一線は超えずに。 くらり、くらり、世界が揺れ、視界が回る感覚。
「やべぇ……」
銃で撃たれたことによる発熱と出血からの貧血。キッドはそれらに耐えながら、路地裏を壁伝いに歩いていた。
汗と血が、地面に滴り落ちる。後で始末しとかねえと、とキッドは思いながら、ズルズルと壁を伝い、地面にへたりこんだ。
ぽつぽつ、ぽつり。雨が降り始め、キッドの身体に打ち付けた。これで証拠は流れてくれるだろうとキッドは思ったが、その反面熱に侵された体にはその雨は酷く冷たかった。
早く帰らないと、急く気持ちとは裏腹に、身体はどんどん重くなっていく。寺井に連絡しようとしたその時、誰かが近づいてくる足音がした。
敵かと、微かな力を振り絞り身構えたキッドの前に現れたのは、白馬だった。
(なんだ、白馬か……)
そう思いかけて、なんだではないとキッドは思い直した。このままじゃ正体がバレるかもしれない──いやバレているのだが、捕まってしまうかもしれないとキッドは思った。まずい、逃げなければ、そんな気持ちに反して身体は重くて、動かなかった。
「キッド! こんなところで何を……血? まさか怪我をして……!」
傘を落としながら慌てて駆け寄ってくる白馬をどう交わそうかと思いながら、キッドは口を開いた。
「これはこれは白馬探偵」
「喋らないでください……幸い弾は貫通してますし、急所は外れてますね……すぐに救急車を」
「呼ばれてたまるかっての……」
白馬が取りだした携帯を、キッドはすぐさま取り上げる。痛、と傷に呻きながらも、キッドはフラフラと立ち上がった。
「では私は、これで……」
「待って下さい黒羽くん! そんな体で帰れるんですか……それに、君はなぜ危ないことに首を突っ込んで起きながら、誰にも頼らないんですか……」
「探偵のくせに、怪盗を心配してくださってるのですか? お優しいですね」
ヘラリと笑うキッドに、白馬は苛立ちを覚える。
「誰だって、怪我をした人間を放っては置かないものです。捕まえないと約束しますから、せめて応急処置だけでも……!」
「おっと、それ以上踏み込むのはやめていただきたい。あくまで私たちは怪盗と探偵、交わることのない存在なのですから」
ね、と笑うキッドに、白馬はどうしたものかと思った。それから懐から包帯を取りだし、キッドに投げた。キッドはそれを受け取ると、不思議そうに白馬を見た。
「せめて、それを受け取るくらいはしてください。僕たちは探偵だとか怪盗だとか以前に、一人の人間なのですから」
真剣な目で見つめられたキッドは、やれやれと言ったように、笑った。
「しょうがないですね、ヘボ探偵サン?」
では、と雨の中消えていくキッドの背を、白馬は傘を拾いながら見ていた。