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    このお話はTwitter(現X)にアップしていた短編シリーズ「グリノー卿とその嫁」のヒカセン視点のお話です。CPはグリノー卿×婚約者夢主(名前有)です。
    https://x.com/stern_journey/status/180262162160328744
    上記リンクよりシリーズをご一読いただけるとよりお楽しみいただけると思います。
    蒼天3.0までのネタバレおよびNPCの過去の捏造を含みます。

    ##FF14

    Bye Bye, My Dearest.1 遺されたもの2 流砂は覚えている3 迷える星4 Bye Bye, My Dearest.5 明日へ1 遺されたもの
     かしゃん。
     三闘神の調査のため再び訪れた、遥か天上に座す古代の地。何か硬いものの滑る音が響く。
     音の鳴った方、つま先が弾いたものへと視線を向けると、そこにはきらりと光る白銀の指輪が寂しげに転がっていた。
     ただ一つだけここに残された、主を亡くした小さな小さな遺品を拾う。
     ぐるりと一周するように彫られた白百合と塔がひと際目を惹いた。
    「……誰のだろう、これ」
     そっと手袋越しに触れ、名前でも刻まれていないかと、輪の中を覗き込んだが錆一つない白銀がそこにあるのみ。汚れひとつも無いというのに、しかし微かに血の匂いがした。
     不意に脳裏を過ぎるのはあの日刃を交えそして手にかけた、蛮神と化した教皇を守る十二人の騎士の一人。
     ――「俺を連れて帰れ」と、手のひらの上で指輪が囁く。
    「……まさかね」
     無意識とはいえ蹴飛ばしてしまったことを心の中で小さく侘びながら、シルクの端切れに大切に包んだ。
     いったい誰の遺品だというのか。彼らにも待つ者がいたというのか。
     言いようのない思いを抱えたまま、皇都への帰路に就いた。



     戻って早々、神殿騎士団本部に用事があり立ち寄ったついでに、アイメリクへ件の指輪の持ち主について尋ねてみることにした。
    「教皇と戦った場所にこれが落ちてた。多分、蒼天騎士団の誰かのじゃないかなって」
     執務机の上にそっとシルクの端切れを敷き、白銀の指輪を中央に置く。
     じっと指輪を見下ろして、触れていいかと確認してくるアイメリクに頷くと、質の良い革に包まれた指がそっと指輪を摘まみ上げた。
    「……刻印は無し、か。見事な細工の指輪だな。この国ではあまり見ないデザインじゃないか?」
    「だよね。デザインからして結婚指輪だと思うんだけど、あの十二人の中に妻帯者っていたっけ?」
     彼の感想に同意しつつ、質問を投げてみる。遺族がいるならば遺品を返してあげたいと思うのが人情だ。
     アイメリクはまるで考え込むように口元に手を当てるが、しかしきっぱりと言い切った。
    「いや、蒼天騎士に選ばれた者は、任期中独身でなければならない決まりだよ」
     選任されるのも非妻帯者からだ。
     アイメリクはそう言うと、居住まいを正して微かに湯気の立つティーカップにそっと口を付けた。
    「彫られた塔の意匠から恐らく持ち主は彼だろうが……これの対になる指輪を持つ者がどこにいるかまでは……すまない」
     いま現在、教皇猊下代理としてイシュガルドを治めているアイメリクでも知らない人間を探すとなると、途端に難易度が跳ね上がる。
     痕跡を辿りやすい既婚者の線が無くなった以上、内縁関係の誰かを探すには足を使うしかない。これは三国行脚も覚悟しなければと、ひっそりと腹を括る。
    「うーん……ますます分かんなくなってきたな。ちょっと知り合いをあたってみるよ」
     指輪を片付けながら伝えると、アイメリクは少しだけ怪訝な顔をした。
    「すまない。一つ、聞いても?」
    「ん?」
    「君はなぜ、そこまでして……この指輪の持ち主を探そうと思うんだ?」
     シルクの端切れに包み直す手が、止まった。アイメリクの疑問はもっともだと思ったからだ。

     ――この指輪が帰りたがってるって言ってた、なんて言ってもこの人は信じてくれるんだろうなあ。

     ふふふ、と一人でおかしく思っていれば、目の前の端正な顔に刻まれた皺が深くなる。
    「……まじめな話をするとね」
     素直で単純な話しだ。もしもこの指輪の持ち主があの十二人のうちの誰かならば、遺された彼らの家族に届けなければいけないと思った。
     もう一つの思いの代弁者として、彼らを屠った者の責任だと思ったから。
    「責任感? みたいな……たとえ敵だった人でも、その大切な人まで傷つけたくないなぁって……」
     なんて、殺した側が言うセリフじゃないね。
     おどけて見せると、一転してアイメリクは暖かく微笑んでいる。
    「……なーに笑ってんのさ」
    「いや、君らしい答えだと思ったまでだよ。……しかし当てはあるのか? 指輪から人探しなど、中々骨が折れると思うが……」
    「あれ、言ってなかったっけ?」
     呆けるアイメリクの方を振り向きながら、私はリンクパールを起動する。
    「こう見えて私、ウルダハで修業した彫金師なんだ」
    2 流砂は覚えている
     砂都ウルダハが誇る宝飾店エシュテムの応接室。
     以前仕事を共にしたマルセルと、彫金師ギルドの長であるセレンディピティーに、精緻な細工の机を挟んで向かい合う。
    「いや~すみません! 急なお願いだったのに……」
    「いえいえ、超一流の彫金師であるあなた様だからこそですよ。しかし、仕事を依頼しようと思っていれば、まさかそちらから依頼されるとは……ふふ、なんだか不思議な感覚ですね」
    「えへへ、あなたから頼ってきてくれて嬉しいです!」
     二人が突然の訪問を快く受け入れてくれたことに安堵しながら、いそいそと指輪を取り出した。
    「それで、我々へのご依頼とは?」
     頭上から降ってきた質問に顔を上げる。何かしらの情報が掴めれば御の字、駄目なら今度こそ足を使って探せばいい。
    「訳あって、この指輪の持ち主を探していて。イシュガルドの騎士が持ち主かも、ってところまでは分かってるんですけど……」
     言い終わる前に白い手袋をはめてルーペをかざすマルセルは、やはり一流宝飾店の人間だ。
    「ほう、素晴らしい装飾ですね……。彫られているのは塔と百合と……星? この特徴的な細工は……彫金師ギルドで作られたものでは?」
    「ええ、恐らく。うーん、なんだか見覚えがあるんですけど……」
     その隣でまじまじと指輪を見つめるセレンディピティーが、心当たりがあると口にする。
    「……材質はミスライトとプラチナの混合……なるほど、石はアメジストで……ふむふむ……あれ? これ、もしかして……マルセルさん、お手伝い願えますか?」
     少し待っててください。そう言うやいなやセレンディピティーとマルセルは店舗の方へと消えていく。
     しばらく待つと、二人は数冊の分厚い帳簿を両腕に重ねて乗せて戻ってきた。
    「えーっと……イシュガルドの、騎士の方ですよね。名前は確か……」
     分厚い帳簿をマルセルとセレンディピティーがばらばらと捲っていく。
     あった! セレンディピティーの弾む声が響く。
    「——グリノー・ド・ゼーメル」
     やはり、か。彫られた塔の意匠から薄々勘づいていたが、まさかここで指輪を注文していたとは。
    「……グリノー卿」
    「お知り合いですか?」
    「彼とは……イシュガルドで色々あって。そう、彼の指輪でしたか……」
    「あなたの見立てとは少しズレますが、婚約指輪のオーダーでした。であればもう一つ、同じものがこの世に存在することになりましょう」
     マルセルの説明にふむふむと頷く。イシュガルドが完全に鎖国する前、ウルダハまでイシュガルドの貴族が宝石やドレスを買い付けにくることが、少なからずあったらしい。
    「婚約……」
     鎖国前となると五年以上前の話になる。なぜ彼が籍を入れられていないのかは、蒼天騎士に任命されたことが理由だろう。しかしそれはつい最近のことのはずだ。
    「オーダーの記録によれば、戦うことが多いとのことで。高濃度のエーテル被曝でも変形・消失しない金属での作成を依頼されていますね。私は担当じゃなかったんですけど、保管されることが多い婚約指輪としては特殊な注文だったので、よく覚えています……亡くなられたんですね……」
     セレンディピティーの説明を聞きながら、指輪に込められた想いに胸を打たれる。
     ――さて、彼は一体誰に、もう片方の指輪を贈ったのか。
    「そういえば」
     マルセルがはたと思い当たったように声を漏らした。
    「いえ、あなたが来られる前にイシュガルド系のエレゼンの方々から宝石を買い取っていましてね。どれも質が良いもので……身なりから察するに、どこかの貴族家の使用人かと」
     もしかしたら関係ないかも知れませんが。
     取り繕う彼に慌てて食らいつく。
    「いやいや! 助かります、今その人がどこに居るかわかりますか?」
    「確か、連れの女性と共にクイックサンドに向かわれたはずですよ」



     急いでクイックサンドへ向かうと、マルセルが言ったとおり、イシュガルド系エレゼンの男女が隅の席に座っていた。
    「すみません、少しだけお時間よろしいですか?」
     何やら話し込んでいるようだったが、恐る恐る声をかけてみる。
    「……あなた様は……」
    「イシュガルドから宝石の買取を依頼しに来ているって聞きまして。この指輪の持ち主を探しているんですけど」
     単刀直入に指輪を見せてみると、男性の方が驚きの声を上げた。
    「こ、この指輪は 一体、どこで……」
    「少し、遠いところで。……ご存知なんですか?」
     尋ねてみれば、それまで黙っていた女性が沈痛な面持ちで答えた。
    「勿論でございます。我らの主こそがこの指輪の持ち主ですから……」
     彼女が一つ咳ばらいをすると、弾かれたように男性がすくりと立ち上がった。
    「申し遅れました、私はウィルマ……そしてこちらはアメリ。グリノー・ド・ゼーメルの屋敷にて、家令と侍女頭を務めております」
     どうやら二人ともグリノー卿の家族に近しい人物であるという。
     これはすぐに元の持ち主へ指輪を返せそうだと思った矢先、アメリと呼ばれた女性が言葉を続けた。
    「あなた様に指輪を拾っていただいたのも、きっと神の思し召し」
     雲行きが怪しくなってきた。予定では指輪を渡して終わりにするはずだったのだが、さらにウィルマが言葉を重ねてくる。
    「無礼を承知でお願い申し上げます。どうか、我らが敬愛する若奥様――ハルア・ステラティア様にご協力いただけないでしょうか」
    3 迷える星
    「若奥様、ただいま戻りました」
    「あら~お帰りなさい、首尾は上々……って、お客様……?」
     イシュガルド上層にある凝った造りの屋敷は、ゼーメル家特有のものだという。
     ゆったりとした足取りで現れたのはぽやぽやとした雰囲気の令嬢――ハルア・ステラティアその人だった。大きく膨らんだ腹を庇うように歩いていて、見ていて庇護欲をそそられると不躾ながら思ってしまう。
    「私、グリノー・ド・ゼーメルの婚約者の、ハルアと申します。その節はとんだご迷惑をおかけしましたのに、この度は……なんとお礼を申し上げればいいのか……」
     通された応接間でウルダハでの一件を聞き、申し訳なさそうに彼女は頭を下げた。決闘裁判でのことまで詫びられるとは思っておらず、慌てて彼女の顔を上げさせる。
    「そんな、どうかお気になさらないでください。私はただ拾っただけで……」
    「嫌な言い方になりますが、くすねることもできたはずです。でもあなたは、そうはしなかった。イシュガルドとウルダハを往復してまで、届けようとしてくださったじゃないですか」
     彼女の左手の薬指には、やはり同じ指輪で飾られていた。
    「きっとあの人も恩を感じているはずです。……きっと……」
     祈る様に両手を組んだ彼女は静かに頷くと、組んでいた手をほどき、湿っぽくなった空気を払うように両手を叩いた。
    「……さて! これで一番の心残りが解決したから、ようやくここを発てるわねぇ」
    「イシュガルドを出られるんですか……?」
     尋ねれば、ハルアの後ろに控えていたウィルマが代わりに答えた。
    「……この度あなた様に依頼したい内容とは、このことでございます」
     若奥様のイシュガルドからの亡命を、お手伝いいただきたい。
     イシュガルドまでの道のりで依頼された内容を反芻した。無謀だと言いそうになるがぐっと堪えると、彼女は家令をたしなめるように呼びかける。
    「ウィルマ!」
    「若奥様、やはり供も無しに身重の女性の一人旅など看過できませぬ」
    「ねえアメリ、そうは言っても……急にお願いするなんて」
    「いえ若奥様、これも星神ニメーヤの思し召しかと。幸い、本家に動きは気取られておりませぬ」
     もしかしたらこの家のパワーバランスは使用人の方が強いのかもしれない。
     そんな似つかわしくないことを思いながら、確認のため依頼内容を復唱する。
    「……依頼内容は護衛ですね。ちなみにどこまで……?」
    「――リムサ・ロミンサです」
     またかなり遠くまで、と言いかけた口を噤み、別の言葉を考える。
    「どうして……いや、遠いからこそ成立するのか……。頼る宛ては、あるんですか?」
     尋ねると、観念したようにハルアは神妙に頷いた。
    「……調査が正しければ、私の遠縁のお兄様がそこにいるはずです。デュランデル家の当主になるはずだった、カルヴァランお兄様が……」
     デュランデル家と言えば、ガングリオル占星院のジャンヌキナルが思い浮かぶ。
     どうやら彼女の実家はデュランデル家の末端にあたるらしい。ゆえに失踪した嫡男の行方を交渉のカードとして、頼りたいのだと。
    「どうしてそこまでして……その、お腹に赤ちゃんがいるのに……」
     尋常ならざる覚悟にいささか気圧されながら、尋ねてみた。
     けれどもきっと、彼女の答えは決まっていて。
    「この子がいるからですよ」
    「……ですよね」
    「うふふ。私一人なら、さっさと彼の後を追いましたが……でも、あの人の忘形見を殺すことはできなかった」
     彼女の白い手が、そっと膨らんだ腹を撫でた。
    「このままイシュガルドに残っても、グリノー・ド・ゼーメルの子であるというだけで、この子の人生には困難が付き纏うでしょう。最悪、ゼーメル本家にこの子を奪われてしまうかもしれない」
     本家のことはともかく、今のイシュガルドはとても不安定だ。確かに、教皇の嘘に加担していた蒼天騎士の妻子と知れれば危害が及ぶ可能性は十分にあった。
    「新しいイシュガルドに私たちは不要です。せめて何のしがらみも無い場所で……この子には、自由に生きてほしい」
     自由に生きるための力を掴めるように、育てたいのです。
     彼女の言うことはある意味で一理あるのだろう。だが、しかし――。

    「――それにあの人、婚約破棄するつもりだったみたいだから」
     
    「……え?」
     唐突に投げ込まれた事実に思考が途切れ、思わず間抜けな声を出してしまう。
    「蒼天騎士に任命されてから不安定になられた旦那様は……若奥様を傷つけてしまう自責の念から、これを」
     ウィルマによってテーブルに広げられた書状には、確かにグリノー卿の名で、ハルアとの婚約を破棄する旨が書かれていた。記された日付は私たちが教皇庁に突入する前日のもの。
     自分たちの戦いの裏で密かに誰かの日常が壊れていったのだと、ちくりと胸が痛んだ。
    「……みくびられたものよねぇ」
     書状を見下ろすハルアが、怒りの滲む声で静かに呟いた。
     それは悲しみに暮れる未亡人ではなく、四大名家・ゼーメル家に連なる一門の夫人を務めてきた強かな女の顔をしていた。
    「追加の依頼です。どうせ長旅なんですから、私をどうか――」
     きっと自分にはもう、頷く以外選択肢が遺されていないのだろう。
    「あの人が死んだ場所まで、私を連れて行ってください」
    「――わかりました」
     目指すはアジス・ラー旗艦島だ。
    4 Bye Bye, My Dearest.
    「ここで、あの人は逝ったのですね……」
    「……ええ」
     ――魔科学研究所、最深部。
     ハルアの言葉に頷きながら、周囲を見渡す。辺りにモンスターや帝国軍の気配はなく、自然と溜息が零れた。
     彼女は膨らんだ腹を庇いながら今や何も残らぬ地面に膝をつくと、数本束ねられたニメーヤリリーをそっと手向けた。
    「どうして、この指輪だけが残ったのか……私には分からない……でも、もしもあの人が、こんな事態を予見していたのなら……」
     祈りの所作と共に、手向けの花が風に揺れる。
     たった独り遺された彼女の声は震えていた。
    「……グリノー! 我が夫、グリノー・ド・ゼーメル!」
     その呼びかけに答える者は、とうに亡く。
    「私は……! 私は、あなたとっ……生きたかった……!」
     その請願が受け入れられる未来は、この手で閉ざしてしまった。
    「ほんとは……本当はっ! 蒼天騎士になんて、なってほしくなかったの……」
     嗚咽とともに繰り返される彼女の言葉を聞きながら、三度、刃を交えた彼を想った。
     グリノー卿の様子がおかしくなったのは蒼天騎士になってからだと、ウィルマは言っていた。
     それがもしも、教皇によって行われたテンパード化に拠るものだとしたら――考えて、首を横に振った。
     他に道があったとして、それでも私はきっと彼らを斃しただろう。自らの意志で。
    「今更、婚約破棄だなんて認めない。私は最期まで! あなたの妻として生きてやるんだから……」
     彼女の号哭が、古代の地に切に響く。
     余人には知り得ぬ彼と彼女の事情があったはずで、どうしようもない断絶だけがそこにある。
     その宣誓を無意味だと誹る資格は自分にはなく、しかし目を逸らしたくなる痛ましさが視界を焼いた。
     これ以上は身体に障る――彼女を呼び止めようとしたとき、確かに空気が揺らいだ感覚を見逃すことはできなかった。
    「……誰だ!」
     揺らぐ磁場、光の奔流の狭間から現れたものに私は息を呑む。
     ――ハルア。
     そう確かに名を呼ばれ、彼を待ち続けた花嫁の瞳が大きく見開かれた。
    「なっ……グリノー卿 なんで……!」
    「よう異邦人、わざわざこんなところまでご苦労なことだ」
     こちらをちらりと一瞥して、にっと不敵な笑みを浮かべる彼はあの漆黒の騎士の姿をしていない。ただ、変身前の青と白の鎧をその身に纏っていた。
     あのとき、蒼天騎士の全員がエーテルになって消えたはずだ。特定個人を星の海から呼び戻す芸当など――最悪の可能性を想定してぞっとした。
     人の想いは、時として残酷に歪む。
     ハルアを背に隠し、うっすらと透けて見える彼に得物を構えた。
    「長い間独りにして悪かったな、ハルア」
    「……あなた、死んだはずじゃ」
     自らを挟んで交わされる言葉を聴きながら、戦闘態勢をとり続ける。
     グリノーはといえば向けられた武器を意にも介さず、どこか穏やかな表情でハルアを見つめて、彼女の問いに答えていた。
    「……その指輪」
    「指輪……?」
    「ああ。その指輪に遺したエーテルの塊が、今の俺らしい」
     ハルアが降ろした蛮神じゃねえから安心しろ。
     そう付け足してグリノーは私を一瞥した。最悪の想定を言い当てられて僅かに動揺するが、彼の言い分はそうならないことを裏付けていた。
    「エーテルって……じゃあ魂だけの状態って、こと?」
     彼女は半透明なグリノーの身体をあちこち見やると、途端にその顔を青くした。
    「よく見たら、か、身体……透けてるわ……!」
    「案外持たねえもんだな。……ハルア、一度しか聞かねえからよく考えて答えろよ」
     そうして彼は告げた。
    「お前、俺と一緒に来るよな?」
     彼女にとっては死の宣告に等しい、その言葉を。
     ――やはり怨念だったか!
    「……大丈夫ですよ」
     護衛の任を果たすため武器を構えなおそうとした私を、ハルアは片手で制止した。
    「グリノー、私は一緒にはいけないわ」
     先ほどまでの様子とは一転して、凛とした声が響く。グリノーは面白くなさそうにその顔をくしゃりと歪めていた。
    「俺の言うことが聞けねえのか」
    「そうね。もうこの子の母親なんだもの」
     だから、言うことは聞けない。
    「――私は、この子と生きる」
     あなたが遺してくれた、この子と。
    「……ハッ、そうかよ」
     グリノーはどこか満足そうに笑うと、一転して呆れたような目でこちらを見た。手振りだけであっちへ行けと追い払われる。
     今まで感動の再会を邪魔していたのだから仕方ない。もはや今の彼に彼女を害する気持ちが無いことは理解していたので、渋々武器をしまって脇へと捌けた。
    「ハルア。……俺の、ただひとりの花妻よ」
     彼女は弾かれたように彼を抱きしめた。きっともう二度と会えなくなる、最愛の夫を。

    「         」

     彼女の瞳から一滴、涙が零れ落ちる。
     頬に添えられた彼の指がその滴を拭うことはない。
     彼が彼女に何を言ったのか、離れた位置からでは聞き取ることはできなかった。
    「……ええ、ええ。きっと、あなたもびっくりするくらいに……うんと、長生きしてあげる」
     ――彼を抱きしめていた彼女の腕が、とうとう空を切った。
    「遠い未来の、星の海で。きっとまた逢いましょう」
     ソラへと昇っていく淡いエーテルの光。
     彼は最期にその言葉を聴いたのだろうか。
    「……もう、いいんですか?」
    「言いたいことは言えましたから。……さあ、リムサ・ロミンサに向かいましょう」
     新しい明日を、始めなくてはね。
     すっかり泣き止んでそう微笑む彼女に、目頭が熱くなる。
     一筋の光も差さない、曇りきったこの場所で。
     彼女の瞳に、泣きたくなるような朝日を見た。
    5 明日へ
     一度イシュガルドに帰還し、諸々の準備を整えてから空路でリムサ・ロミンサへ向かった。
     白亜の薬舗セブンスセージ。その裏手のテラスに、私たちはいる。
    「お久しぶりです、カルヴァランお兄様」
    「……ハルア、お前でしたか」
    「こうしてお会いするのは二十年ぶりでしょうか、ご壮健なようで」
    「お前こそ、すっかり大きくなって」
     臨月を過ぎた妊婦でありながら見事な淑女の礼をとった彼女は、やはり名門貴族の出なのだと思い知らされる。
     相対する彼もまた、彼女の言った通りの素性をしていたということか。
     護衛の任務は継続中なので、ある意味顔なじみでもあるカルヴァランの側近たちが彼女を害さぬよう、形だけでも威圧をしておく。
    「風の噂でお前の婚約者が失踪したことは聞きましたが……まさか四大名家の一角に刃向かい、亡命する選択をしたとは」
    「守るべきものを得た以上、当然のことですわ」
    「……フン、『母は強し』ですか。お前の望みは何です?」
     用も無しに私を訪ねるはずがないでしょう。
     カルヴァランの言葉に、ハルアは頷いた。本題は、ここからだ。
    「安全に子を産める場所と、当面の職を。癒やし手としての心得があります」
    「……なるほど。どちらも幸いツテがありますよ。……して、ハルア」
    「はい」
    「お前は私に何を返してくれますか?」
     元貴族と言えど、彼は今やリムサ・ロミンサ三大海賊の頭領。血縁があるというだけでは、何かしらのメリットが無ければ当然動かない。
     成り行きを見守っていると、彼女は浅く息を吸ってから、その小さな唇を開いた。
    「デュランデルの当主様に、お兄様のご存命をお伝えしないことです」
     ――空気が、凍った。
     しかし彼女はものともせず、言葉を続けた。
    「皇都に残る私の信頼する者に、お兄様がリムサ・ロミンサに居ることを知らせる手紙を持たせております」
     私が無事に子を産めなければ、その手紙が本家に届いてしまうやも知れませぬ。
     いたずらっぽく笑う彼女を見て、試される者が変わったのだと理解した。カルヴァランの居所は彼女にとって最大にして最強のカードなのだ。
    「クク……! その胆力、変わりませんね……とうとう海賊を脅迫ときましたか」
    「あら、私は本気ですよ。幼い頃に賊から夫を守って負傷した話、お兄様もご存知でしょう?覚悟さえあれば、なんだってできますわ」
     とうとう堪えきれなくなったカルヴァランが天を仰いだ。さらりと凄い過去が明かされた気がするが、追及できないまま壁と同化するほかない。
    「ハハハ……! ええ、ええ。お前の本気は理解していますとも。早急に手配させますが……職については無事に子が産まれてからの方が良い」
     どうやら彼女は合格だったらしい。笑い疲れて息を整える彼はハルアに向き直ると、今度は優しい目をしていた。
    「あれとは良い関係を築けていたのですね、ハルア」
    「ええ。あんな人とは、きっと二度と巡り逢えませんわ」
     カルヴァランは彼女の言葉に安心したような顔で頷くと、ほとんど空気と化していた私の方を向いて言った。
    「……さて、ここまでハルアを届けてくださりありがとうございました」
    「なんだかよく分かっていないけど……本当に大丈夫です?」
     さっきまでのぴりついた空気が心配になって尋ねると、彼は小さく笑う。
    「彼女は暫くの間、我が百鬼夜行の庇護下に入ります。このリムサ・ロミンサで我々に楯突くものなど、余程の命知らずしか居ませんから」
    「そうですか……。では、後はよろしくお願いしますね」
     頷いたカルヴァランの後ろから、ひょっこりとハルアが顔を出した。
    「この度は本当にありがとうございました、英雄様。こちらは今回の謝礼です」
     ずいっと勢いよく持たされた、ずっしりとした重みのある袋。
     開けてみてと促され、中身を確認する――色とりどりの宝石と、大量のギルだ。
     報酬など思考の外に追いやっていたので、この好待遇には少しばかり慄いた。
    「わっ……こんなにいいんですか?」
    「勿論です! あなたのお陰で、私はグリノーとのことに決着をつけられたのですから……」
    「いや、当面の生活とか」
    「宝石を売って得たお金がまだまだありますので! 慎ましく、この子と暮らしていきますわ」
     あっけらかんと笑う彼女に、アジス・ラーで見た陰のある様子は見受けられない。そう見えないようにしているだけなのかも知れないが。
     きっとそれこそが彼女の、新しい明日を始める覚悟なのだと思った。

    「英雄様、本当に有難うございました。どうかあなたの旅路に、沢山の祝福があらんことを」



     あれから、しばらくして。
     イディルシャイアにて所用を片付けていたところ、レターモーグリに呼び止められる。
    「あっ! 後輩君、君宛にお手紙が届いてるクポ~!」
    「おっ嬉しいな。誰からかな?」
     もふもふとした小さな手から手紙を受け取る。
     差出人の名はハルア。どうか良い報せであってくれと祈りながら、静かに封を開けた。
    「ハルアさん、無事に産まれたんだ! そっか……へえ、グリノー卿にそっくりな男の子かあ……」
     歩きながら手紙に綴られた文面を読んでいく。どうやら黒渦団で治療師見習いとしての仕事も始めたらしく、忙しいながらに充実した日々を送っているらしい。
     今度赤ちゃんの顔を見に行ってみようかな。
     手紙をしまって、晴れ渡る青空を見上げながら彼女らの明日に思いを馳せた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏
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