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    はしっこ

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    はしっこ

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    想い人のために男が死ぬ話/
    帷…死のうとする男
    玄…帷の友人、葬儀民学者の男
    宵…玄に懐く幽霊の少女

    ##創作/ほか

    海に沈めてほしいと、彼は笑ったのだ。

    「彼女が俺を二度と思い出すことのないように、幸せだけを抱いて生きていけるように」

    隣に座る宵は、じっとおれの顔を見つめていたように思う。おれはといえば、乾いてもいない喉に紅茶を流し込むことで精一杯だった。

    「俺が自殺したあと、切り刻んでまとめて捨ててもらうようなことも考えたんですけど…それだと手間がかかるでしょう、友人に頼むことではありませんから」

    真っ白い顔だ。もうすでに、生きていることをやめたような顔。すべての生を拒絶しているような顔。そもそもね帷くん、普通の友人なら海に沈めてくれなんて頼みはしないんだよ。おれが人間の〈葬〉について研究している身であるから、そう頼むのはおかしくないのかもしれないけど。
    心躍るシチュエーションには違いない。ほかの誰かと結ばれた想い人から身を引き、自ら命を絶つ男の物語。危うい少女らが飛びつきそうな物語だ。どんな言葉で送ろうか、どんな花を添えようか。海ならどこまでも音が渡るから、なにか演奏するのもいいかもしれない。趣味を兼ねた仕事であるから、あれこれ考えるのは楽しいのだ。
    「自分が死んだらこうしてほしい」「遺体はどこそこに埋めてほしい」「あの人にだけは伝えてほしい」…自身がこの世にいない未来を語る、依頼人の顔がたまらなく好きだった。でも、それが何も、友人じゃなくたっていいじゃないか。

    「帷く、」
    「お願いだ」
    「…」
    「君にしか頼めないんです。…君しかいないんだよ」

    指先にちょんと触れただけで、そこからバラバラと崩れ落ちてしまいそうな。もろく壊れてしまいそうな男の姿がそこにはあった。肩を抱けば、重みでぺしゃんこに潰れてしまうのだろう。
    彼が生きることを選ぶような環境を提供できるわけでもないのに、生きてほしいと願うことの無責任さ。それに、信頼を裏切りたくなかった。この場で彼を突き放したくない。これを信頼と呼ぶなら、おれはこの先一生友人なんて持とうとは思わないけど。

    わかったよ。喉の震えをごまかすようにおれは続けた。

    「友人からの頼みを、断るわけにはいかないからね」

    彼は満足そうに、安心したように笑って。それから冷めてしまった紅茶を一口、そして静かに席を立った。去っていく彼の背中にふと違和感を覚えれば、長い髪がばっさりと短くなっていることに気づく。
    宵は、いつのまにか席を外したようだった。









    「玄」

    宵がつぶやく。指でころころつまんでいるのは、彼からこぼれた淡紫の弔花だろうか。
    すっかり彼を飲み込んでしまった海面は、何事もなかったようにのたのた揺れている。海にとっては、たったひとりの人間を飲み込んだところで何も変わらないのだろう。おれの友人なんだ、どうか歓迎してやってほしい。ほんのちょっと、いやだいぶ歪んでいる男ではあるけど、そこまで悪いやつではないんだ。そんなことをぼんやり考えていると、海に砕けた落輝がちかちかと目を刺した。

    「ん?」
    「死ぬよりも生きてるほうがつらいことなんて、あるの」
    「あるよ。この世の中では、そんなことばっかりだ」
    「そうなんだ。…宵は、初めて知った」

    宵にはもう生も死もないのだから、この先それを味わうことはないだろう。でもね、と彼女は続ける。

    「帷さんの気持ちは、すこしわかる」
    「…宵、」
    「玄が、もしほかの誰かを好きになったら、その人と結婚するっていったら…宵は耐えられないよ。胸が裂けちゃいそうになる。でも、こんな気持ちになるなら好きにならなきゃよかった、って思うのはもっと嫌だよ」
    「…」
    「だから、玄のことは好きなままだけど……好きだから、もう二度とそれを思い出さないように、」

    沈むっていうのか。光も声も温度も何もかも届かない場所に。宵はおれの顔をちらりと覗くと、きゅっと口を結んでしまった。
    ねえ帷くん。愛情かな。君のそれは愛情と言うべきかな。一途な君の決断を、おれは背中を叩いてよくやったよくやったと言ってやらねばならない。友人ならきっとそうするだろう。帷くんの嘘つき。君のそれは、自分を守るためだろう。自分が壊れてしまう前に、壊したのだ。自分を守る方法なんて、探せばいくらでもあったはずじゃないのか。嘘つき。彼女のために死ぬなんて嘘だ。彼女を失った自分が壊れるのが、怖かっただけじゃないのか。そしてそれを、どうしておれに打ち明けてくれなかったのだろう。こんなことをするために、おれは君の友人でいるわけじゃないのに。

    「玄」

    帰ろう、と右手をすくわれる。宵の手はどこもかしこも冷たかった。彼女には体温がないのだから、当たり前のことだ。けれど今日は、彼女よりもおれの手の方が冷たいような気がした。
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    はしっこ

    MOURNING想い人のために男が死ぬ話/
    帷…死のうとする男
    玄…帷の友人、葬儀民学者の男
    宵…玄に懐く幽霊の少女
    海に沈めてほしいと、彼は笑ったのだ。

    「彼女が俺を二度と思い出すことのないように、幸せだけを抱いて生きていけるように」

    隣に座る宵は、じっとおれの顔を見つめていたように思う。おれはといえば、乾いてもいない喉に紅茶を流し込むことで精一杯だった。

    「俺が自殺したあと、切り刻んでまとめて捨ててもらうようなことも考えたんですけど…それだと手間がかかるでしょう、友人に頼むことではありませんから」

    真っ白い顔だ。もうすでに、生きていることをやめたような顔。すべての生を拒絶しているような顔。そもそもね帷くん、普通の友人なら海に沈めてくれなんて頼みはしないんだよ。おれが人間の〈葬〉について研究している身であるから、そう頼むのはおかしくないのかもしれないけど。
    心躍るシチュエーションには違いない。ほかの誰かと結ばれた想い人から身を引き、自ら命を絶つ男の物語。危うい少女らが飛びつきそうな物語だ。どんな言葉で送ろうか、どんな花を添えようか。海ならどこまでも音が渡るから、なにか演奏するのもいいかもしれない。趣味を兼ねた仕事であるから、あれこれ考えるのは楽しいのだ。
    「自分が死んだらこうしてほしい」「遺 1949

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