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    hinode45

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    やぶこいで展示する予定だったモブから見た月鯉の冒頭です。とても短い話なのでこれだけで全体の2/3くらいかも。

    兵営にて兵営にて

     同期に少々難のある男がいた。
     軍人の家系に生まれ、幼い頃から軍人になることが決められていた男だ。傲慢な男で、同期や部下からは距離を置かれている。軍人としても人としても、人の上に立つのは向いていない男だった。
     私も距離を置きたかったのだが、同じ聯隊の新任同士ということで、彼の世話を任せられてしまった。
     本来ならば、新任の世話は補佐の軍曹の仕事なのだが、彼は補佐役と折り合いが悪く、二人だけにするなと中隊長殿から指示がくだっていた。ならば、他の者を補佐にとも思うのだが、誰が補佐役になっても上手くいかないことはわかっていた。
     上官に対して横柄な態度を取ることはないので、私たち同輩と部下達ほど評判は悪くなかった。しかし、そんな彼が、公然と批判する上官が一人だけいた。
     聯隊長である鯉登大佐殿だ。
     私たちが任官する少し前に二十七聯隊の聯隊長についた方だった。
     物腰は柔らかく、気さくなお人柄で、部下達の信頼も厚い。理想の上官である。
     整った顔立ちは映画スタアのようで、同性ながら見蕩れてしまう。頬に古い刀傷があるのだが、かの土方歳三と剣を交えた時に負ったとの噂があった。鯉登大佐が生まれた時、すでに土方歳三は亡くなっていたはずだ。鯉登大佐殿の剣技の凄まじさから付いた尾ひれなのだろう。
     自現流の使い手である鯉登大佐殿は、時々剣道の教練に顔を出しており、若手から古株の左官まで分け隔て無く叩きのめしている。どんなに腕に覚えのある者も、鯉登大佐殿と相対すると、大佐殿の放つ気迫に気圧されてしまう。そして鬼神のごとき強さで猛者達の鼻っ柱を叩き折っていくのだ。その強さから、伝説の剣士とやり合ったなどという噂が立つのも納得がいく。
     ただ、大佐殿にコテンパンにやられるのは、いささか元気の良すぎる者か、常々手に負えぬと思われている者に限っていた。私のような剣術の素人にはさりげなく手心を加えてくださるので、部下達への面子を保つことができた。
     鯉登大佐殿は、ご自分で叩きのめした者達への配慮も怠らなかった。ある者には見所があると筋の良さを褒め、鍛錬を怠らず、己や己の大事な者に恥じぬ振る舞いをせよと諭し、またある者には、これだけの強さがあるのだから皆の規範となるよう努めて欲しいと請うのだ。
     聯隊長なのだから、ひと言命令すれば済むことも、鯉登大佐は「力を貸して欲しい」と頼んだ。口先だけの言葉ではなく、心の底から助力を願っている。だからこそ、鯉登大佐が命令するというのは、並々ならぬ事態で有り、一刻を争うのだと誰もが理解していた。
     他の聯隊からは、軟弱者と誹られたりもするが、私たち二十七聯隊の者達は、この軟弱者の聯隊長殿を好いていたし、誇りに思っていた。
     ただ一人、くだんの同期を除いては。

     ある日、同期と同期の補佐役との喧嘩の仲裁に入った。この二人はとにかく相性が悪く、日に何度も仲裁に入ることもある。この日は同期が鯉登大佐殿の批判をしたのが原因だった。
    「俺は、逆賊が聯隊を取り仕切っているのが許せんのだ」
     手当を受けながら、同期は私に言った。
    「逆賊? 誰のことだ? まさか鯉登大佐殿のことか?」
     この男、傲慢ではあるが嘘はつかない。私は驚いて咄嗟に声をあげてしまった。
    「ああ、伯父上から聞いたのだから間違いない」
     彼の言う伯父とは、第一師団に所属していた、彼の父親の兄のことだろう。
    「伯父上は、あの逆賊の査問会にも立ち会ったのだから間違いない」
     衛生兵は手当を終えると、気まずそうに部屋を出て行った。
    「おい君、ここで話していいことではないだろう」
     あの衛生兵に口止めをしなければ、と焦っている私を余所に、彼は続けた。
    「ふん、構わん。今でこそ大人しくしているが、かつて国家の転覆を狙ったような輩だ。いつまた本性を現すかわからん」
     にわかには信じがたい話だ。同期が鯉登大佐殿に批判的だといっても、大佐殿を貶めるために嘘をつくとは思えない。
    「奴の進級が同期の方々よりも二三年遅れているのは、反逆罪に問われていたからだ」
    「待てよ。反逆に加担したのが本当だとしても、今こうして聯隊長を務められているのだ。罪には問われなかったということだろう?  鯉登大佐殿は無実だったということではないか。知らずに、ただ命令に従っていただけだったのだろう?」
    「ならば、なおのこと真偽も見抜けないぼんくらに上に立たれてはかなわん」
     同期は腫れた瞼を触り顔を顰めた。そして忌々しそうに「あのくそ野郎」と悪態をついた。
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