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    kaninohaka

    かに缶です。
    供養であったり、表であげづらいものであったり色々。
    注意書きしてるけど自己責任で見てね。

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    kaninohaka

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    雪の日、入院中の七島の元に天馬が訪れるみたいなそんな話。
    たぶん七天。

    #かっこかり
    cut-priceBorrowing

    天を見上げる竜の話「眩しすぎるな」

     ベッドの住民、もとい黒髪の青年は薄いカーテンに手を伸ばそうとする。
     しかし、息道、肺に冷たい空気が侵入して何度も咳が発された。
     背中が丸まりその手は口元を抑えるためにひっこめられ、目尻に嫌でも涙が溜まる。
     代わりに隣の椅子に座っていた少女が立ち上がり、ペールオレンジのカーテンを素早く引っ張って窓を隠した。

    「ごめん。カーテンすら閉められないなんて」
    「気にしないで。今回は運がよかったけど、私だってカーテン閉められないときあるよ」
    「たとえば?」
    「引っ張ったら、破れたり裂かれたり」
    「それは、運というか……カーテンの強度がよくなかったという、か」

     咳を飛ばしたときに魂が抜けたのか。
     シーツに引っ張られたように青年の背中は倒れて、白い枕に頭を沈めた。

    「……なあ、天馬」

     少女の名を呼ぶと、彼女は「なにかな」と身を少し寄せる。
     点滴がつけられていない左腕を棚に伸ばした。
     純白のガーベラを生かし続けている花瓶。
     隣に寄り添う蜜柑に震えた指先を向けた。

    「これ、もらってくれないか。今日の昼に出されたから古くはないはずだ」
    「私が? いいの?」
    「柑橘は得意じゃないんだ。俺が好きな蜜柑は芥川だけなもので」

     古いヒーターの苦しそうな稼働音だけが響き渡る。
     少女は一点を見つめて思考に集中していた。
     やがて「なるほどね」と噛みしめるように呟く。
     青年は居心地が悪そうに「まあ、うん」と濁し返す。

    「ありがとう。それじゃあ、いただくね」

     天馬は蜜柑に手を伸ばして、蜜柑を転がし手繰り寄せる。
     カーテンの僅かな隙間から覗く窓の外は銀世界。
     天使の最期を思わせる、純白の羽に似た雪がしんしんと降りしきる。

    「……ねえ、寒くない?」
    「俺は平気だけど……天馬のほうが、膝が寒そうに見えるぞ」
    「私は大丈夫。慣れてるから」

     ローファーの靴先は薄っすらと雪水が染みこんでいる。
     靴ひもを結ばずに履くことができる。
     故に、怠け者という意味の「ローファー」と名付けられた靴。

    (だけど、天馬は怠けずに来てくれた。こんな大雪の日に)

     冬休暇で学生どころか教師もほとんどいない。親友も試合のために飛行機に乗り込んだ。
     慣れ親しんだ一人きりの病室で、白い半紙に墨か咳を落とすだけの日だった。
     青年の外の世界は白に塗りつぶされ、病室は彼を閉じ込めたまま覆い隠された。

    (それでも天馬は来た。「ホイップでも塗ったのか」と思うほど頭に雪を被せながら)

     驚きを抑えきれず、こんな日にどうして来たのかと青年は尋ねると、天馬は静かに言った。

    『会いたかったから』

     この理由は青年を困惑させるのに充分だった。
     彼女はここに訪れて青年と本の貸し借りをしていた。
     だが、今日でなくてもいいはずだ。わざわざこんな日に元に来るなんて。
     整合性のある理由を求める青年に、天馬は目を伏せながら繰り返した。

    『それでも、どうしても会いたかったんだ』

    (天馬はそれ以上なにも言わなかった。俺もこれ以上、聞かなかった)

     蜜柑を両手で丸めて手のひらで転がす天馬。
     彼女の膝の頭は酔ったように赤く染まっている。
     冷たい息を吐いて、青年は口を開いていた。

    「山里は 雪降りつみて 道もなし けふ来こむ人を あはれとは見む」

     俯き加減だった天馬は、すぐさま顔をあげた。
     何度もゆっくり、ぱた、ぱたと目を瞬かせる。
     
     ――俺の考えすぎか?

     青年はイタズラがバレて後悔するように力なく肩をすくめて微笑んだ。
     

    「七島くん」


     七島。
     天馬は青年の名前を呼び、彼の青白い手に自らの手を重ねた。
     彼の強張った薄い手の甲に熱が籠った。

    「て……んま……」
    「七島くん」
    「天馬……な、なあ、どうしたんだ?」
    「ううん。ただ、私が呼びたいだけ」
    「…………そう、か」

     太陽を浴びてすくすくと実った蜜柑を撫でた手。
     蜜柑の表面に散りばめられていた光の粒子を分け与えるように、天馬は七島の手の甲をしっかりと指先をこめて重ね合わせる。

    「なあ、天馬」
    「七島くん」

     名前を返し、返され、「遭難のようだ」とお互いに思っていても。
     閉め切った二人きりの世界で、唇から何度も何度も名前が交わされる。

    「春、近づいてきたな」
    「うん、そうだね。温かくなってきたから」

     シーツから見上げる七島は、一番星を見た。
     彼女の前髪を留める星の髪飾り。
     光源にも満たない小さな光。

     ――俺を消さない優しい光。

     窓の外で白雪は凍えた風を吹かせ、世界を眩く包んでいた。
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