フリーレン現パロ2月某日。
普段使う駅よりも3駅ほど離れた他区にあるショッピングモールの一角にて。
「すみません、お待たせしました」
「いやあ全然。私からお願いしたし」
少し息を切らしながら駆け寄るフェルンを、ユーベルはひらひらと手を振りながらうっすらと微笑み返す。
「とりあえず何から買えば良いのかな」
「道具は一通りうちにあるので、材料ですね。特に希望が無いようなら、私と同じカップケーキにしますけど」
「お任せします、フェルン先生」
「はい、任されました」
察しの良い者なら、この二人が一体なんの話をしているのか分かりそうな物だけれど。二月、お菓子、乙女とくればさすがに想像は容易だろう。
今日日ユーベルとフェルンは互いにバレンタインの材料を買い出しに来ている。
だがユーベルは何でもできる天才型だが料理の腕はかなり悪い方で、今回は学校でも『お母さん』のイメージを欲しいままにしているフェルンに協力を要請したという具合だ。
「ねーフェルン。カップケーキってどう作るの」
「本当は薄力粉とか使うんだけど、今回はもっと簡単にホットケーキミックスで作ろうかと」
「へー」
材料を慣れた手つきでカゴに放り込み、さっさと会計を済ませて目指すはフェルン宅……と言っても、孤児院ではあるけれど。
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「ただいま戻りました、院長先生」
「おじゃましまーす」
ユーベルは孤児院に何度か来た事がある。相変わらず空気が澄んでいて静かなのに、隅々まで掃除が行き届いていて不気味さは感じられない。
「おかえり、フェルン。今日はお友だちも一緒なんだね」
かと思えば寝起きでボサボサの頭をした、みるからに駄目そうな幼女が顔を見せてくる。こんななりでここの院長だと言うのだから驚きだ。
「また昼まで寝てたんですか……ご飯は食べたんですか」
「うん。美味しかったよ」
「そうですか。それで院長先生、すこしお台所を友人と使用したいのですけれど」
「いいよ。私は奥にいるから、何かあれば声をかけてね」
「ありがとうございます」
買ってきた材料を台所に運び入れると、フェルンは手際よく道具やら材料なんかを並べ始めた。
「何から手伝えばいい?」
「ええっとですね、とりあえずチョコを湯煎するので、細かく砕いておいてください。私はその間に別の作業を進めますから」
「チョコを、砕く……分かった」
フェルンが各材料を細かく計量している間に、ユーベルはチョコを砕く…わけだけれど。
「砕く。砕く……えっと」
まな板の上に、銀紙の剥かれた板チョコが数枚と、包丁がひとつ。
砕く…なら、包丁ではなくハンマーなのでは。などと考えた結果、ユーベルは。
「ユーベル!?何をしているのですか!?!?」
「え?砕いてるんだけど」
まさかの、包丁の背を使い全力で振り下ろす方式を採用。あちこちに飛び散るチョコの破片、振り回される刃物、表情も相まって狂気の沙汰。さすがにフェルンストップが入った。
「えっとね、まずね、手でざっくり割るの。それから包丁で細かくみじん切りにするのよ」
「なるほどぉ」
「あと、包丁で切る時は『猫の手』を意識して…こう」
口で説明するのは危険と判断したのか、フェルンは実際に作業風景を見せる。
とすれば、そこは天才肌のユーベル。一度見ただけで手つきが熟練の料理人のようになった。
「合ってる?」
「うん、大丈夫。猫の手だよ、猫の手。にゃおん」
「こうだね。にゃーん」
「そうそう、にゃんにゃん」
「にゃおにゃお」
などと多少ふざけつつも順調に作業は進み。
湯煎で溶かしたチョコをホットケーキミックスと混ぜ合わせ、型に入れてオーブンで焼けば。
「はい、試作品第一号完成」
「おおー。超簡単」
「美味しそうだね」
甘い香りに誘われたのか、気付けば院長先生もご登場し。女3人試食会という名のおやつタイム。
「うーん、ちょっと苦味があるかな」
「焼き時間が長かったかもしれません」
「もうちょっと食感があっても良いと思う」
などと微調整を加えながら試行錯誤を繰り返し。ようやく納得のいくカップケーキを作り終え、綺麗なラッピングを施した後はフェルンの夕食をご馳走になり、ユーベルはようやく帰路に着いた。
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翌朝。
「おはようございます、シュタルク」
「おー、フェルン。おはよう」
当然ながら、今日の教室はいつもより……特に男子は……落ち着きが無い。皆、しきりに机の中を覗いたり、ロッカーを開けたり閉めたり。数分おきに教室から出たり入ったりを繰り返している。
「…シュタルクはいつも通りですね」
「何が?」
「シュタルク、今日は何の日か知ってますか?」
「もちろんだぜ。なんたって今日は……」
どきり、とフェルンの心臓が跳ね上がる。まさかこのガサツで無遠慮で子どものシュタルクに……
「なんたって今日は、食堂のランチにデザートが付くからな!今から楽しみで仕方ないぜ…!」
「………………」
フェルンは痛くも無いのに頭を押さえた。
「どうかしたのか?」
「いえ、別に……とりあえず貴方に渡すものがありますので受け取ってください」
「フェルンが俺に?病気以外ならなんでも貰うけど…なんか怖えな……」
差し出されたシュタルクの手の上に、ぽんとラッピングの袋を置く。
シュタルクはしばらく黙って考えたのち、先ほどのフェルンの質問や周りの空気を読み取って、今更ながらにようやく理解する。
「フェルン、これって」
「義理です」
「いやでも」
「義理です」
「あの形がハートで」
「義理です。それ以上何か言ったら怒りますよ」
「……ッス」
シュタルクはもらったカップケーキをカバンにしまいこみ、それ以上は何も言わなかった。
そんな一部始終の少し離れた位置では。
「おはよー、メガネ君」
「……」
「無視とはいただけませんなぁ。挨拶には挨拶で返すって教わらなかった?」
「…ユーベル、僕は今読書をしているんだ。邪魔するなら向こうに行ってくれないか」
教室の片隅で、眉ひとつ動かさずに読書にふけるラントと、そんな彼にうっすらあやしく微笑むユーベル。
「メガネ君さぁ、今日がなんの日か知ってる?」
「聖ヴァレンタインの命日」
「そういう事じゃ無くてさ」
「二十世紀初頭に発足した企業販促行事。正しくは男性から恋人の女性に贈り物をして愛を確かめ合う文化だ。僕から君に贈るものなんて何も無いよ、さぁ君の席は向こうだお引き取り願おうか」
「わーお早口ぃ。すっごい拗らせてるじゃん」
ラントの女性人気はそれなりに高いはずなのだが、この抜き身のナイフのような口調と態度が全てを台無しにしている…というのがユーベル個人の解析。
審議はどうあれ実際、ラントがこういうイベントに全く縁がないというのは事実だ。
「…と、いうわけで。はいこれあげる」
「……なんだこれは」
「えっとねー、二十世紀ショトーの?ナントカ…行事?にもとづいた…アレ」
「……なんのつもりだ。目的はなんだ」
「別にー。意味なんて無いよ」
「……いらん」
「だめでーす。もうあげちゃいましたー。食べ物を粗末に扱わないでくださーい。じゃーねー」
「………はぁ…」
しぶしぶ、といった形で。ラントは大人しくカップケーキをカバンにしまう。
そのあとは何もなかったかのように読書を続けたが……一向にページが捲られることは無かった。