○○へのお誘い「シドって、ジェットコースター乗ったことある?」
「んあ?」
唐突な質問に、シドはハンバーガーにかぶりつこうとした大口をそのままに素っ頓狂な声を上げた。そんな話してただろうかと、咀嚼しながら思い返すが、すぐに否定する。いや、お互いの仕事上のパートナーの愚痴を言っていたはずだ。
その困惑を知る由もないジョーカーは、もぐもぐ口を動かしているせいでシドはしゃべれないんだなと決めつけて、淡々と話を続ける。
「クイーンがね、」
──そうそう、その話。
話が見えたと安心したのもつかの間、ジョーカーはまた突拍子もないことを言い始めた。
「シドにトルバドゥールに遊びに来てもらったらどうかって」
「は?」
「来てもらうのは悪いけど、さすがに探偵卿のいる屋敷に遊びに行くわけにはいかないだろ?」
──いや、そうじゃなくて。
むず痒い胸にそっと手を当て、シドはひとつ深い呼吸をした。運ばれてきたカフェラテをジョーカーが受け取るすきに、できるだけ簡素な質問をいくつかピックアップする。彼がカップに口をつけたタイミングで、そのうちの一つを投げかけた。
「確認だけど、クイーンはおれが探偵卿の執事だって知ってるんだよな?」
「そうだね」
「おれとお前が昔からの知り合いだってことを知ってるのか?」
「そうみたいだね」
「……なんで?」
「さぁ」
ジョーカーが積極的に過去──特に収容所の話をするはずがないところまでは予想していたが、ここまでクイーンに疑問を抱かないのは不思議だった。今更驚きもしないのだろう。執事になって何回目かもわからないネアの突拍子もない出資話を軽く受け流した今朝の自分を思い出し、シドは一人納得した。
ただ、疑問が晴れたわけでも、先の質問の意味も見えない。シドは真意を探るため、別のアプローチをかけることにする。
「まさかトルバドゥールへのお誘いだとはな。お前がジェットコースターなんて言うもんだからさ、てっきり遊園地へのお誘いかと思ったぜ。ちなみに、乗ったことはあるよ」
ジョーカーが伏せていた瞳を丸くする。
「女の人と?」
「八歳のな。……ネアの姪っ子だよ。んな顔すんな」
「安心したよ」
誤解が解けてほっとする。直後にシドは、安心できることなど何一つなかったことを知る。
「じゃあ、トルバドゥールに来られるね」
「……はい?」
「シドも知ってると思うけど、トルバドゥールではワイヤーで直線移動するんだ。ジェットコースターが大丈夫なら、大丈夫」
「じゃあ、八歳の女の子でも大丈夫だな」
「何言ってるんだ。シドだから大丈夫なんだよ」
「それ、こっちのせりふな? 謎理論すぎ」
──ジェットコースターのくだりはなんだったんだ。
そう言いかけて、やめた。もう問答はあきらめた。「シド、何か飲むか?」と悪気など一切なく気遣う友人に、すっかり毒気を抜かれてしまったのだ。ウェイターに紅茶を注文した横顔を、そのまま目の前の友人に向ける。ブルーサファイヤの輪郭がきゅっと丸くなったのにつられ、シドもふっと微笑んだ。
「クイーンに、ぼくの友人はシドだけだってはっきり言ってやるんだ。あなたは仕事上のパートナーですってね」
「なんだよ、それ」
シドはそっぽを向いた。そして、もっと早くにドリンクを注文しなかったことを惜しく思った。照れ隠しをするにはあまりにも手持無沙汰なのだ。
一方、恥ずかしげもなくジョーカーは続ける。
「いつかネアの屋敷に行って、ネアにも同じことを言ってあげようか。彼もおまえのことを友人呼ばわりするみたいだからさ」
「ばぁか。もっと面倒なことになるっての」
運ばれてきた紅茶を傾けて、シドは軽口を叩いた。そこでぴたりと動きが止まる。
──クイーンに「友人です」なんて紹介されたら、だいぶかなりおそろしく面倒なことになるんじゃ……。
「それで、シド。トルバドゥール来てくれるんだよね? いつにする?」
青い瞳からまっすぐのびる瞬きを遮るように、シドは深くカップを傾けたのだった。