
「この写真がどうしたんだ。心霊写真ってわけでもないだろ?」
「……その写真の双子に、見覚えはないか?」
そう言われ、工藤はじっとその写真を睨みつける。まずはじめに、あえて言うなら自分達に少し似ていると、工藤は思った。しかし写真とにらめっこして、あっ、と思った。
「父さん……?」
「ああ、そうだ。恐らくこっちが工藤優作、お前の父親だ」
黒羽は写真に映る双子の右側の男をトントンと指で示す。
そして、と言いかけて、黒羽は口を噤む。これを言ってしまえば戻れなくなる、そう言わんばかりの沈黙。
しかし黒羽は、言葉を続けた。
「こっちが、オレの親父。黒羽盗一だ」
「……本当にそうなのか?」
「間違いないだろうな。その写真以外にも、ふたりが双子だと示すものを見つけた」
そう言って黒羽は、数枚の紙を取りだし、ひっくり返して机に置いた。それは工藤優作から黒羽盗一に届いただろう手紙で、兄さんという文字列も混じっていた。
「……確かに父さんの筆跡だ」
「双子じゃない可能性はあるが、あの二人の血が繋がっているのは確かだろう。つまり……」
「オレらは従兄弟っつーことか」
黒羽は何も言わずただ黙って頷き、俯いた。工藤はそんな黒羽の様子を見て、はぁとため息をついた。
「んで、話はそれだけか?」
「え、あ、ああ……」
「ったく……どんな話かと思ったらそんなことかよ、心配させやがって……」
やれやれと首を振る工藤を、黒羽は気まずそうに見つめた。その視線に気づくと、工藤はふっと笑い、口を開いた。
「別にオレとお前が従兄弟だろうと何も変わらねえだろ」
「そうかぁ……?」
「従兄弟同士の婚姻に対しての規制は無いし、こんだけ顔似てりゃ血縁関係があっても不思議じゃねえだろ。むしろ理由がわかってスッキリしたぜ」
工藤が「お前は違ぇの?」と聞くと、黒羽はまたもや気まずそうに俯いた。
「だって、あの名探偵の従兄弟が怪盗キッドだなんて」
「世間的には分かるもんじゃねえし、だからどうってこともねえよ。従兄弟だろうとそうじゃなかろうと、オレらは何も変わらない、好敵手で、恋人だ。そうだろ?」
「工藤……」
黒羽はきゅっと口を結び、潤んだ瞳で工藤を見た。工藤は黒羽の頭を撫でながら、口を開く。
「教えてくれてありがとな」
「ううん……工藤が工藤でよかった」
「ああ……でも一つだけ変わるものがあるかもな」
黒羽がえっ、と不安そうな顔になると、工藤は大したことじゃないと前置きしてから、言葉を続けた。
「呼び方。従兄弟同士なのに苗字で呼びあうのってなんか変だろ?」
「た、確かに」
「だろ? だから名前で呼ぶことにしねえか、快斗?」
「なんか擽ってえな、新一」
二人、笑顔で見つめ合い、笑いが起こる。お互い自然に笑って、それが収まった頃、工藤は片目を瞑った。
「ってことでこれからもよろしくな、快斗」
「ああ、こちらこそ頼むよ新一」
二人の笑顔は明るく、話をする前よりもその関係はより強固なものになったかのようだった。カーテンの外、降っていた雨は止み、薄らと虹がかかっていた。