不器用な男の話「オヤジ!ビールくれ!」
「ねーちゃん、オーダー頼む」
ここはとある街の酒場。
ハンターギルドと併設されているこの憩いの場は今日も元気なハンター達の声であふれていた。
オヤジと呼ばれ親しまれている酒場のマスターはそんな店内を眺めつつ、逞しい腕でハンター達にビールを注ぐ。彼はこの騒がしくも元気なハンター達の姿を見るのが好きだった。
その中で黒髪の男がひとり、静かにビールを飲んでいる姿が目に入る。眼光鋭く歴戦の風格が漂うその男、しかし油断していると見逃しそうな雰囲気なのは、自然に溶け込む術に長けているハンターの“さが”か。
オヤジは自分用のビールを注ぐと、それを持ってその男の卓へと向かった。
「よお、ディノ!久しぶりだな!やっと遠征から帰ってきたのか?」
向かいの椅子にどっかと座り、黒髪の男に声を掛ける。
一瞬呆気に取られたように眼を開いたディノと呼ばれた男は、その後柔らかい笑みを浮かべながら答えた。
「ああ、久しぶりだなマスター。ようやく任務が終わって帰ってきた」
「そうか、今回は長かったな、1年か?」
「それくらい経つか。調査任務にしては短い方さ」
お互い挨拶を交わし、互いのジョッキをうち合う。
それが酒場のオヤジとその常連のハンターとの恒例の労いの儀式だった。
「今回はどんな事があったか訊きてえところだが…最近のお前さんの仕事は特務続きで秘密ばっかりだからなあ。どうせ今回もそうなんだろ?」
他のハンターの活躍譚を聞くことが趣味のオヤジは少し拗ねたようにビールを煽る。
「すまないな、今回も内容は開示できない」
そんなオヤジを見て苦笑しながらディノもそれに続く。
「いや、わかってる、俺だって昔はハンターだったんだ、こういうのは信用第一だ。
まあしばらくはゆっくりできるんだろ?また彼女と一緒にメシでも食いにこいよ…まあそっちの話してくれるなら聞かんでもねえぞ?」
そしてニヤリと笑い、ディノに迫るようにテーブルに少し身を乗り出して目の前の男のプライベートな物語を期待するが─
当のディノは肩をすくめるだけで何も言わないのだった。
そんなディノの様子を見てオヤジはテーブルに突っ伏し、悲痛な声を上げる。
「はー!またフラれたのか?あんなにお前さんにベタ惚れだったじゃねーか!」
「1人であなたの無事を祈りながら待つ日々に疲れました、だそうだ。」
半年前の日付の書き置きがあったと、振られた本人は至って冷静に頼んだ肉を食べながらそう答える。
「こんな仕事だしな、その気持ちもわかるから仕方ない」
「そうはいうがそれも承知での付き合いだろうがよ…」
淡々とそう報告してくるこの男、前は義務感で付き合うなだったか?そしてその前は真面目すぎてつまらんだったか…言い寄られて応えても毎度向こうの都合で勝手にフラれている。
「あんたがモテるのはわかるけどよ、理解してもらえねえんなら宝の持ち腐れだぜ?良い加減おせっかいかも知れんがオレも心配になってきた、何でもかんでも受け入れるなんて人が良すぎるぞ」
客の事情に首を突っ込みすぎるのも考えものだが、そこはオヤジとディノの長い付き合いが許す事だ。
「まあ、困る事もないし独り身を貫いても良いかなとは思っているさ」
最後の苦笑いに自虐と一抹の寂しさを感じたのはオレの考えすぎだろうか、と心の底が見えない男を目の前にしてオヤジはふと思うのだった。
「そうだ、折角だからマスターが貰ってくれ。土産だ」
そんなオヤジの気持ちを知ってか知らずか、ディノはのんきに思い出したと言わんばかりに小さな包みを懐から出した。
「んこれは…石か…」
包みを開けると、中にはオヤジのふしくれだった太い指には似合わない繊細な細工がされた綺麗な石が入っていた。
周りは骨状の白くて硬い組織に覆われ、その部分に流麗な飾り彫りが施されいる。その中心は光のあたる角度によって水面のように輝き、数え切れない程の鮮やかな色をたたえていた。
「こりゃあまた、見事な玉滴石じゃねーか…」
「現地で掘れたんだ。持ち出し許可も得ている物だから問題ない。私が持っていても仕方が無いからな、おかみさんにでも─」
「はあー!!勿体ねぇ!」
ディノの言葉を最後まで聞かずにオヤジはビールの残りを怒りにも似た感情に任せて飲み干す。
「まあ加工費もかかるから、勿体なかったか?」
そう自嘲気味に言う男にオヤジは呆れたような顔で言った。
「ちげえよ、バカ!」
この男は彼なりに筋を通して相手を大切にしようとしていたことはこの土産と称された貴重な化石が物語っていた。この男のひととなり全てを知る前に手放すなんて、本当に勿体ねぇ─身内贔屓もあるかも知れないが、男のオレでもそう思う、とオヤジは内心思うのだった。
「はー、しゃーねえな!かわいそうなお前さんを慰める為に今日はオレの奢りだ!好きなだけ飲み食いしろ!!」
「毎度恒例になってきて悪いな、でもありがたくいただくよ」
給仕が追加で持ってきたビールを掲げてディノが笑う。
「まったく、いい男に乾杯!」
木のジョッキが打ち合う音が酒場の賑わいに混じる。
─この不器用な男に祝福を。
お前さんにも、いつか同じ価値観でもって肩を並べてくれる奴が現れるはずさ。
こうして、街の酒場の夜は更けていくのであった。