「マスター、ただいま戻りました。」
赤いドレスを纏ったオートマタが、PCに向かって唸るヒトに声をかける。
人間は数秒の間の後に顔を上げ、「私はマスターじゃないんだけどな」と苦笑した。
「初めての余所行きだったろ?どうだったかい。」
ヒトはPCで作業を再開しながらオートマタに聞いた。
「新たなマスターは見つかりませんでした。」
規則的なテンポ感で返答をするオートマタに、楽しかったかどうかの反応を問いたかったヒトは仕方がないかと肩を少しすくめてみせた。
「マスター、少しお伺いしたい事があります。」
幼い外見のオートマタは、直立無表情でヒトに問うた。
「ウェルは前マスターの盟約にて他者の危機を看過することを許されませんが、その他者が自らの意思でその危険を背負う場合、それがその者にとって必要であると判断された時ウェルはどうすれば良いのでしょうか」
ヒトはそれを一回聞いただけでは理解できなかったようで、「一体何があったの」と聞く。
「本日同船した方の中に、薬剤の用途外使用を行っている発言をしている方が居りました。その方の様子から推測しますと、長期間にわたり継続的に自らの手で注射を行っているようです。副作用もかなり強く出ており、視覚・嗅覚・触覚・動作・精神状態において甚大な支障が見られました。
しかし、過去に起きた何らかのトラブルにおいて、その記憶を混濁させるために薬剤の服用を行っていると思われます。精神的な観点において、その者を守る為の行為であるという推論を持っています。
この場合、ウェルはその者が再度薬物に手を出そうとした際にどのように動けばよいのでしょうか。」
オートマタの事情説明を一通り聞き終えたヒトは、暫くの熟考の後、口を開く。
「ウェル。君は止めるべきだと思うよ。
たしか君の盟約は、あくまで対象の身体へ及ぶ危機に関して看過してはいけないというものに過ぎないはず。薬の服用の有無によって変わるリスクの絶対数の比較は、オートマタの方が得意でしょ?」
「そして同時に、止めない選択肢をとるのは僕ら人間だけで十分だ。
人間同士が相互に理解しあえないことは確かだけど、少なくとも寄り添うということに関してはオートマタより人間の方が得意だからね。」
オートマタ[Welwit*]は、仮マスターを名乗るヒトの話を目を閉じて聞いた。
これがウェルウィット特有の集中した姿であるらしい。
己のすべきことを記録した後、ウェルウィットは不安そうにヒトに言った。
「しかしそれでは、マスターとウェルとの指示に齟齬が生まれてしまいます。」
「それが、人間とオートマタの違いってやつじゃない?」
ヒトはそう言うと、近くに置いてあるベッドに転がった。
「…ごめんね。初めての余所行きだってゆーのに、そんなところに放り込んでしまって。ところで、その問題児ってのは?」
ベッドの上で伸びをしながら、ヒトはオートマタに訊いた。
「プロファイルを参照します……。名前はキャメレラヴァリット様。色は…」
「…は?ちょっと待った。今、キャメレラヴァリット…って言った?」
ヒトは名を聞いてだらしない恰好で硬直した。
「はい。珊瑚色の女性で、ピンクのヘッドホンと金のアクセサリーを…」
「ああ、やばい、キャメレ様のことを問題児とか言ってしまった、これは土下座して謝らねば…いや、それだけじゃ絶対足りないな…あとは…」
唐突に取り乱したヒトを見て、オートマタはまた口をつぐんでしまった。
このヒトがこうなると暫くは落ち着かないことを、オートマタは知っている。