あじほ1日観察記録🪐紫外線ライトみたいなピカピカ太陽。プールの底みたいな青い空。スーパーで購入できるレジ袋くらい真っ白な雲。扇風機の弱くらいの穏やかな風。全てのコンディションが結構よい日(※曇りや雨が好きな方もいらっしゃるため全ての方がそう感じるとは限りません)。今日も1日が始まるのだろう。
ここは保育園らしい。まだ空っぽの園舎はまるで子どもたちを待ち侘びているかのように聳え立っている。公式さんが園の設計図等を公表していないため分からないことが多いが、玩具が豊富で園庭もあって、保育室も広い。園児が過ごすのに適した場所と言えるだろう(※これも感じ方には個人差があります)。
それからしばらくして車やら自転車やらが砂利の敷かれた駐車(輪)場へと集まると、降りた人々が続々と中へと入っていく。生気のない魚のような目をした者も多くいるが何か楽しいことでもあるのか流れ星を宿したみたいなキラキラとした目をした者もいる。仕事への真剣さの違いなのか、園児に近い心や好奇心を持っているかの違いなのか、それは分からない。これから分かるのかもしれないし分からないかもしれない。とりあえずこっそりと人々へと続いた。
人々の多くが集まる部屋へと入るとデスクが並んでいた。何人かはその上に設置されてる電話で何やら話してる。最近は寒暖差が激しいから〜お大事になさってくださいね〜とか何とかかんとか。ファイルがギッチギチに詰まった棚(なんか必要なの取り出すの大変そう)に何のためにあるのかよく分からない隅っこにある観葉植物。ふにゃふにゃでカッサカッサで何だか不憫。壁に貼り付けられているポスターの何枚かはカサカサ植物といい勝負になるくらい色褪せてボロボロである(勝負になるとは喩えであり実際にバトらせることではありません。)。この部屋の設置物や掲示物はそんな感じであるが、ここの雰囲気はどこか緊張感に包まれていた。ピリピリとした。しっかりと物事をこなさなければならないとどこからか圧迫されているような。
「ルミ先生!これ昨日作ってきたんです!」
それを壊すかのような若い男性の明るい声。手には何やら棒状の何かを持っている。
「何をですか?」
ルミ先生。そう呼ばれたポニーテールの女性が資料か何かから目を上げると、イスに座ったまま声の主の方へとくるりと振り向いた。その瞬間、ジャン!と効果音をつけたくなるくらい勢いよく男性がそれを上へとあげる。
「えっと…これは?」
ぎょっとした表情を一瞬した後彼女がおずおずと尋ねる。手に持っていたのは顔?のようなものが17個それぞれに描かれたペープサートであった。人の顔だと思うが、1つだけツノの生えたクマのようなよくわからないものがある。いや、ヒツジっぽいのもあるような。…私も絵心がないのにこのようなことを思うのはどうかと思うが、子どもが描いたような絵でありお世辞にも上手とは言えない(感じ方には(略))。それら17本の持ち手が下で1つに束ねられていて、等間隔にまるで扇形になるよう離されて配置されている。男性は彼女の問いに笑顔で答えた。
「今度遠足で記念撮影をするじゃないですか。でも、カメラを向けるとみんななかなか見てくれなくて…。だからこれを!」
すると、束ねられたペープサートを腰の辺りに粘着テープで貼り始めた。何枚も何枚も重ねて、粘着力がアップするように。
「見てください!これならみんな注目してくれると思いませんか!?」
孔雀。その姿はまるで羽を広げた孔雀のようであった。顔がそれの模様に見えるというのもあるが、扇を背負っているような姿がそう思わせるのだ。いや、百手観音にも見えるかもしれない。周りを見ると彼女以外の職員も彼の姿をチラチラと見ている。それはまあそうだろう。
「…岡田先生。」
「は、はい!」
ぴしゃりと彼女の声が響いた。まるで全てを凍てつかせるような静かな声。それに岡田先生と呼ばれた彼は足を閉じ、手を横へと磁石のようにくっ付ける。その動きによってペープサートはぺらりと落ちてしまった。彼女は険しそうな顔をじっと彼へと向ける。ただどうしたらいいのか分からず、目が泳ぐ彼。…こちらもそして周囲の人々も何だか気まずい。
「…さっきのアレ、何人かが岡田先生の背に隠れてしまっていたので割り箸の長さを変えて調節した方がいいですよ。」
「え!そうだったんですか!すぐに直します!」
…え?そっち?そんなヘンなので視線を集めるのはおかしいとかそういう話じゃなくて?驚く私を横に、彼は割り箸をデスクの引き出しから取り出すとペープサートの持ち手に取り付け始めた。彼女はそれをうんうんと頷きながら見つめている。…よく分からないが先ほどよりもよくなるのならいいのかもしれない。
そう思いながら彼が改良する様子を見ていた時。
「わっ!あっちに逃げたぞ!」
「追いかけるのら!」
賑やかな子どもの声が聞こえてきた。そうか、もう登園の時間なのか。確かに周りを見ると職員のほとんどはいなくなっていた。彼も作業を中断してここを離れる。それならと私もついていった。
「シンタ!ワタル!何してるの?」
恐らく先ほどの声の主である園児たちに彼は声を掛けた。…赤い髪に青い髪。なるほど、ここでは髪色が多種多様なのだろう。そして、そこにはあまり大きく触れる必要はなさそうだ。名前を呼ばれた彼らを見ると何やら本棚と壁の隙間を見つめている。
「ブラック!オレたちは今ゴキザウルスを追い詰めているところなのだ!」
「出合え出合えなのら〜!」
「そんな警察が犯人を包囲した時みたいに…」
またよく分からないがゴキザウルスというのはゴキブリという生き物のことだろう。黒光りした翅。6本の手足にあるギザギザとした棘のようなもの。ゆらゆらと揺れる触覚。ひっくり返した時の足の付け根。カサカサと走る音。バイ菌の運び屋。とてつもない生命力を持つ生物。そのため気持ち悪いと称されることが多い。しかし、瞳はつぶらで可愛らしいのだ(感じ方には(略))。
「みなさん、何をしているんですか?」
おっ。ルミ先生も何事かと見に来た。怒られないといいが。
「あっルミ先生!これでゴキザウルスをやっつけるところなんだ!」
シンタとワタルのどちらかなのかは分からないが、赤い髪の子が新聞紙を丸めて作った剣を掲げながらやる気いっぱいという感じで言う。Oh…そんなことをしたらゴキちゃんがこの世界から解放されることとなってしまうではないか。可哀想に…。
「…ゴキザウルス?」
「多分ゴキブリのことだと思います…。恐竜っぽくしたかったのかも。」
「…なるほど。でもゴキブリは虫なのでそうではなく、破壊神(デストロイヤー)とか黒金剛石俊足(ブラックダイヤモンドファストランナー)とかがいいんじゃないでしょうか。」
…え?何それ?いや本当に何それ。1匹いるだけで雰囲気を最悪にするから破壊神はまだ分かる。が、黒金剛石俊足はよく分からない。黒くて硬くて素早いが…。あとちょっとダサいし…虫関係ないし。あ、でも字面強い。
「えっと…確かにいいかもしれないですね…。」
「…そういうのも面白いかもなのら。」
と岡田先生と青い髪の子はなんとも言えない表情を浮かべている。私もきっとそんな顔をしているだろう。
「あ…面白くなかったですか。すみません…。」
申し訳なさそうに恥ずかしそうにルミ先生が言う。も、もしかして周りを笑わせるためにわざわざ考えてボケたってこと?それならこちらの方が申し訳なく思うべきだ。笑わず真剣に意味を考えようとしたのだから。
「いや!面白いとかじゃなくてカッコいいと思うぞ!…ちょっと意味はわからないけど。」
と先ほどの赤髪の子が励ます…というより興味津々といった様子で彼女に向けて言う。意味が分からないからこそ響きに惹かれたのかもしれない。
「ほ、本当?ありがとう、シンタさん!」
彼女がパッと明るくなると自然と周りも笑顔になった。よかったよかった。
「じゃあゴキブリのこと退治するね。シンタさん、ワタルさんは離れてね。」
その笑顔を保ったまま彼女はどこかへと行ってしまった。…何か道具を取りに行ったのだろう。ゴキちゃん、まだ間に合う。今のうちに逃げてくれ…。姿は見えないが隙間を見つめながら祈った。
「…今のうちにやっつけたらルミ先生怒りそうだよな…。」
「多分怒るんじゃないかな…。」
「シンタ、そんなにやっつけたかったのら?うーん…代わりになるかはわからないけどいいのがあるのら!」
青髪の…えっとワタルさん?が意外そうにシンタさんに聞くと、ポケットに手を突っ込んでガサゴソと何かを探す。なんだろう。
「じゃん!ゴキブリのグミなのら〜!きもちわるいからずっととっておいたやつで…」
「うわぁぁぁぁ…!!!なんだそれ!どっかやれ!」
あ…シンタさんがなんか泣いちゃいそう。確かにワタルさんの持つそれはパッケージのイラストを見る限り結構リアルで足とかがグロい。
「?でもこれを食べたらやっつけたことと同じっぽいのら!」
「た、確かに…!いやでも…食べるのは…。」
全部が茶色だから多分コーラ味だと思うが、それでも食べたいとは思えない。瞳が可愛いと言ったって気持ち悪いもん。
「食べれないのら?」
「ワタル!無理強いはよくないよ!誰も食べないなら先生が捨てておくからさ…。」
あ、先生も食べたくないんだ。でもまあそれはそう…。
「…それはダメだ!食べ物を捨てるのは食へのボートクなんだ…!」
「…ボートク?あ、先週の戦隊モノでレッドが言ってたやつなのら?」
たまたま観てたから知ってるのらとワタルさんが続ける。いわゆるニチアサでのキャラの台詞ってことみたいだ。
「ああ、あれか。第29話『赤太郎の弱点!?ピーマンは友だちだ!』で赤太郎が苦手だったピーマンを克服した後、怪人ブラックアンサーが現れて『嫌いなものなんて全部捨てちゃえばいいのさ!イッヒッヒウヘヘ……』って赤太郎たちが収穫したピーマンを捨てながら言った後の台詞だな!『そんなのは食べ物への冒涜だ!オレの友だちのピーマンに謝れ!』って言いながらレッドに変身したのはアツかったな…。」
…先生、お詳しいこと。めっちゃ早口だったし。しかし、台詞の前後の状況が分かってるってすごいな。あとこれから食うのにピーマンのこと友だちっていうのいいな。…いや、やがて肉や血となり体の一部になるのだからズッ友じゃないか。
「ブラック!話がわかるじゃないか!」
「あはは…。シンタが戦隊モノが好きって知ってから配信サイトでそれまでの話を追ってリアタイするようになってからハマっちゃって…。」
なんと!園児の好きなものについて労働時間外に造詣を深めるなんて保育士の鑑じゃないか!
「…それでどうするのら?食べるのら?食べないのら?」
2人が盛り上がってたからなのかどこかぶっきらぼうに言うワタルさん。ぷらぷらとグミを揺らしている。…なんかレインコートのクマちゃんの機嫌も悪いような。
「…ぼ、オレはそのやっぱり…いやでも…」
目はウロウロと泳ぎ、歯切れは悪い。実際の虫ではないとはいえこんなのは罰ゲームに近い。が、しかし。
「…やっぱり食べる!好き嫌いしないのがヒーローだからな!」
そう覚悟を決めたかのように言い切ると、ワタルさんの手からそれを取った。開けるとプラスチックの型にそれが収まっていた。
「うっ…」
あからさまに嫌そうな声を出してそこから剥がす。震える手で持っているからなのかゆらゆらと揺れる。口元に近づける気配は一向にない。…嫌ならやめてもいいと思うぞ…。
「シンタ!赤太郎がピーマンの丸焼きで克服したことを思い出すんだ!それと同じだ!」
全然同じじゃなくない!?しかも丸焼きで克服するってハードル高すぎるな。肉詰めとか青椒肉絲で克服するのがセオリーじゃないのか。
「そ、そうだ!これはピーマンだ!」
ピーマンでいける!?大丈夫!?あとこの子ピーマンも食べられそうには見えないんだけど…。
そんな不安をよそにシンタさんはそれを頭から口に入れる。もぐもぐと咀嚼すると残りも放り込んだ。味はただのコーラだもんね。
「ごっくん…。よし!ゴキザウルスを倒したぞ!」
「シンタすごいのら〜!」
「これでまた強くなったんじゃないか!」
そう3人は顔を綻ばせる。何はともあれお菓子との戦いが終わってよかっ…
バシーン!!!
後ろの方から大きな音がしてパッと振り返る。そこには笑顔の、何か棒状のものを持つルミ先生がいた。
「こちらも退治できましたよ!」
Oh…そうかそうなのか。ゴキちゃんはもう…。
3人もぎょっとした表情を浮かべている。そりゃそうだ。だってこんなのを見せつけられたら…
「捕まえたのでお外に出してきますね」
え、あ、生け捕りだった!あれは捕まえた時の音か。…流石にグロいところは園児に見せられないもんね…。よかった…!
小さな虫取り網に入っている黒い塊を虫取りカゴにパッと移すとルミ先生はどこかへと行ってしまった。……本当に外だといいが。
せっかくなら他の園児の様子も見てみようとその場を離れた。
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「もう!カナタちゃんはまたいたずらして!」
「そうだぞ!こんなことして何が楽しいんだ!」
ジョイントマットが敷かれ、キッズブロックで外と区切られたスペースの中。熊の耳みたいな髪型で着物?の子と髪色のオレンジと緑の瞳が補色同士に近いからか目を引くような子がなんだか怒ってる。何かいたずらをされたようだが。その先にはパンダの…いやよく見たらそうじゃなくて猫耳でなぜかツノの生えたよく分からないぬいぐるみを抱いた、これまた変わった猫耳のような髪型の子がいる。…熊耳の子はお団子を2個作ったんだなと分かるけど、この子はどうなってるの?…わからない。やはりツッコむのはやめにしよう。
「くすくす。だってライムもダイゴロウも反応が面白いんだもん。ねぇヒナタ?」
『キャハハ!こんな楽しいことやめられるわけないゾ!』
!?ぬいぐるみが喋った…!?…いや、違う。カナタ?さんって子が話させているだけ。これって腹話術?本編(特に漫画)でも腹話術なのかそうなのか微妙に分からないが。…もしぬいぐるみを話させるためだけに習得したのならすごすぎるが。…あとそんなメルヘンで可愛いところ全部詰め!って見た目なのにヒナタっていう人間っぽい名前なんだな。いや、チワワでもチョコとかマロンとか可愛い名前じゃなくて銀太みたいなカッコいい名前の子もいるし。
話を戻してそんなふうに2人?が真剣に取り合わずヘラヘラとしているからだろうか。名前から性別を判断するのはあまりよくないかもしれないが、恐らくライムさんという子が肩をわなわなと震わせて立ち上がった。
「もう知らないです!カナタちゃんの優しさってさくらんぼのタネくらいしかないんですね!」
「え?」
え?こっちも思わずえ?って声が出てしまった。急に独特の表現だ。カナタさんもえ?って顔してるしダイゴロウさんって子もえ?って顔してるし…あれ?ぬいぐるみ?もえ?みたいな顔してるような……?気のせい?…あ、ずっと大事にしてると魂が宿るってやつ?なんか怖いかも……。
ライムさんはそう言うとブロックをひょいと足で跨ぐとどこかへと駆けていってしまった。…それはまるでぷらいまりのMVで「走る心の中に〜♩」のところを後ろから見ているようだった。
…カナタさんもヒナタさん(なんか名前で呼ばないと怖くなったから)もダイゴロウさんも黙っている。
さくらんぼの実というものは小さい。そして、それの可食部を減らしているのはタネの存在である。ただでさえ小さいものにそれがあることによって1個では膨れることなんてない。だから、さくらんぼは2個で1個、2個食べて1個食べたような気持ちになるのかもしれない。あと、さくらんぼの双子果ってあるし。いや、そんなことは置いておいてあんな小さなタネと優しさが同じだなんて言われたら誰だって傷つくものだ。
「か、カナタ!あんなの気にする必要なんてないぞ!」
ダイゴロウさんがどこか必死そうに言う。何とか励まそうとしているのだろう。健気で可愛いらしい。
「…別に気にしてなんかないし」
『そうだゾ!勝手に言ってロ!』
せっかく励ましてくれたというのに突き放すように2人が言う。…あとそれは気にしているやつ。
その言葉にダイゴロウさんは困ったような表情を浮かべる。どうしたらいいのか頑張って考えてるのかえっと…と小さく繰り返しながら。
「あっ!」
いきなり大声を出したかと思えばダイゴロウさんが続ける。…2人はちょっとビクッとしてた(ぬいぐるみが動くことはないためこちらの幻覚という可能性も否定できません)。
「ライムはさっきああ言ったけど、おれはカナタの優しさはミートボールくらいはあると思うぞ!」
「え?」
え?こちらもえ?だ。タネよりは大きいけれど…そういう問題じゃなくない?も、もしかして彼の優しさにぴったり合うものをずっと考えてたってこと?恐らく傷ついただろう彼をフォローするために?可愛いね…いやそうじゃなくて!
ダイゴロウさんはこれでよしと満足げな表情を浮かべているが、2人はなんとも言えない表情である。それがあなたの優しさはこれっぽっちしかないと突きつけられたからなのか、はたまた独特の表現に未だ戸惑っているからなのかは分からない。
「…ライムもダイゴロウが僕のことを優しくないって思うのは僕がいたずらするからでしょ。じゃあ、たまにちょっかい出してきたり自分勝手に振る舞うシンタだとどうなの?」
…ん?これは…自分よりも振る舞いのよくない人間を挙げることによって自分よりはマシだと安心したがっている…?
ダイゴロウさんは突然の問いかけに驚きつつも、先ほどのように考えだした。
「えっと……あっ!シンタは卵の黄身くらいだと思うぞ!」
「…黄身?」
…黄身?それはどっ…
「卵の黄身とミートボールはどっちが大きいんだ…?」
ビックリした…!いつからいたのか岡田先生が3人の様子を見てぼそりと呟いた。しかし彼らから少し離れているため、声は恐らく聞こえてないだろう。一瞬心を読まれたのかと思ってしまった。
「うーん…。ミートボールは球形に近いけど、黄身はドーム状のような円形であるから半球形として捉えるべきか…。となると面積を求める公式は…。」
面積を求めようとしている!?ここは保育士として優しさに大きさなんて求めちゃダメだ!とか言うべきなんじゃ…。
そんな時。私の横をタタッと誰かが通り過ぎた。それはまたぷらいまりのように駆けるライムさんであった。
「か、カナタちゃん…。あたち…さっきのこと謝りたくて…。」
申し訳なさそうに少し下を向きながらライムさんが言う。きっと優しさをもので例えることはよくないと気づいたのだろう。いい子だなぁ。
「…別に謝ってほしいなんて言ってないんだけど。」
『そうだゾ!結局は自分のタメなんだロ!?』
ええ?そんな酷いこと言うことなくない?せっかく謝りに来てくれたんだよ?いやしかし、それだけ嫌な思いをしたということだから簡単には責められないかも…。
「あ…ごめんなさい…。でも謝りたくて…!」
まるで怒られた時みたいに目をぎゅっとしながらライムさんが言う。ダイゴロウさんもなんだか気まずそうな感じだ。
「ど、どうしよう…。間に入った方がいいか、いやでもこういうのは大人が介入しないで子どもたちだけで解決した方が…。」
岡田先生がどう動くか悩んでいる。うーん、確かに難しい。どちらが正解なんだ?
「…言うならさっさと言えば?」
『こっちが悪いみたいダロ!』
この空気を察したのか何なのか2人が口を開いた。…態度はあんまりよくないけど聞いてくれるならいっか。
「…あたち、さっきのことおねえたまに話したらカナタさんの優しさは肉団子…あ、そうじゃなくて!人の優しい気持ちに大小をつけるなんていけな…」
「…肉団子?」
「えっと…それは何でもなくて、大小をつけるのはダメなことで…」
「でもライオンは肉団子って言ったんだよね?」
「………。」
カナタさんの追及に黙るライムさん。…多分ライムさんのお姉さんのライオンさん?(カッケェ名前!)という方に先ほどのことを話した時に、つい彼の優しさを肉団子に喩えてしまったのだろう。それを覚えていたばかりにこんなことに…。明らかに不機嫌そうなカナタさん…と同じくそう見えるヒナタさん…。一体どうしたらいいものか…あなたはどうするんだ?と岡田先生に目を向ける。すると
「…ミートボールと肉団子ってどっちが大きいんだ…?」
と小さく呟いた。…いや、そういうことじゃないと思うんだけど…。
黙りこくったままのライムさん。彼女にジトっとした目を向けるカナタさんとヒナタさん。そんな3人を気まずそうに見つめるダイゴロウさん。…こちらもとても気まずいし、どうしたらよいのかわからない…とりあえず一旦距離をとった方がいいんじゃ…。そんなことを考えている時だった。
「ライムさん!ダイゴロウさん!さっき遊んでいたおもちゃが出しっぱなしですよ!」
ほんの少し険しそうな顔のルミ先生が2人に向かって声を掛けてきた。おおっ!
「もう遊ばないようだったら片付けないとダメですよ。」
渡りに船!これで離れられるね!
ライムさんもダイゴロウさんもこれが好機と分かったのか
「か、カナタちゃん…!あたち、お片付けしないとなので失礼しますね…!」
「お、おれも!また今度遊ぼうな!」
と、申し訳なさそうにしかしながら嬉しい気持ちを隠しきれないといったそんな様子で、カナタさんとがちょっ…!と制止する間もなく、そそくさと去っていってしまった。ルミ先生も声を掛け終わったからか他の園児のところへと。
…つまりカナタさんとヒナタさんが残されたということだ。2人がいなくなったことにより、怒りをぶつける相手も責める相手もいなくなった今。彼らはどうするのか、保育士として岡田先生はどうすべきなのか。…謎である。だから見守るんだ。
「…カナタに…いやカナタとヒナタに何て言ったらいいんだ…。優しさに大きいも小さいもないけど、自分の信じる優しさをゆっくりと育てていけばやがて揺るぎないものになって自信になるはずだよとかかな…。」
それ!!!それ結構いいと思うよ!なんかの主人公みたいにいいこと言うじゃん!言いにいってしまえ!!!
そう届かない声で何度も背中を押すも自信がないのか岡田先生はその場に立ち尽くしたままだ。Oh…ではカナタさんとヒナタさんは何をと思えばそちらも黙ったままだ。そんな時(この表現が好きで何度も使ってしまう…すまない)。
「…ミートボールと肉団子ってどっちが大きいんだろ…?」
え?あなたもそれに対して疑問を持つの?優しさはやっぱり大きさの問題じゃないと思うけど……。
『…マモル…。マモルならわかるんじゃないカ?』
誰?ミートボールと肉団子の大きさの違い(そもそもあるのかどうか)について知ってるってことは物知りの方だということは分かるけど…先生なのかな?
「マモルか!きっとマモルなら分からなかったとしてもうまいこと言ってくれるはずだ!」
岡田先生がその手があったか!みたいなテンションでそしてどこか安堵したような感じで言う。…なるほど、そのマモルさんという方は知識が豊富なだけでなく、信頼もされているのか。
カナタさんとヒナタさんがその方を探しに行くのか立ち上がってキョロキョロし出したので、私も着いていくこととした。(ぬいぐるみがキョロキョロ?やはり妙だな…。)
「マモル。ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」
「え、僕にですか?」
『オマエなら分かると思ってナ!』
…本棚付近のそこにいたのはなんとカナタさんとヒナタさんと同い年くらい(ヒナタさんはカナタさんによって1人の人間のように扱われていますが実際はぬいぐるみであるため同い年の子どもかのような表現は不適切かと思われますが、ここでは彼に寄り添いこの表現としました)の車いすに乗った男児であった。絵本いっぱいの本棚から取ったのではないと一目で分かる分厚くて難しそうな本を手に持っている。…同じ園児なのは驚きであるが、シャツにベストを着ていて真面目そうな雰囲気があるし眼鏡を掛けているから確かにどんな問いにも答えてくれそうだ(見た目で人を判断することは差別に繋がるだけではなく、本人のプレッシャーになる可能性も否定できません。しかし、相手が初対面である場合は見た目から情報を得るしかないためこのような表現となりました)。
「絶対に答えられるとは断言できませんが、ご期待に応えられるよう頑張ります…!それで何を聞きたいのでしょうか?」
「ミートボールと肉団子ってどっちが大きいの?」
「え?」
やはりそうなるよね…。いきなり何のために比べるのかとなってしまうのは仕方のないことである。
「なるほど…!どちらが大きいかですね…。」
目を閉じ口元に手をやって考えるマモルさん。頭の渦巻きが?マークみたいだ。わかるのかな?それともやっぱり難しいかな?…そもそも大人である岡田先生や私でも分からないものを園児が知っているとは…
「結論から言うとミートボールの方が肉団子よりやや大きい傾向があります。」
知ってた!!!スゲェ…!!!!!
「…へぇ、そうなんだ。」
『…ということはライオンの方が小さいと思っているんだナ…。』
いや、大小の話じゃ…。マモルさんは2人の会話の意味が分からないためか小首をかしげる。
「しかし、料理のレシピや地域で大きく異なるので一概には言えません。…なので特定の料理名などを教えていただけるともっと詳しく比較できますよ!」
にこやかになんの悪気もなく2人のためを想って言うマモルさん。その言葉に黙るカナタさんとヒナタさん。いや、料理じゃないんだ…。優しさの喩えとして出てきた2つなんだ…。
「あ、もし料理名が分からないようだったら特徴を教えてもらえれば…。」
沈黙に耐えかねてなのかまた優しい言葉を掛けてくれるマモルさん。そしてそれにも返さず、というより気まずくて黙ったみたいな2人。
「で、では!ミートボールと肉団子のそれぞれの特徴と違いについてお話ししますね!もしかしたら参考になるかもしれません!」
何も言わないと耐えられないとのことなのかこれから話してくれるらしい。何というかマモルさんは一生懸命さが伝わってきて好感の持てる素敵な方だな。
「まずミートボールは挽肉につなぎと調味料を入れて混ぜ、丸く成形してから、加熱して作る料理で…」
うむうむ、なるほど。
「…はお弁当のおかずとしてぴったりでご飯によく合い、長年愛されてきたおかずとも言え…」
ほうほう。
「…タリアのミートボールはポルペッテと呼ばれ、単数系だとポルペッタで、そのポルペッタよりも小さ…」
……まだミートボールの話だけなのにこんなにもお話してくれるとは…。2人をチラリと見ればそろそろ離れたいけれど、タイミングを掴めずといった感じで動けずにいる。マモルさんは一生懸命にそして楽しそうに話しているから気付いていない。
……マモルさんにも2人にも悪いが、そろそろ他の園児の様子も見たい。
そう私はそろそろとそこを離れた(そがいっぱいだ)。
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園庭に出てみた。すべり台にジャングルジム、ブランコなどの遊具(園庭に何があるのか本当は分からないため想像です)にグラウンドに花壇に大木。園児が過ごすに適しているところと言えるだろう(感じ方には個人差が(以下略))。
園児達は思い思いに遊んでいて微笑ましい。私まで楽しくなってしまうなと眺めていると、横を何かが通り過ぎ何か鋭いものが当たった。アウチ。なんだなんだとその何かがいるだろう方向を向くと、ツインテールの女児が立っていた。柔らかい風が彼女の先端が緑がかった黒髪をたなびかせる。その瞳はどこか遠くを捉えていた。
「あ…!やっぱりいる…!」
そう言うと門の方へと向かって駆けていってしまった。またなんだなんだと私も着いていく。
着いた先には体格のよい白い犬が柵の前で伏せていた。不思議と哀愁漂うその姿はなんだかこちらも悲しくさせるような。そんな気がした。
「リンリンさん…?ここで何を…い、犬!?」
背後から声がして振り向くとお団子ヘアで着物?和服?を着た女児がいた。…あれ初めて見た子なのにどこかで見たような…?
「あ…!ライオンちゃん!このワンちゃん、迷い込んじゃったみたいで…首輪はしてあるからどこかで飼われてた子だと思うんだけど…。」
ライオン…?あっ!ライムさんのお姉さんか!道理で既視感があったわけだ。…ダメだ肉団子が浮かんでしまう。
「そうなんですか…。…飼育者の方はどちらにいらっしゃるんですか?」
そう犬を真っ直ぐに捉えて問いかけるライオンさん。
「えっと…そこはパパやママはどこにいるの?でいいんじゃ…。」
とツッコむリンリンさん。確かにそれはそう。
「そ、そうですか…!ではお父様やお母様はどちらに?」
また問いかけるも返答はない。…そりゃ相手が犬なんだから仕方ない…。
「…そういえばこの子眉毛が下がっててすごく悲しそうだね…。」
「それは元からこのようなお顔なのではないでしょうか…?」
ボケとツッコミの入れ替え。いや、そうじゃなくてこの哀愁の正体は八の字眉毛からだったのか。正確にいえば眉毛ではなく模様であるが。しかし飼い主と離れてしまったのだから、悲しいのは事実なのかもしれない。
ぐ〜ぎゅるる〜
突然聞いたこともない不思議な音が聞こえ、私も2人も耳を傾けた。なんだこれは?
「この音は一体どこから…?」
「も、もしかしてワンちゃんのお腹の音とか…?」
ぐ〜ぎゅるる〜
まるで返事をするかのように今度ははっきりと犬のお腹から聞こえた。犬ってこんな音を出すものなのか?それともここでは犬というのはこれが当たり前なのか?
「お腹すいちゃったのかな…?ちょっと待っててね!」
「リンリンさん…?」
園舎の方へと駆けていくリンリンさん。すると、すぐに何かを手に持ちながら戻ってきた。
「これお弁当。ワンちゃんにとって人間の食べ物は味が濃くて体によくないらしいから、ご飯だけならいいかなと思って…。」
「確かに何も食べさせずにいるのは可哀想ですもんね…。」
リンリンさんは二段弁当の一段目を手に取ると、フタを開けて白米の詰まった容器を犬の前に出した。
「食べて大丈夫だよ。どうぞ。」
犬は癖なのかそれを前にするとお座りをする。そして、リンリンさんの顔をチラリと確認するとそれに口をつけた。
ウマウマウマウマ
「「え…!?」」
またしても聞いたことのない音。それは紛れもなく犬から聞こえてきた。体格から考えられないほど高くそして幼児のような可愛らしい声だ。え?
「…喋る猫みたいに食べる犬っているんですね…。」
「ああいうのって大人の猫さんになると鳴かなくなること多いよね。」
「成猫になると食べ物のありがたみが感じられなくなるのでしょうか…。」
確かにそうかもしれないけれど…ん?待てよ。しっかりした体格に八の字眉毛、そして食事中のヘンな声。こんなにも個性豊かならSNSに投稿すれば瞬く間にバズり、飼い主もすぐに見つかるのでは…?しかし誰もスマホとかなんて持ってないから先生に伝えて頼むかして…
「あ"ーーーーー!!!バズってた犬がなんでここに!?」
ば、バズってた犬?え?
悲鳴みたいな声の聞こえる方を向くと紫の髪をした子がものすごい勢いで走ってきた。それには2人も私も犬もびっくりだ。
「マドカちゃんこのワンちゃんのこと知ってるの?」
「知ってるもなにも今チュイッターでめちゃバズってるんです!!!ガッシリとした白い体に映える八の字眉毛!ご飯を食べる時に出す変な声!そして極め付けはけんけんぱをするらしいです!!!」
こ、この犬けんけんぱすんの!?いや、それもだけどこの歳の子がチュイッターなんて見るの!?
というか既にバズっていたのか。
「け、けんけんぱですか…?犬は二足歩行も難しいと思うのですが…。」
「うん…。そんなワンちゃん聞いたことないよ…。」
ライオンさんもリンリンさんも少し怪訝そうな顔をする。
「ちっちっちっ。百聞は一見に如かずです!このチュイートによると、『ポンポンドン!』って言うとやるそうです!」
…『けんけんぱ』じゃないんだ。いや、可愛らしい擬音語ではあるが。
2人はまだ信じられないといった表情を浮かべているが、マドカさんは期待で満ち溢れたような生き生きとした表情だ。こちらも見ていて楽しい。
「じゃあいきますよ!『ポンポンドン!』」
すると犬は耳をピンと立てると…なんと2本足で立ち上がった。
「ワンちゃんが立った!」
本人にそんな気はないかもしれないが、懐かしい言葉だな。
犬は右後ろ足を上げると2歩前へと進み、両足を地面へと着けた。そして、元の四足歩行へと戻ったのだった。
「ほ、本当にけんけんぱを…。」
「すごい…!偉かったね!」
ライオンさんは呆然といった感じであるが、リンリンさんはしゃがんで犬の頭を撫でた。犬は嬉しいのかゴロゴロと喉を鳴らし…ん?それって猫がやるやつじゃ…?…本当に犬なのか?
マドカさんは…と彼女の方を見ると、
「うおおおお!!!さすがはバズった犬!何度観てもすごいです!」
と撮っていたらしい動画を何度も再生してた。確かにけんけんぱをする犬なんてほとんどの人が一生見れないものだもんな。
「ハッ!!!あのチュイートを引用リチュイートしてこの動画を載せればバズるのでは…!?」
マドカさんが目をものすごくキラキラさせながら、いや人間の目ってこんなにも光るんだって思うくらいの輝きを放ちながら言った。
「あの…私はSNSに明るくないためよく分からないのですが、もしそれを投稿したとしたら撮影場所の説明を求められるのではないでしょうか?そして、このあじさい保育園の園庭で撮影したことが分かれば…」
「あ!この保育園の関係者とか勝手に侵入した不審者のどちらかということになって、下手したら炎上するかも…。」
確かに保育士が投稿したと思われたら仕事中に何をやっているのだと炎上し、園に関係のない者が投稿したと思われたら不審者扱いされて誰なのか特定されるかもだし…。あと、マドカさんが投稿したって園にバレたら保護者を呼び出されスマホ(子ども携帯なのか?)とかカメラを没収されるかもだし…。
「うぅ〜。しかしバズるということはリスクを伴うものですし…でも身バレは怖いですし…。いやでも…」
Oh…すごくすごく悩んでらっしゃる…。頭のてっぺんの双葉?のようなものがしなしなと元気がなさそうだ。感情とリンクするのかな?
「ねぇマドカちゃん、このワンちゃんのこと撫でてみない?」
先ほどから犬を撫でているリンリンさんが声を掛ける。リンリンさんの撫で方が上手いのか、犬はツルツルとしたお腹を空に向けていた。
「何ですか急に…。」
「前にマモルくんが教えてくれたんだけどね、動物に触ると心が落ち着いて癒されるんだって。だからマドカちゃんもどうかなと思って。」
リンリンさん…!なんてお優しいの…!隣の犬を見ると仰向けになりながら「撫でてもいいぜ、嬢ちゃん…」みたいな目を向けている。いやなんだそれ?
「そういうことならちょっとだけ…」
近づいてしゃがむと犬の頭へと手を伸ばした。短くて一本一本が太そうな白毛に小さな手が少し沈む。それを左右に小さく動かせば…。
「犬の毛ってこんな感じなんですね…。今まで撮るばかりで触ったことってなかったかもしれません…。」
リンリンさんの撫で方に倣って、背中に耳や尻尾の付け根などを撫でれば犬はまたゴロゴロと変な声を出す。彼女はしばらくそうしていた。
「あたし…チュイ主の方にDMでこの犬の動画と場所を送ります!」
「マドカさん…!」
英断だ!!!チュイ主の方も犬の居場所が分かったら安心だろう。
「もちろんバズる可能性を捨てるのは嫌ですが、それよりも今までみたいに投稿できなくなったら、未来のバズを捨てることとなりますからね!」
そう言うとスマホ?を取り出して文字を打ち始めた。めちゃくちゃに早いし、覗いたら漢字を交えて文章を作っていてすごいなと…。
「そうだ、ライオンちゃんもワンちゃんのこと撫でてみる?」
「え?いいんでしょうか…?」
「このワンちゃん、撫でられるの好きみたいだからきっと大丈夫だよ。」
そう促されライオンさんが犬へと手を伸ばす。
「わぁ…!ふさふさとしていてとても触り心地がいいですね…!」
「だよね。…そういえば私とライオンちゃんが話すのっておはなしまいごえん以来だね。」
唐突のメタ発言。
「確かにそうですね。…マドカさんとは今回初めてお話ししたかもしれません。」
「いや、他のところで何かしら話してると思いますよ…?」
くるりと振り向いてマドカさんが指摘する。確かに同じ園内で多くの時間を共にしているのだから流石に何かは話しているのだろう。
「先刻承知。それはそうと分かっているのですが、なぜか思い浮かばないんです…。」
「そう言われると確かに…。ライオンと話した記憶ってないかもしれないです…。」
「な、なんか怖いからこの話やめよっか!」
…コンテンツとして展開されているところしか記憶がないってこと…?それは怖いかもしれない。
「そういえばDM送れました!返信はまだですが、その間この犬どうしましょうか?」
犬の方へとみんなが目を向ける。先ほどまでリンリンさんに撫でられていたからかまたお腹をぐでんと空に見せている。よく見るとツルツルとしたお腹は赤ちゃんのそれと似ているかもしれない。…別に今は関係のない話だが。
「うーん…。とりあえず先生方に事情を説明して職員室で預かってもらいましょうか?」
「うん。私もそれがいいと思うな。」
「では連れていきましょうか。」
行きたくないのかなんなのか仰向けのまま動くことのない犬は、マドカさんに「はいはい行きますよ」と言われ引きずられるようにして移動する。他の2人はライムさんとダイゴロウさんにも見せたいですね、きっと喜ぶと思うよと楽しげに会話。それを見守ると私はまた他の園児を見るためにそこを離れた。
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しばらくブラブラとしていた。するとルミ先生の声が聞こえた。
「みなさん、お昼の時間ですよ。外にいる人はお部屋に入ってください。」
それを受けて、みながやることを済ませてすぐに中へ…いや片付け等を嫌がってか中々動かない子もいるが。
そんな子たちもしばらくすれば中へと入り、手を洗ってリュックや手提げバッグからお弁当箱を取り出す。ルミ先生や岡田先生は机に消毒液を吹きかけ、タオルで拭いていく。同時進行で行われるそれをただ見ていた。やはりいくら綺麗に見えたってどんな菌がいるかわからないものだから大事だな。
「ではみなさん、手を合わせてください。」
「「いただきます!」」
「「「「「「「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」」」」」」」
当番の子2人がホワイトボードの前に出てきて挨拶をすれば、それに続いて残りの子達も言う。…合わさるとこんなにも大きな声になるんだな…。いや、私も前にいて見ていたが何にも言ってない子もいたような。まあいいか。
周りを歩いて見渡せばフタを開け食べ始める園児たち。バグバグと効果音をつけたくなるくらい大口で勢いよく食べる子もいれば、ゆっくりゆっくりと箸で運び小さいお口でちょこちょこ食べる子もいる。どちらもかわいらしい。
「ねーひーちゃん。これ食べてくれるー?マリア半分食べたんだけど好きな味じゃなくてー。」
声の方を向くと、ふわふわとしたピンク色の髪を括ったツインテールの…いやハーフツインの子がフォークを隣の子に向けている。刺さっていたのはピーマンの肉詰めであった。
「え…!?あ、そ、それってか、か、かんせつキ、キ、キ…!」
そしてその隣のひーちゃんと呼ばれていた子-青い髪を二つに括り帽子を被った子-は誰が見ても分かるくらいに動揺している。食べてくれる?と言われてすぐに頬が真っ赤になってしまった。
?子どもが友達の残したものを食べるとか同じものに口をつけるとか結構あることじゃないのだろうか。言われてみれば間接キスというやつになるがそんなに気にすることじゃないような。
「んー?ひーちゃんいらないの?じゃあアルティメットちゃん食べるー?」
「え!?あ、あたしが食べるから!」
マリアさんが正面にいる赤髪でニット帽を被ったアルティメット?さん(えらいキラキラネームだな。漢字だとどう書くんだ。)に声を掛けてすぐ。ひーちゃんさんが叫ぶかのように言った。何故だろう。必死さを感じる。
するとひーちゃんさんはマリアさんの方を向く。
「じゃあひーちゃんお口あけて?あーん。」
依然として顔は赤く、そして全身が少しプルプルと震えているような…。そんなに緊張することなのかな?
あむっ。そう口に入れるとほとんど咀嚼せずに飲み込んでしまった。
「ちゃんともぐもぐしないとあぶないよー?」
「う、うん…。それはわかってるんだけどなんかドキドキしちゃって…。」
ドキドキ…?あ、もしかしてマリアさんからのアプローチを意識してしまって…というよりマリアさんという存在を意識してしまってドキドキするってこと…?とても可愛らしいし、こちらも少しドキドキしてしまうかも…。
「うーん。もう一個はどうしよー。ひーちゃんまた食べるー?」
肉詰めの刺さったフォークを持ってマリアさんがまた尋ねる。よく見ると小さなおててで小さなフォークを握っていて、もうそれだけで可愛い。
「え!?いや…食べたいんだけど、その、なんだか胸?がいっぱいでなんにも入りそうになくて…。」
本人に直接言ってしまうひーちゃんさん、なんというかいじらしくて可愛らしい。
「そっかー。じゃあどうしようかなー。」
うーんと眉を寄せてフォークの先のそれを見つめるマリアさん。ご、ごめんマリア…と申し訳なさそうなひーちゃんさん。それを見ていたからだろう。
「マリア!ワタシが食べるわ!」
アルティメットさんが手を挙げてそう言った。マリアさんは一瞬目を丸くすると、すぐにありがとーねと微笑んだ。刺さっている肉詰めをお弁当箱のフチに押さえつけるようにして抜く。…あれ?あーんじゃないの?…も、もしかしてひーちゃんさんだけの特別ってコト…!?はわわ…すごご…。
「はい、どーぞー。」
お弁当箱をそのまま渡すとアルティメットさんが中のそれをフォークとスプーンが合体したようなもの(ちゃんとした名称を未だ知らない)で刺して食べた。
「っ…!?こ、これはアルティメットなおいしさだわ!」
「……!」
アルティメットさんがそれを絶賛すると、隣のヒツジ?の着ぐるみのようなパーカーを着た子も嬉しそうにニコニコとしてる。…やはり格好もみんな自由なんだなぁ。でもこれ足までも覆われているというか着る時に足を入れたからでないと着れないから大変だな。着脱も時間が掛かりそうだし。あと外から中に入る際に足拭かないといけないんじゃないのかな?どうなんだろ?(これは未だ謎である。)
「シェフを呼んでほしいくらいのおいしさだったわ…!」
と噛み締めるようかのように言うアルティメットさん。本当に美味しかったんだなあ。
「んー。これ冷凍食品だから工場にもしもししたらくるかなー。」
となぜかそれの包装紙を持って答えるマリアさん。
「え!さすがマリア!準備万端だね!」
驚きつつも褒めるひーちゃんさん。それにパパが多分うっかりで入れちゃっただけだよーと笑顔で返すマリアさん。
「いや、そこはパパを呼ぶとかでいいんじゃないかしら…。」
小さく呟くアルティメットさん。きっとお弁当を作る人間、いや料理を作る人間は誰だってシェフであるということであろう。
「ここ近くだからほんとうにくるかもー。ルミ先生にもしもししたいってお願いしてみるー?」
と裏の表示面を見て言うマリアさん。
「え!?住所わかるの!?さすがマリア!」
ひーちゃんさんが同じような反応を…。なんというかbot…さすマリbot化しているような…。
「え、いや、やっぱり呼ばなくても…!」
事が大きくなってきたからだろうか。慌てたようにアルティメットさんが言う。喩えをそのまま受け取られるとは思っていたのなかったかもしれないし。私もたまにある。あるあるだ。
「〜〜?……!……!」
急にヒツジ?の着ぐるみの子が小首をかしげながらパタパタと手を動かした。かと思ったら次は大きく動かし、そしてどこか頼もしげな面持ちで腕を胸の前に持ってきた。全体的に力が入っているような。そんな感じがする。
「え、ここまで来てもらうのが申し訳ないならそこまで行って工場の人を案内する?そんなダイヤが呼びに行く必要はないわ…。」
…なぜ発声ではなくこういったジェスチャーなのだろうか。と思ったがそれが伝わるのであれば発声等に代わる自分にとって使いやすいものであればコミュニケーションを取る方法なんて意外となんでもいいのかもしれない。アルティメットさんの返答にニッコリとした笑顔を浮かべるダイヤさんを見てそう思った。ではまた他の子を見るかなとその場からぐるりと周りを見渡そうとした時。
「おや?リンリンくん、おかずばかり食べてどうしたんですか?」
お。これはマモルさんの声だ。だんだん分かってきたぞ。そう思いながら聞こえた方へと向かう。ひーちゃんさんのいるところもそうであったが、マモルさんたちのいるところは4人1組といった感じでテーブルに座っている。ここはマモルさんリンリンさんシンタさんワタルさんたちのグループだ。
「えっと、さっき園に迷い込んじゃったわんちゃんにごはんをあげちゃったからおかずしかないんだ。」
と先ほどの問いかけに答えるリンリンさん(説明を挟んだせいで分かりにくくなってしまい申し訳ない)。だから仕方ないんだよとおかずをまた口に運ぶ。それをじっと見ていたマモルさんはあっと小さく呟く。
「でしたら僕のご飯を少し分けましょうか?」
「いや、マモルくんのご飯だし悪いよ。でも気にしてくれてありがとう。」
と微笑むとおかず(ひじきの煮物)にまた箸を伸ばす。それを見たからだろうか。マモルさんがいきなりあの!と少し大きな声を出した。一体どうしたのだろうか。
「あ、えっと…!今日のご飯はいつもよりも多い気がするので、もしリンリンくんがよかったら手伝ってくれませんか?」
と白米の入った容器をおずおずと彼女に向ける。どこか声が辿々しかったような。もしかしてこれは…
「あ…。うん。そうなんだね。じゃあ少しもらうね。」
一瞬驚いた顔をしたリンリンさんは納得したように頷くとおかずの入った容器を置いた。そして箸を反対にすると少量取り、片手をそれの下にしたまま先ほどの容器へと入れた。
「ありがとうございます、リンリンくん!」
「こちらこそありがとう、マモルくん。」
お礼を言い終えた2人はまた食べ始めた。…なんと素晴らしいのだろう。お二人とも人としてあまりにもできているのだなとただただ思うしかない。
「なんだ?グリーン、ご飯がないのか?」
「ご飯ないないなのら?」
そのやりとりを見ていただろうか。シンタさんとワタルさんが話しかける。グリーンというのは彼女のあだ名か何かだろうか。リンリンさんが事情を説明すると
「なるほどな!話はわかったぞ!」
「わかったのら!」
と元気よく言う。ということはこの子たちもリンリンさんにご飯を…
「よし!ヒーロー戦隊集合!グリーンのご飯集め大作戦開始だ!」
ひ、ヒーロー戦隊?みんなでそのようなものを結成してらっしゃるということだろうか?確かにシンタさん、ヒーロー戦隊のこと好きらしいもんな。
「なるほど。戦隊の活動としてリンリンくんのご飯を集めるんですね!」
「え…私はマモルくんからもらったから別に大丈夫だよ。」
明らかに乗り気ではないリンリンさん。しかしそれに構うことなく、シンタさんは続ける。
「パープル!お前ももちろん参加だ!」
彼が向く方にこちらも視線をやると、あからさまに嫌そうな表情を浮かべるマドカさんがいた。マドカさんにもあだ名?があるんだ。確かに髪の色が紫だもんね(※彼女の髪にはピンクのメッシュが入っていますが、ここでは主な色ということでこのように表現いたしました)。
「えぇ…。今ですか?あたしまだ食べてるんですけど…。」
もぐもぐと咀嚼しながら話すマドカさん。覗き込むと確かにご飯やらおかずやらが残っている。
「グリーンの一大事なんだ!力を貸してくれるだろ!?」
「だから私は別に困ってないよ…。」
2人ともやりたくないってよ…。しかしそれでもやると決めたことを譲りたくないシンタさん。
「ならもういい!オレとブルーとシルバーでご飯をたくさん集めてやる!」
ほ、本人が困っているわけでもないのに…?それは自己満足になるんじゃ…?
ついてこい!とでも言うようにズンズンと進んでいってしまうシンタさんに2人が慌ててついていく。
「おい!ハヤテ!弁当をよこせ!」
「はぁ…?いきなりなんだよ。」
あからさまに不機嫌な態度。それもまあそうだろう。理由もよくとさ説明されずにほしいと言われたった訳がわからないに決まっている。室内にも関わらず帽子を被り、そしてあったかそうな紫のパーカーを羽織っているハヤテという子はシンタさんのことを気にすることなく、またお弁当のピラフを黙々と食べ出した。それが気に食わないのかシンタさんは
「なんで無視すんだよ!?一口くらいいいだろ!」
とピラフにスプーンを突っ込もうとする。…いや、許可も何も取らずにそれはよくないんじゃ…と思う私の横でマモルさんが不意に口を開いた。
「あの、ハヤテくんはなぜシンタくんがご飯を集めようとしているのか分からないと思うため、理由を伝えたらいいのではないでしょうか?」
そして納得してもらえるように交渉をするといいかとと続けるマモルさん。その言葉にシンタさんは目を見開くと、さすがシルバーだ!と大きく頷いた。
「確かに理由もなしにお菓子がほしいって言われたらイヤかもしれないのら…。でもよっぽどの理由じゃないなら簡単にあげたくないのら。」
と納得するワタルさん。彼にとってお菓子はとても大事な存在なのだな。
「よし。ハヤテ!オレたちがご飯を集めている目的を話してやる!一度しか言わないからよーく聞けよ!」
「いや、なんで頼む側なのに偉そうなんだよ。」
と呆れたように言うハヤテさん。それは本当にそう。
「オレたちのグリーンが園にやって来た犬にご飯をやっておかずだけを食べているんだ。だからグリーンがいっぱい食べて午後の任務もスイコウできるようにご飯を集めているってわけだ!」
それを聞いて、任務ってそんなやんなきゃならないことなんてお前らにはないだろ…と小さく呟いたものの
「まあそういうことなら俺のを少し分けてやるよ。」
とピラフを差し出すハヤテさん。ため息をつきながら上記の台詞を言ったもののなんてお優しい。
「ほんとか!?ありがとなハヤテ!」
と言うと同時にスプーンをお弁当箱に突っ込むシンタさん。ん?そういえばこれって誰のスプーンなんだ?…まあ誰のでもいいか。
「ちょっ…!?あんま取りすぎんなよ!」
「おお!わるいわるい!」
少しも申し訳なさを感じさせない言い方で手を止めるシンタさん。見ればハヤテさんのお弁当箱に入っていたピラフは三分の一…いや四分の一くらいであった。元々どのくらいあったかは忘れてしまったがそこそこ残っていたような気がする。
「ちょっと!そんなに取ったらハヤテくんが食べるものがなくなっちゃうじゃない!」
ハヤテさんの隣から怒号のような声が聞こえてきた。そちらを向くと茶色い髪をハーフツインにし(マリアさんも同じ髪型で可愛いという印象を受けたのに対し、この子は綺麗という印象を受ける。不思議だ。)、澄んだ緑の瞳を持った女児がいた。服はいわゆるオフショルダーという肩が出ているやつ…。ある程度大きくなった小学校高学年ぐらいだとそのようなおしゃれな服を着ている子って見るような気がするけれど、保育園でもいるんだ。でもすごく似合っている。大人っぽいな。
「ほら!アタシの少しあげるからハヤテくんに返しなさいよ!」
と雑穀米?らしきものを差し出す。ま、まだ園児なのに健康効果が素晴らしいとされるものを食べている…?何というか意識が高くてすごい…。保護者の方がよく食べられているのかな。
「ユズリハもくれるのか!じゃあハヤテにちょっと返すか。」
とハヤテさんのお弁当箱にピラフを戻すと、そのスプーンでユズリハさんの雑穀米に突っ込んだ。
「何やってんの!?そんなことしたら味が混じっちゃうでしょ!」
そう言い終わるよりも先にシンタさんはピラフの上に重ねていた。確かに接触により味が混ざって変な味になってしまう…まずい…(二重の意味です、もし説明する必要がなかったのなら申し訳ないです…)。
「まあ大丈夫だろ!」
「シンタは食べないからってテキトーなのら!」
思わずツッコむワタルさん。いや、ごもっともである。
「うーん…。でもグリーンなら食べてくれるだろ!」
「それは確かにそうかもしれませんが、リンリンくんに甘えてるような気も…。」
そう止めようとするものの次へ行こうとするシンタさんに着いていくだけであった。合わせてしまいたいくらいにシンタさんのことが好きなんだな。それが全ていいことと言ったら違うかもだけれど。
「じゃあみなさん分けているみたいですし、あたしもちょっと分けますよ!」
と白米を出すマドカさんから少し受け取る。
「…ボクのはパンだけどそれでもいいなら。」
彼女の隣からの声に目を向けると、ふわふわの三つ編みを横に垂らした子がいた。黒猫が持つような、満月を閉じ込めたみたいな瞳が美しい。その手に持つお弁当箱には濃い茶色でゴマ?みたいなものが乗ったパンがいくつかに切り分けられて入っていた。隣には赤い汁物がスープジャーの中に湯気を立てながらある。
「パンはお米と同じく主食ですがどうしましょうか?」
問いかけるというより伺いを立てるマモルさんに対して、固まるシンタさん。恐らく主食の意味が分からないからかな…?頭に?が浮いてる。
「あ…えっと主食というのは炭水化物を多く含む穀類とかのことで、ご飯やパン、麺類などの食事の中心になるもののことです。世界にはとうもろこしやジャガイモを主食とするところもあるそうです。」
「なるほどな!同じシュショク?ってやつならパンももらうか!」
だいたい分かったらしいシンタさんが三つ編みの子からヒョイッとパンを一切れもらう。
「ありがとな、ゾーヤ!」
「うん、どういたしまして。」
ゾーヤと呼ばれた子が小さく微笑む。…ん?なぜか一瞬目があったような。いやそれはないはず。
そして彼らはまたご飯、いや主食集めの旅に出た。
「グリーン!今戻ったぞ!」
「あ、おかえりなさい。でもみんなが回ってるのちょっと見てた…え!?」
おかずを全て食べ終わったリンリンさんが振り返って声を上げる。それもそのはずである。そこにあったのは、ピラフに雑穀米にマドカさん以外の方々からももらった白米にパンにライオンさんとライムさんからもらった混ぜご飯にアルティメットさんからもらったチキンライスにふりかけのまぶされたご飯にワタルさんのお弁当のキャラ弁のキャラの頭の方の青い部分や口の赤い部分などがくっつきあっているだけでなく、昔のアニメのような山盛りご飯になっていたからである。しかもめっちゃカラフル。マドカさんがこれはバズりそうです!と連写してる。
「どうだグリーン!これで午後も頑張れそうだろ!」
「えっと…たしかにこんなにいっぱい食べたら頑張れそうかも…。」
誇らしげにそして元気いっぱいに言うシンタさんを悲しませたくないからか、それに合わせたような返事をするリンリンさん。なんてお優しい。いやでも、シンタさんもリンリンさんを喜ばしたかっただけで悪気なんてないんだ。
「リンリンくん、もし食べるのが大変でしたら僕がお手伝いしますよ。」
「あっ!ダイゴロウは食いしん坊さんだから頼んだら食べてくれるかもしれないのら!」
ちょっと困った様子だったリンリンさんを見逃さなかった2人が声を掛ける。素晴らしい。
「…ううん。せっかくみんなが集めてくれたんだからちゃんと全部食べるよ。」
なんとそれからリンリンさんは言葉通り全ての主食を食べたのだった。あとなぜかゾーヤさんからもらったパンを「甘酸っぱくてちょっとピリッとする」って言ってたけれどなんか普通のとは違うパンなのかな。
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食後みなさんはお弁当箱をしまうなど片付けをし、そして歯磨きをし終え(本当は食後30分以降が好ましいらしい)、各自押し入れから自分のお布団を取る。なるほど、これからお昼寝なのか。よく見るとみんなのお布団と枕、ふわふわとしたパステルカラーの子が多くて可愛いらしい。そう思っている間にみな慣れた手つきで布団(マットレスかも?)を床に敷き、枕を置いてまた布団を上に乗せる。準備するのを先生方が手伝ったり、園児たちが協力し合ったりしているところも見られ、とても素晴らしいなと。
「みんなお昼寝の準備はできたね!じゃあ寝る前に今日はこの絵本をみんなと読も…」
「岡ちゃん!カナタちゃんがこの絵本を読んでほしいらしいです!」
岡田先生が話している時にいきなりライムさんが絵本を持って彼の元へとパタパタと走り出した。その小さな手には手足の生えた人参が立っている絵が表紙の絵本がある。…カナタさんが読んで欲しいと思っているのなら自分で頼みに行ったらいいのではないだろうか。何か事情が?
「え?そうなのカナタ?」
岡田先生がカナタさんの方を向いて問い掛けると他の園児たちも自然とそちらを向く。
「うん。おうちでママに読んでもらって面白かったからみんなもどうかなって思って。」
『きっと感動すると思うゾ!』
なるほど。だから読んで欲しいと思ったのか。でも自分で言うのは気恥ずかしくて…ん?なんかカナタさんの口元が緩んでるというか、ニヤついてる?最初に見た時のライムさんとダイゴロウさんにいたずらをした後みたいな感じのような…。
「そっか。それなら今日は持ってきてくれた絵本を読もうかな。みんなはそれで大丈夫?」
岡田先生が問い掛けたところ反対する方がいなかったため読むこととなった。
「じゃあ読むね。」
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いまからちょこっとだけむかし
キャロットむらににんじんさんがひとりですんでいました
にんじんさんははたけでおやさいをそだてたりけいとをあんでふくをつくってうったりしながらせいかつしていました
そんなあるひのことです
たいふうのせいではたけがめちゃくちゃになってしまいおやさいがすべてダメになりました
それだけではありません
おうちにあったけいとがそこをついてなにもつくれなくなってしまいました
これではおかねをえることができません
たべるものもなにもなくなってしまったにんじんさん
それでもおなかはグーグーとげんきよくなります
そのときです
じぶんのからだのさきっぽがとてもおいしそうなことにきづいたのは
(補足:🥕さんは逆三角形のようなかたちをしており、上の底辺に顔パーツが集中しています。そして手は顔のすぐ下、足は真ん中辺りから生えています。先っぽというのは🥕さんを三角形で例えたると頂点あたりの部分のことを指します。)
にんじんさんはすぐにほうちょうをてにもつとさきっぽをすこしきりました
サクサクサク
そしてそのままそれをたべました
そのみずみずしさとやさしいあまみにおどろくとさらにからだをきりおとしてたべました
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「え、食べた…?」
「自分のからだを食べるとかキモチワル…」
園児たちがザワザワとし始めた。まさかの展開で岡田先生も困惑している。というかこの絵本が伝えたいことはなんなんだ。
「ど、どうしよう…。読むのやめようか…?」
「え〜これから面白くなるんだよ。」
『そうだゾ!それまでの辛抱ダ!』
しかしカナタさんとぬい…ヒナタさんに押されるようなかたちで岡田先生は読むことにした。あと他の園児たちも興味があるようで…いやライムさんとダイゴロウさんはちょっと涙目のような…。
「うう…おねえたま…。あたち、怖くてもう聞いてられないです…。」
「おれも…。おなか空いたからって自分を食べだすなんて怖いぞ…。」
ライオンさんにぎゅっとくっつきながら言う2人。それを聞くと手を挙げて
「岡田先生。胆戦心驚、お二人がとても怖がってらっしゃるので隣の部屋で別の絵本を読み聞かせてもよろしいでしょうか?」
と尋ねた。どこか申し訳なさそうな表情をされているような。
「もちろんいいよ!移動させることになっちゃってごめんね。」
「いえ。この絵本を読み終わりましたらお声がけいただけるとありがたいです。」
さぁ行きましょうかと近くにあった絵本をライオンさんが手に持つと、二人を連れて部屋を出て行った。
「…カナタ、みんなで読むものなんだからみんなが楽しめるものじゃないとダメだよ。」
「僕はみんなが喜ぶかなって思ったから持ってきたんだよ。悪気なんてないんだけど。」
『そうダ!こっちが悪いみたいな言い方するナ!』
Oh…ギスギスとし始めてしまった…。空気が悪い。よくわからないけどいっつもこうなの?
「まあまあ。まだ全部読み終わったわけじゃないし、これからとびきりアメージングな展開が待ってるかもしれないでしょ?」
優しいことにアルティメットさんがフォローしてくれる。
「〜〜〜!」
「え?もう今の段階で十分アメージングだって?それはまあ…そうかも…。」
アメージングは感動とか素晴らしいだけではなく、驚くべきという意味もあるからそれはそう…。
「ああもう!結局読むの!読まないの!ハッキリしないとイライラするんだけど!?」
「ユズリハは短気だなー。そんなことでいちいちイライラしてたら疲れちゃうよー。」
「はぁ!?あんたのせいでもっとイライラしてきたんだけど!」
Oh…こっちもこっちでなんかギスギスしてる…。これは早く場を収めないとダメなんじゃ…と思いチラリと岡田先生の方を向く。…!?なんかめっちゃ顔色わっる!汗もかいてるし大丈夫?具合悪い?どうしたの?
「センセイ、大丈夫?海を初めて見た青信号みたいな顔してるよ。」
そ、それはどんな顔?でも多分ゾーヤさんも顔色が悪いって思ってるんだよね。た、たぶん…。
「どうしよう…最後まで読んだ方がいいのかやめた方がいいのか…。どっちがみんなのためになるのかわからないんだ…。」
すごく悩んでらっしゃる…。しかしそれはそれだけ真剣に物事に向き合ってるからで悪いことではないけれど。でもこれが続くのは好ましくないから…。
「…ちょっと待ってて。ボク、いいの持ってるから。」
ゾーヤさんがポケットに手を突っ込むと、コイン…というより異国の硬貨のようなものを出した。どこで手に入れたんだろ。
「これのオモテには草花模様が描かれていて、ウラには竜を倒している人が描かれているんだよ。だからこれを投げて表なら読む、裏なら読まないってしたらいいんじゃないかな。」
そう言いながら岡田先生に硬貨を見せるゾーヤさん。なるほど。それならあまり揉めずに済みそう。
「…じゃあハヤテ、投げてみて。」
「は?なんで俺が投げんだよ。」
「ゲームやるならコイントスにも慣れてるかなと思って。」
ゲーム内でしかほとんどやったことねーよ…とかなんとか言いつつ、人差し指と親指の間にコインを挟んでいる。なんだかんだ言って優しんだね。
じゃあいくぞという声と同時にピンと音を立てて上方へと飛び、布団の上にとさりと落ちた。
「…オモテ。」
「じゃあ読むってことだね!」
ひーちゃんさんが元気よく答えると、岡田先生はゾーヤさんとハヤテさんにお礼を言って、続きを読み始めた。
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このままたべつづけたらじぶんのからだがなくなってしまうことにきづいたにんじんさん
でもにんじんはまたたべたい
にんじんさんはちょきんをくずすとそのおかねでにんじんのたねをかいました
そしてとどいたそれをつちにまいていっしょうけんめいそだてました
そのころにはけいともてにはいっていままでのくらしはできていました
つきひはながれにんじんをしゅうかくするひがやってきました
しかしたいへんです
このにんじんはにんじんさんとおなじようにめやくち、てあしがついており、こんにちは!などとおはなしするのです
にんじんさんはいっしゅんとまどいましたがたべたいというきもちにかてずたべてしまいました
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「自分と似ているのに食べたの?」
「にんじんはそんなにおいしくないと思うぞ…」
またザワザワしだす園児たち。それに岡田先生は困ったような顔をしたけど、読むと決めたからかすぐに読み出した。
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にんじんさんはそれからずっとにんじんをたべつづけました
にんじんだけたべるようになりました
そんなあるひのことです
にんじんさんのおともだちがおうちにあそびにきたときにそれがバレてしまったのです
おともだちはすぐにけいさつにつうほうし、にんじんさんはれんこうされました
にんじんさんはどうしゅぞくにちかいものをたべたうたがいでさいばんにかけられました
はんけつとしてむきちょうえきがいいわたされ、いまもかれはけいむしょにいます
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読み終わると全体がなんともいえない空気に包まれた。カナタさんは結末をもちろん知っており、そしてこうなることをまるで分かっていたかのようにくすくすと笑っている。あとヒナタさんはキャハハと。それをゾーヤさんがそれはそれは鋭い目つきで見てる。まあ悪気しかなかったことがバレたのだから仕方ない。
「えっと…この絵本は何を伝えたかったのでしょう…?カニバリズムをしてはいけないということでしょうか…?」
「か、かにばりずむ?それって何?」
困惑というかこの話から何かを見出そうという声も聞こえてくる。とにかくザワザワとしてる。あとマモルさんがみんなにカニバリズムについて教えてる。
「ゆ、ユウ先生はライオンたちを呼びに行ってくるね…。」
この空気に耐えられなくなったのか岡田先生が出ていってしまった。それから三人を連れて戻ってきたものの、園児たちの食後特有の眠気はすっかり飛んでいってしまったようだ。なんというか目が冴えてしまっているような気がする。
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\すーすー/ \すやすや/ \ぐーぐー/
あのようなものを見せられてみんな寝れずにお昼寝の時間を終えるのではないかと心配していたが、数十分くらい経つとあちこちから寝息が聞こえてきた。ゆっくりとみんなのまわりを回ると可愛いらしい寝顔がなら…んでいない。二つの布団だけがこんもりと丸くなっている。
一つに近づいて耳を澄ませてみると、
カチャカチャカチャカチャカチャカチャ
ん?何かを弾くみたいな音?
こっそりと布団の中を覗き込むとハヤテさんがゲームをしていた。めちゃくちゃ手が動いている。なるほど、周りにやっているとバレないように音量をオフにしてるのか。
ふむふむと思いながら、もう一つの布団に近づいて耳を澄ます。するとそこからは、
「うーん…やっぱり彩度を上げた方がいいですかね…。それとも変にいじらず自然な感じで…」
何やら悩んでいるマドカさんの声が聞こえていた。一体何をだろう?またこそりと中を覗いてみる。すると、先ほどのリンリンさんのために集めた山盛りご飯の写真とにらめっこしていた。前に言ってたチュイッターやイン○タとかに投稿するのだろうか。…おっと…よくよく考えたら覗き見というのはプライバシーの侵害だよな。ここを離れなければ。
ふにっ
わっ!?なんだこれは!
マドカさんのところから離れた際に何かのしっぽ?を踏んでしまい思わず飛び上がると、それの持ち主がガバリと布団から起き上がった。
「〜〜〜!?」
何が起こったのか分からずといった感じで辺りをキョロキョロと見渡している。あ、ヒツジさんの着ぐるみ?のしっぽ?だったんだ。申し訳ない。
「もー…。どうしたのダイヤ?何かあったの?」
あ、隣のアルティメットさんも起きちゃって…ん?もしかしてヒツジさんってあだ名?ダイヤがお名前?どっちなんだろ…。
「〜〜!!」
「誰かにしっぽを踏まれた?先生かしら?ん?」
いきなりアルティメットさんがどこかを向き始めた…何を見てるの?
「…!…!」
「ハヤテ!マドカ!寝てなかったの!?」
ゲ…みたいな顔を浮かべる二人。二人はダイヤさんがバタバタしている音でこちらのことが気になってしまったのだろうか。
「…オレはちょっとゲームしてただけだ。」
「あたしは写真の加工をしてただけで…あ、もう少ししたら寝ようとは思ってましたよ。」
小声で答える二人を見ると、ダイヤさんとアルティメットさんが顔を合わせて小さく笑った。
「ねぇマドカ、ワタシにもその写真見せてくれない?」
「まあいいですけど…」
「〜〜〜?」
「ダイヤはハヤテがゲームしている様子ってあんまり見たことがないからそれを見て、いつか同じゲームをもらった時に対戦できるように鍛えたいんだけどいい?って言ってるわ!」
「…少しならいいが。というかあんな少ない動きで本当にそんな長ったらしいこと言ってるのか?」
「ダイヤとアキはライオン風に言うなら以心伝心の仲って感じですからお互いのことをよく分かってるんじゃないんですか?」
「…!…!」
「え?ハヤテがゲームをやってるのを見たいとは言ったけど他は少し違う?そ、それはごめん…。」
なんかいろいろとお話しできてて楽しそう…ってアルティメットさんってアルティメットさんじゃなくてもしかしてアキさんってお名前なの?ということはやっぱりヒツジさんもアルティメットさんもマリアさんのあだ名ということか。確かにマリアさんがひーちゃんって呼んでいる子は多分それが本名ではなさそうだったもんな。
それからダイヤさんはハヤテさんのゲーム画面を一緒に見る。アキさんはマドカさんの写真を見てる。
「………!」
「べつに…ただ暇つぶしでやってるだけだ。」
「〜?」
「これか?これはMPっていって溜まると技が撃てるんだ。押してみるか?」
「…!」
おお。ダイヤさんには悪いことをしてしまったけど、あれがきっかけでこうしてハヤテさんと仲良く楽しんでるからいいのかな?いや、踏んだのは悪いことなんだけどさ…。
「いま投稿する写真の加工をしているですけど、こっちの彩度少しあげたやつとそのままのやつだとどっちがいいですかね?」
「んー…。ちょっと貸してマドカ!」
「え?なにするんですか?」
「じゃーん!大胆にいじってアウトスタンディングでアバンギャルドな感じにしてみたわ!」
「こ、これは…!?ハイライトが高すぎて光ってるみたいです!あと漫画の集中線みたいなのでご飯全体を囲っているからかド派手ですね…。」
「ふふ。このまま投稿してもらっても構わないわ!」
「いや、それはちょっと…」
こちらも楽しそうにお話してて何よりだな
(自分から見て楽しんでいるように思えたとしても本人たちはそうではない場合もあります。自分からの視点がいついかなる時も正しいと信じるのではなく、相手の見ている世界を想像することも大事です)。
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それからお昼寝の時間が終わった後のおやつの時間では、もともとグラついていたのかお煎餅を噛みしめた衝撃でシンタさんの歯が抜けてしまったり、袋の中で細かく割って食べるかそのまま齧りついて食べるかのプチ論争が起きたりと様々なことがあった。そしてその後の帰りの会でも迷い込んだ犬を部屋の前に連れてきてみんなで撫でたりとか園歌を歌ったり、今度みんなで協力して一つの紙芝居を作ってみましょう!と素敵な提案をルミ先生がしてくれたりと本当に…楽しくて濃い時間であった。映し足りないくらいに。
バイバイと手を振ってさよならをして。また明日も会いたいと願うかのように微笑みを交わして。
私はみんなには見えていないし声も届かない。もうみんなに会うことができるかどうかもわからない。だから、ただその姿を目に焼き付けようといなくなってしまうまで見つめ続けた。
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園児たちがいなくなったのと同時に私も帰ってしまうかと思ったが、それは何だか先生方に悪い気がして職員室に行った。しかし何をしていいのか分からず隅っこで今日あったことを思い出す。それに耽っている間に時間が随分経ったらしく、岡田先生が帰り支度を行っていた。彼とほとんど同じ時間にここに入ったのだから、出る時間も同じにしてもいいだろうと、挨拶をして外へ出ようとする彼の後ろへと続く。
彼が車で通勤しているのか電車なのか徒歩なのか自転車なのかバスなのかは分からないが、まあ少し着いて行ってみよう。
「はぁ…今日も反省することばかりだな…」
小さく彼が呟くため驚いた。いやいや、頑張ってらっしゃったじゃないですか!そんなに落ち込まないで。
「やっぱり絵本は子どもたちに読む前に自分で読むべきだったな…」
あ…確かにそれはそうかもしれない。いやでもあんな内容のものとはだれも思わないし、もはやテロというか…。
「あ、そういえば肉団子とミートボールって結局どっちが大きいのかな。マモルなら分かるかな。」
そんなこともあったなぁ。マモルさんがカナタさんとヒナタさんに説明しているところを聞いていたはずなのにすっかりと忘れてしまった。でも後で確認すればいいか。うん、それでいい。
そんなことを考えている間に岡田先生の姿は豆粒大になってしまった。
先生もさようなら、お元気で。その背が完全に見えなくなるまで手を振り続けると、私は戻るべき場所へと帰ることとした。
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全面がガラス張りになっている空間。そこから外を見れば様々な惑星を観測することができる。床は白のタイルのようなものが敷き詰められ、どこまでもそれが広がっている。無機質で静寂に包まれた場所。
そこにグニャりとした円が突如現れた。中から全身が灰色で、頭部が大きく釣り上がった大きな黒目を持つヒトのようなカタチをしたものが出てきた。カラダは小柄でまるで人間の子どものよう。
それは敬礼をするとその空間の中央にある椅子に腰掛けている者に向かって挨拶をした。
「MMM-3、タダイマ偵察カラ戻リマシタ。大佐二地球二1日行ッテミ感ジタコト等ヲゴ報告イタシマス。」
「ゴ苦労。続ケタマエ。」
MMM-3という彼よりも立場が上である大佐は椅子に背を付け、真っ直ぐと彼を捉えていた。
「ワタシハ今日1日アジサイ保育園トイウ場所デ園児タチヤ保育士ヲ観察シマシタ。彼ラハ皆トテモ元気デ自分ノヤリタイコトヲヤリ、皆協力シアッテ生キテイマシタ。足リナイトコロは誰カガ補ウヨウニシタリ、思イヤリノ心ヲ持ッテ接シタリ、マタ場ヲ掻キ乱スヨウナ者モイマシタガ、輪ノ中デ受ケ入レラレテイマシタ。以上デス。」
「ナルホド。地球ノ子ドモタチハ豊カナ心ヲ持ってイルノダナ。」
「ハイ!皆本当二オ優シクッテ…!アッ、シカシコレハワタシカラ見テソウ感ジタダケデ全テノ方ガソウ感ジルトハ限ラナ…」
「マタソレカ!周リノ奴ラノ目バカリ気二シテ自分ノ意見ナノニ自信ヲ持ッテ言ウコトモデキナイナンテダメジャナイカ!イヤ…コレハオ前ダケデナクコノホシノ者ノホトンド二言エルコトカ…。」
どこか呆れたように大佐が呟く。そしてため息をつく彼にMMM-3はどう返して分からず、体を縮こませるしかなかった。
「イヤイヤ!先輩ガ仰ッタヨウニオレモ地球ノ子ドモタチハ優シイ子ダト思イマスヨ!オレ二ゴ飯ヲクレタシ!」
MMM-3が現れた時のように歪んだ円が現れると、中から困り眉のある体格のいい白い犬が出てきた。
「ソ、ソノ声ハMMM-21!?1週間モ連絡ガ取レナイト思ッタラ、マサカ透明化モセズ二地球ノ『犬』トイウ生キ物二変身シテ調査ヲシテイタノカ!?」
「ソウデス!オバアサン二拾ワレテ暮ラシテイタノデスガ、流石二仕事ヲシナイトイケナイ彷徨ッテイタ時二先輩ガアノ保育園二イテビックリシマシタ!」
ニコニコと屈託なく話すMMM-21を見て、今度はMMM-3がため息をつく。
「オマエハ犬ノ擬態ガ下手スギル!犬ハケンケンパヲシナイシ、ゴ飯ヲ食ベル時ハ『ウマウマウマ』ナンテ言ワナインダ!子ドモダッタカラヨカッタモノノ、大人ダッタ怪シンデ保健所トカニ通報サレル可能性モアルンダゾ!今度マタ犬ニナル時ハ生態ヲキチント調ベ…」
「ゴホン。」
大佐の咳払いに2人とも背筋を伸ばし、直立姿勢をとった。
「地球トイウホシハワタシタチノホシト違ッテ、緑ト青ニ溢レタ素晴ラシイホシダ。…ワタシタチノホシモカツテハソウデアッタガ、モウソレハ失ワレテシマッタ。ソレは自分ト違ウ種族ヲ、自分ト違ウ部分ガアルコトヲ認メヨウトモシナケレバ歩ミ寄ロウトモオ互イシナカッタカラダ。違イガアルダケデ敵トシテ認識シ、オ互イガオ互イヲ滅ボソウトシタカラ、自然モ多クノ命モ失ワレタノダ。」
大佐が目をやる先には巨大モニターに映された写真には、かつてあった陽の光に照らされて輝く美しい森林やどこまでも広がる青く澄み切った空、そしてもう存在しない種族や生物の姿があった。今は食料となる植物も自然の力だけでは育たないためそれに従事する者によって管理されてできている。それだけではなく様々なものが人工物によって管理されている。もうこの星の上にある巨大な宇宙船の外へと出て、星でそのまま生活することはできないほどに過酷な場所になったのだ。
「…大佐、ワタシモMMM-21モコノ宇宙船デ生マレ育ッタタメ、昔ノコトハ分カリマセン。デスガ、争ウコトガ間違イダッタコトハ分カリマス。他者ヲ理解シヨウトシナカッタコトモ。」
一体何が言いたいのか。大佐とMMM-21は話す彼のことを見つめた。
「昔ノコトハ変エラレマセン。シカシ、今カラ変エテイクコトハデキルハズデス。今日観察シタ子ドモタチノヨウニ豊カナ心ヲ持ッテ、自分ノ考エナドヲ時ニ恐レルコトナク伝エ、他者ト違ウコトハ当タリ前デソレモソレデイイト思ッテ関ワルコトガデキルヨウナ、ソンナ心ヲ持ツコトガ争イヲ二度ト生マナイコトニ役立ツハズナノデス。」
言い終わると2人は黙って彼のことを見ていた。
「ア、エットコレハワタシノ個人的ナケンカ…」
急に自信がなくなりいつものようにあくまでもこれは自分の考えであると言いそうになったが、何とか堪えた。しかし2人から何を言われるのか分からず、ただタイルを見つめることしかできなかった。
「…先輩!イツモミタイ二コレハ自分ノ考エダカラ気ニシナイデミタイナコトヲ言ワナイナンテ偉イデスネ!」
え?と彼が顔を上げるとMMM-21が笑顔で拍手をしていた。先輩という上の立場の者に対し、偉いというのはどうかと思ったものの、アリガトウと返した。
「ウム。確カニソウダ。コレハ成長カモシレナイナ。ソレナラオマエヲ成長サセタ、園児タチノ話ヲ是非トモ聞カセテ欲シイ。ソレガモシカシタラコノホシノ者タチノ豊カナ心ヲツクルコト二役立ツノカモシレナイカラナ。」
「アリガトウゴザイマス!実ハコノカメラデ園児タチノ様子ヲ撮影シテイタノデ、ソレヲオ見セイタシマスヨ!」
「ナント!デカシタゾ!ソレナラソレヲ編集シテマトメテ国民ノ道徳教材二シヨウ!」
こうしてあじほの1日はこの星の誰もが観たことのある映像となった。それによって国民は相互理解が進み、勇気を出して自分の考えを伝えられるようになって、豊かな心を持つことができるようになったとか。ならなかったとか。いや、なったらしい。あと争いが起きることはもう二度となかったらしい。