【新快/小話】出オチ俺は、高校生探偵・工藤新一。
幼馴染で同級生の毛利蘭と遊園地に遊びに行って、黒づくめの男の怪しげな取引現場を目撃した。
取引を見るのに夢中になっていた俺は、背後から近づいてきたもう1人の仲間に気付かなかった。
俺はその男に毒薬を飲まされ、目が覚めたら…
鳩になってしまっていた。
「くるっくー!(いや、何でだよ!)」
バサバサと虚しく羽音が響いた。
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改めて水溜まりに映った姿をまじまじと眺める。
どこからどう見ても鳩だ。
一般にその辺を歩いているキジバトやドバトではなさそうであるが、残念ながら濁った水では細かい部分まで分からない。
冒頭ノリノリで自己紹介してしまったが、今回は遊園地に行った訳でも、怪しげな取引を目撃した訳でもなく。
単に、件の怪盗の現場帰りだった筈だ。
コナンの時はそうでもなかったが、元々一課に呼ばれる事が多かった俺は、どうやら二課の面々からあまり良く思われていないらしい。
暗号も絡まなかった為、敢えて現地には赴かず、割り出した逃走経路で張り込むことにした。
結局捕まえる事は叶わず、ビッグジュエル回収を請け負って終わったが、はて肝心の宝石はどうしただろうか。
確か中森警部に渡そうとポケットに入れ、非常階段を降りている途中で頭痛がし始めー…
俺の思考を掻き消すかの様に、ざぁと風が吹き、水面にいくつも波紋が出来る。
(そう言えば、アイツもこんな鳩連れてたっけ…)
再び静かになった水鏡には、此方をじーっと見つめる少し小さめの白鳩が映っていた。
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俺は今この時程、博士作のスケボーが欲しいと思ったことは無い。
事の発端は、一先ず自宅方向へと歩き出した俺の前に現れた、1匹の猫。
この辺りを縄張りとしているその野良猫は、恰幅の良さと人間に対して物怖じしない姿から『ボス』と慕われており、探偵団の奴らも見かける度に声を掛けていた気がする。
見知った存在ではあったが、鳩目線だとここまで威圧感があるとは。
適当にやり過ごそうと歩を進めたが、何故かボスは頭を低く腰を高く上げる、所謂ハンティングポーズを取り始めた。
左右に揺れる体に合わせ、腰の奥でゆらゆらと尻尾が動いている。
(まさか、獲物だと思われてるのか!?)
じりじり距離を詰めるボスに、俺も1歩また1歩と後退る。
そして、ボスの足が水溜まりを過ぎた事を皮切りに、怒涛のチェイスが始まったのだ。
(落ち着け。向こうは四つ足、普通に走っても何れ追いつかれる。窮地を脱するには飛べば…いや飛び方……)
気付いたらこの姿だった為、飛び方なんて分かる筈もない。
本能で覚えていてくれたら、と腕?羽を必死に動かしてみるも、広げた羽が空気抵抗を受け、速度がガクンと落ちた。
(あぁ、今回ばかりは駄目かもしれない)
背後に迫り来る足音にいよいよ覚悟をしたその瞬間、
「コラ!めっ!……お前、大丈夫か?」
ふわりと体が持ち上がった。
「!?」
飛行船から放り投げられた時を思い出し、じたばた身じろぐが、声の主は鳥の扱いになれているのか、両手で翼上から固定する持ち方に、今回は落とされる心配は無さそうだと判断した。
遠くに逃げて行く錆猫が見え、助かったと息を吐く。
鳥の視野は広く、おかげで首を回さなくても背後の相手の姿が確認出来た。
黒いパーカーに、キャップ。
はみ出た髪の毛がふわふわ跳ねている。
月光を背にした姿が、一瞬誰かを彷彿とさせた気がしたが、
「野生のアルビノ種?いや、やっぱりギンバトで間違いなさそうだし。こんなに小さいのに、どうして外に…。近くの子だよな、多分」
「くるる…」
「とりあえず、今日の所はウチにおいで。明日、飼い主を探してやるからな」
にっと歯を見せる笑顔に、直ぐに霧散していった。
なんとなく、太陽のようなヤツだな、と感じた。
■
俺を助けてくれたのは、男子学生だった。
室内に掛けられた学ラン、通学圏内を考えると江古田生の可能性が高い。
幼さの残る顔立ちは、1年生だろうか。
二階建の戸建てに、両親の姿はなく一人暮らし。
自室に飾られた特大パネルにはド肝を抜かれたが、それ以外はさして変わった所はない。
(黒羽盗一…前に母さんが言ってた7人のナイトの内の1人だっけか。確か、何年か前にショーの事故で……)
表札の『黒羽』から察するに、俺を助けてくれた少年は彼の息子なのだろう。
俺を抱えていた細い手指、整頓され手入れが行き届いた手品道具の数々、少年自身もマジシャンで間違いない筈だ。
埃ひとつ無いパネルからは、幼くして亡くした父親への敬愛を感じさせる。
(ん?あのパネル…よく見ると横に変な溝が)
タオルケットの敷かれた籠を抜け出し、ベッドを踏み台に、ちょこちょこと壁に近寄った所で、室内に戻ってきた少年に再び持ち上げられてしまった。
「危ないからウロチョロしちゃ駄目だろ」
「くる…」
「1匹にしてごめんな?ご飯と水持って来たけど、食べれるかな」
「……………くるる」
ふ、と昼食以降何も摂っていない事を思い出す。
銀のトレーの中には小麦や麻の実、ナタネ等の粒が入っていた。
専用配合飼料があるということは、自宅で手品用の鳩を飼っているのかもしれない。
とりあえず昆虫等が出てこなくて良かった、と手近な乾燥トウモロコシをつついてみる。
「一晩だけとは言え、名前がないと不便だよな」
「くるる」
「ハトすけ!」
「っぽーーーーー!!!」
(何だその壊滅的なネーミングセンスは!)
咥え上げたエゴマを盛大に吐き出した。
自身のソレを棚に上げ、少年に憤る。
「え?気に入らないのか。んじゃハト次郎?ハト吉とか?」
「っぽーーーーーーーー!!!!!!!!」
「これも駄目か。うーん…」
このままでは埒が明かないと、食事もそこそに再び室内を見渡す。
学習机に昨日の新聞が広げられている事に気付き、少年の服を嘴で引っ張る。
「ぽっ、ぽっ」
「え?あぁ、新聞?読み終わったらお前の巣材にしてやるからな」
「くるっぽー」
「??そんなに気になるのか?まぁ、目ぼしい展示会はなかったからいっかぁ…」
立ち上がり新聞を手に戻った少年は、一面の記事を見てぽつりと呟いた。
「工藤新一、またまた事件を解決ねぇ」
「くるっぽー!」
「うぇ!?まさかその名前がいい、とか言わないよな…?」
「くるるるる」
「いや、流石にその名前は…」
「くるるるる…?」
「えぇ…」
すっかり困り果てた様子の少年に、こてんと首を傾げ駄目押しをする。
「…………めーたんてー」
「!!」
「名探偵、ならいいよ」
「くるっ、くるっ」
「ふは、擽ってぇって。名前気に入ったみたいで良かった。それにしても、まるで俺の言葉が分かるみたいだな、名探偵は」
かくして、此処『黒羽』家で、俺の本当の姿を取り戻す為の居候生活その2が始まるのだった。