フリーレン現パロ 3月三月某日…いや、十三日。
普段の生活区より三駅離れたショッピングモールの一角にて。
「ひじょーに……まずい」
どこかのボクシング漫画よろしく真っ白に燃え尽きた姿のシュタルクは、途方に暮れていた。
「もしもこのまま明日になったら……俺、生きてられるかな…」
事の始まりは一ヶ月前、いつもと同じように学校に行くとフェルンからチョコを手渡された。今まで生きてきて無縁だったバレンタインという文化に、初めて触れた瞬間でもある。
「バレンタインのお返しって三倍って言うし…でも義理って言ってたけど……かと言って適当なの選んだら……」
シュタルクは今までも何度か、フェルンを怒らせた事がある。
まるで背中に冷たい氷でも流し込まれたのかと錯覚する感覚に襲われ、機嫌が治るまで口も聞かないし視界にも入らなくなり、存在ごと抹消されたように扱われる。子どもの頃からの仲とはいえ、これが結構精神的ダメージに繋がったりするのだ。
「マジでどうすれば……あ」
「……」
ふと顔を上げると、そこにいたのは見慣れた顔。
たしかフェルンの友だちのユーベルの彼氏さん…だったはず。名前は……。
「ラント、だよね」
「人違いだよ」
「いや絶対ウソ。嘘だよ」
「人違いだよ」
「ラントもホワイトデーの買い物?」
「話聞いてる?」
ラントはもっと遠い所で買い物すれば良かったと後悔しつつも、どうやってこの場を離れるか思考を巡らせた。
「ほんと偶然なんだけどさ、俺もホワイトデーの買い物なんだよ。せっかくだし一緒に行かね?」
「待て。どうして僕がホワイトデーの買い物に来ていると決めつけるんだ」
「え?だって休みに一人でこんな所に来る用事が他に無いじゃん。それにユーベルと付き合ってるんだし、バレンタインも貰ったはずだろ?」
なぜかドヤ顔のシュタルク。名推理と自負しているのだろうけど、残念ながらそれは迷推理だ。
「僕とユーベルはクラスメイト以上でも以下でも無いぞ」
「…またまたぁ」
「……まぁ君がどう思おうと勝手だけど。じゃあ僕はもう行くから」
「いやだから待てって。バレンタイン貰ったんだろ?」
「……貰ってない」
「そうなのか?フェルンからユーベルと一緒に作ったって聞いてるけど。ラントに渡すって言ってたらしいぜ?」
「……ッ…そうだよ貰ったよ。それが何」
小さな舌打ちが聞こえ、しぶしぶ認めたラント。
シュタルクはこれ幸いとラントと肩を組む。
「じゃあやっぱりお返しの買い物だ。一緒に行こうぜ」
「…バレンタインを貰った事は認めるし、確かにホワイトデーの買い物だと白状もしよう。だが君と一緒に行く理由も事情も気も無いんだ。じゃあね」
これ以上話していても無駄だと判断し、ラントはシュタルクの腕を振り解く。
だが次に襲ってきたのは背中へのタックルだった。
「いやちょっと!まじで!頼む!頼みます!」
「嫌だ。断る」
「ほんと!ちょっとだけ!ちょっとだけだから!!」
「離せ…ッ!」
さすがに運動部、鍛え方が違う。いくらラントが振り解こうとしても鍛えられた腕にがっちりとホールドされ、抜け出せない。
「頼むよぉー!フェルンが喜びそうなお返しを一緒に探してくれよぉー!」
「なんで僕がそんな事…っ!」
「フェルンの機嫌を損ねたく無いんだよぉーーー!!お願いお願いジャンボベリーパフェ奢るからさぁーー!」
あまりにも騒ぎたてるシュタルクに衆目の目が集まり始め、ついに耐えられなくなったラントは。
「あーもう分かった。分かったから。とりあえず離せ黙れ涙と鼻水を僕に擦り付けるな」
「うん…ぐす……ありがとう…」
「勘違いするなよ。僕は僕の買い物をする。そこに偶然、たまたま、君がいるだけだからな」
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ほとんど余談だが、ラントはこういった御礼品に消え物…つまりお菓子や飲み物を選ぶ派だったりする。形の残る物を贈られても、個人の趣味や部屋のレイアウトに合わない可能性があるからだ。
反面、食べ物の贈り物は好き嫌いこそあれどハズレも少なく、食べてしまえば終わりなので重宝している。個人的には紅茶の茶葉などは貰うと嬉しい。
「…これはダージリンに合いそうだな……こっちだと抹茶もアリか…?」
「なぁ、何選んでんの?」
「お茶に合う茶菓子だよ」
「へー。ユーベルって紅茶とか好きなのか?」
「知らない」
「…知らないのに茶菓子なのか……?」
「家で食べるからね」
「…んん?ユーベルに渡すお返しだよな?」
「そうだよ」
「なんでユーベルに渡したお返しをラントの家で食べるんだ?」
「ユーベルが家に来るからだけど」
「…確認するけど付き合って無いんだよな……?」
「ああ」
そう言ってラントはまた選び始めたので、シュタルクはそれ以上、考えるのをやめた。
「それで、君はもう決めたのか」
「うん?あ、そうそう。見てコレ良さそうなの見つけたんだ」
そう自慢げに語るシュタルクは、動物の形を型取ったグミや、巨大なマシュマロの入った袋を見せる。
「……君がフェルンの事を嫌いなら止めはしないけど」
「ん?どう言う意味?」
「…ホワイトデーのお返しに意味があるの、知ってる?」
「えっこんなのに意味なんてあるの!?ちなみにどういう…」
「マシュマロは絶交、グミは大嫌い」
「すぐ戻してきます」
やれやれ世話が焼けると思いつつも、自分も無意識のうちにマカロンやカップケーキを選びそうになっている事に気づき、そっと棚に戻す。
「なぁなぁラント、見てくれ!これなら大丈夫じゃないか?」
マシュマロとグミを返しに行ったはずのシュタルクは、その手に『超お得用』と印字された文字入りチョコの大袋を抱えて戻ってきた。
「バレンタインにチョコ貰ったんだから、ホワイトデーにチョコ返すのは多分大丈夫でしょ!」
「…まぁ意味としては無難ではある」
「だろ!いっぱい入ってるしフェルンも喜ぶよな!」
「僕が言うのもおこがましいが、君はもう少し女心を学ぶべきだよ」
「え?ダメ?」
本気で理解していないようなシュタルクに、そろそろ見限りを付けようかと内心ながら思い始めたところ。
「あとはこっちのやつが良いかなって思ったんだけどなぁ…ダメだろうなぁ……」
「……そっちの方がいいよ」
「え?でもこれじゃ…」
「いいんだよ、別に。そもそもバレンタインもホワイトデーもただの企業販促行事で、最初から購買意欲を高めるための戦略なんだし」
「そうなの!?」
そうして、お互いがお互いの品を購入した所で。約束通りシュタルクはジャンボベリーパフェをラントに奢ったのだった。
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翌日。
「おはよう、フェルン」
「おはようございます、シュタルク。今日もいい天気ですね」
「…思いっきり曇ってるけど」
朝から妙なテンションのフェルン。それもそのはず、シュタルクの手には小さな紙袋がぶら下がっているからに他ならない。
「フェルン、これ……」
「はい。お返しですよね。いい心がけです」
フェルンは紙袋を受け取り、中の物を確認しようとして。すぐに、それがお菓子でない事に気付く。
丁寧にラッピングされた小箱を取り出し、開封してみれば、中に入っていたのはシルバーメタリックのブレスレットだった。
「…シュタルク……これって…」
「ほんとはお菓子の方がいいと思ったんだけど。見かけてさ、似合うかなーって…」
よくよく観察してみれば、細かな細工が丁寧に施されており、小さな蓮華草の花が彫られているのが見て取れる。
「一人で買いに行ったんですか?」
「あー…うん」
「本当に?」
「…行ったのは一人だよ」
「女の子と選んできたんですか」
ひやりと空気の冷える感覚。ジャンボベリーパフェを奢った時に、ラントから『僕と一緒に探した事は絶対フェルンに言うな』と釘を刺されていたシュタルクだったが。これ以上嘘や隠し事をすると身に危険が及ぶと判断したシュタルクは。
「……偶然ラントと会いました…っ!」
「…それで?」
「フェルンに何選んだら喜ぶか分かんなかったから、色々とアドレスを……あっでもそのブレスレットを選んだのは本当に俺だぜ?ラントには、こんなのでも喜んでくれるか聞いただけで…」
「…ふうん」
「だって…その……お返しに意味とかあるって知らなかったから…」
「そうですか」
背中から冷えた空気が消えるのを感じ、シュタルクは内心で胸を撫で下ろす。
フェルンはブレスレットを大事そうに箱へ戻すと、やっぱりいつもと変わらない表情でその日一日を過ごすのだった。
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「…ってフェルンから聞いたんだけど」
「……」
同日の夕方。ラントの家にホワイトデーのお返しを持参したユーベルは、茶葉の蒸らしが終わるのを待ちつつ談笑にふけっている。
「いいとこあるじゃんメガネ君」
「うるさい」
シュタルクには無駄だと思いつつも釘を刺したが。
やはり自分の勘は間違っていなかったようだと思うラント。
「いいなぁブレスレット。私も欲しいなぁ」
「自分で買えばいいだろ」
「欲しいなぁ」
遠回しに、ラントにねだるユーベルだが。この手のお願いを聞き入れてもらったためしが無いのは分かりきっているので、これはただの愚痴だと聞き流す。
「知ってる?蓮華草の花言葉って『私の幸福』って意味なんだよ」
「知ってるよ」
「私も欲しいなぁ」
「お茶が入ったよ」
「わーい、いただきまーす」
淹れたてのダージリンティーを飲みながら、もらったバームクーヘンを齧るユーベル。
今日の紅茶はストレートだから、甘いバームクーヘンと合わせるとより紅茶の美味しさが引き立つ。
「ところでさぁ、ホワイトデーのお返しに意味ってあるでしょ?私、ダメなやつしか知らないんだけど」
「マシュマロとかグミとか」
「そうそう。そんでねぇ…このバームクーヘンってどういう意味?」
「さぁね」
「えぇー?いいじゃん。教えてよ」
「後で自分で調べなよ」
「メガネ君の口からぁ、聞きたいなぁ」
「飲んだら帰ってね」
結局その後ラントのおばあちゃんに見つかり。キッチリ晩ごはんまで一緒に食べたユーベルを送り届けるラントだった。