「手合わせをしたい?僕と?いや、無理やろ。」
「やってみないとわかんねえし」
ある日、先の任務で接近戦強化の必要性を感じた夢翔は、主影に声をかけた。夢翔の認識では、主影は筋力瞬発力などが組織で一二を争うほど高い。
「体術強化してえなって。とりあえずぬっしーに。」
「は!とりあえずで僕に勝とうとは、舐められたもんやな。」
とはいえ、主影は自分以上に体力がないと知っている夢翔。
「三分で勝つ……」
「あっはは!ハンデやるわ。手ェ使わんでやったる!」
主影はそう言い終わると同時に近くの壁に向かって走り出す。二、三歩駆け上がると、その勢いのまま宙返って夢翔の頭頂部を蹴り下ろす。
「ッ……はぁ何、今の……」
夢翔は間一髪で体を右にひねり、左腕を使っていなす。今の一撃だけでだいぶ腕がしびれた。
「お、流石にこれくらいはいけたか。」
「くっ……、ま、まだ余裕だし……っ」
「一撃でそれって、夢翔が三分もたへんのやないの?」
ケタケタ笑いながら、次の攻撃を開始する主影。こちらの休む隙を与えずに右から左からと蹴りが飛んでくる。瞬発力に劣る夢翔は、どれもこれもギリギリでいなす。一撃一撃が重たい。
「防戦一方でええの?」
「ほらほら、三分で勝つんやろ?」
様々な角度で蹴りを入れながら、煽るように語りかけてくる主影。
(うるせぇえ体力少ないんじゃねえのかよそこまで力セーブされてるっていうのかよ……っ)
いなしかわし、ギリギリのところで耐えている夢翔は、息を切らしながら勝利の望みを探す。
──そんな夢翔は、一瞬のチャンスも見逃さない。
主影の蹴りに疲労がまじりだす瞬間。その一瞬だけ、完璧な足技の速度が落ちる。
「はぁあああもらった……っ」
大きく息を吐きながら、体全体を使って脚を受け止める。腹に伝わる衝撃で吹き飛ばされそうになる。
「ふぅ……、捕まっ、てしもた。」
「……はぁ……はぁ……。はは、もうどうしようもねえだろ……」
左脚を夢翔に奪われた状態で、かなり上がった息を整える主影。肩で息をする夢翔も、肘と膝で抜かれないようしっかりホールドする。
「これ……で、俺、の──、」
「……それはどうやろな?」
勝利宣言をしようとした夢翔の言葉を遮る主影。
油断した夢翔の隙をついて、回し蹴りの要領で斜め上に左脚を蹴り上げる。予想外の方向から力が加わり、主影の左脚が抜ける。
「えっ」
「……間抜け。」
何が起こったのかわからぬまま、次の瞬間には顔の横にピッタリ主影の足がついていた。
──負けた?
「うわぁあああああ」
「あはははは!きっかし三分で終わらすことはできたやん。」
「ぐぅう……。」
眉を下げた笑顔で煽られるも、確かに真実なので言い返せない夢翔。
「もうちょっとだったのに……。」
「百回やっても無理だわこのガキ。」
「なら、千回やりゃあいいんだな」
夢翔の、あまりにも純粋な応えに意表を突かれた主影は少し目を見開く。どうしてこいつはこんなにも──、
「ま、筋はいいんやないの?暇だったらまた相手したるわ。」
「次はぜってえ勝つ」
主影はふっと思考をかき消し、訓練所をあとにする。夢翔の返答に、無意識に頬を緩ませながら──。