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    noir08_ff14

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    noir08_ff14

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    ※自機名前出ます

    第一世界に飛ぶ直前のラハが思い出を振り返る話。ラハ光♀【前提】
    自機の名前はヨル
    紫髪のミコッテ、ムーンキーパー族
    緑と青のオッドアイ
    ___________________________________







    初めて彼女を見た時、なんて綺麗な人なんだろうと目を奪われた。
    遠目からでもわかる整った顔立ちと、風に靡く手入れの行き届いた紫色の髪。何より、幻具という単独戦闘に向かない武器を持ちながら的確に急所を狙い、ひとつの無駄もなく鮮やかに打ち倒す姿に目が離せなかった。
    高揚感から思わず口にした純粋な褒め言葉に、彼女は一瞬驚いたような顔をして、それから得意げに笑って見せた。
    きっとあの笑顔を、オレは一生忘れない。

    帝国との戦いを制し、ドラゴン族の襲撃からイシュガルドを守り抜いた英雄。
    どんな時も優しげに微笑んでいて、どんな人にでも手を差し伸べる心優しい旅人。
    どんな強敵相手でも一歩も引かず、前だけを見据えて敵を打ち倒し続ける冒険者。

    彼女を知る為街ゆく人に聞いて回れば、彼女を讃える内容ばかりが返ってきた。
    そして話を聞いた皆が口を揃えて言った。彼女はエオルゼアの希望である、光の戦士なのだと。
    物語が現実になったような高揚感と、そんな人と巡り会えた喜びに目を輝かせたのが懐かしい。

    再び顔を合わせた彼女は、初めて見た時と同じ穏やかな笑みを携えた物静かな人だった。
    自ら語ることは殆どなく、自分の役目が来るまでは穏やかに見守っていて、何か困ったことがあれば直ぐに手を貸してくれる。
    ふらっといなくなったと思えば、唐突に出現した大型のモブを狩りに行っていたり、道に迷った人をレヴナンツトールまで護衛したりと忙しなく動いている。
    必ずしも見合った報酬がもらえるわけでもないだろうに、息をするように人を助け、いつ見ても穏やかに笑っている人だった。
    それでいて決して寡黙なわけではなく、こちらから話しかければどんなことだって答えてくれる。
    冒険の話なんかは胸が躍る程に面白くて、暇さえあればすぐに話し掛けに行った。
    きっと人生経験もオレなんかより遥かに多い、熟練の冒険者なんだろう。
    これが、再会した彼女に抱いた印象だった。

    ノアとしての活動が始まってから数週間、暇さえあれば話し掛け続けたので彼女についてはかなり詳しくなっていた。
    読書が趣味で、本であれば何でも読むが特に童話が好きなこと。
    本についてはかなり聞いてしまったからか、お気に入りだという本をくれた。
    少し古びた童話集。何度も読んだ形跡のあるそれは、今でも大切なオレの宝物で。
    お返しにとオレの好きな本を渡せば、目を輝かせて喜んでくれて嬉しかった。
    景色を見るのが好きなこと。星空が好きで、オーロラを見るためにイシュガルドによく行くこと。
    モードゥナの星空も好きらしく、夜になるとクリスタルタワーのある方角をよく眺めている。
    植物が好きで、各地の花や葉を押し花にして手記に貼っていること。
    英雄の手記が読みたくて、見せてくれとしつこく頼んだら困ったように笑って借してくれた。
    読むのが楽しくて何日も熱心に読んでいたら、植物が好きなの?と笑って花を一輪くれた。グリダニアに咲く野花だそうだ。
    花が好きなわけじゃなかったけど、くれた事が嬉しくて押し花にして栞にした。
    食に関する興味が乏しくて、好物もなければ、苦手なものも特にないこと。何かはあるだろうと様々なものを食べさせて観察した結果、甘い物を渡した時の反応が少しだけ嬉しそうだった。恐らく本当に苦手な食べ物はなさそうで驚いた。
    食べる量はかなり少ないのに、小さな口でゆっくりと食べるから皆で食事をする時はいつも最後まで食べていること。皆が食べ終わると流石に焦るのか、頑張って詰め込む姿が小動物のようで可愛らしい。
    悩む時は口元に指を添える癖があること。
    手袋の上からでもわかる細くてしなやかな指をしているが、触ると少し皮膚が固くなっていて、沢山杖を握ってきたのだとわかる冒険者らしい手をしている。
    睡眠をあまりとらないこと。ムーンキーパーだから夜行性なのかと思っていれば、昼も当たり前のように活動していた。
    あまりにも寝ている姿を見ないからテントに引きずり込んで寝かし付けてみたら穏やかな寝息が聞こえて安心したっけ。
    殆ど空腹だと感じないらしく、そのせいで食事の時間という概念すらなく生きる為に必要最低限の食事しか摂らないが至って健康体なのだそうだ。
    恐らくだが、人よりもかなり痛覚が鈍いこと。
    怪我をしてすぐ自力で回復出来る癒し手だからかもしれないし、生まれつきなのかもしれない。
    腕からかなりの出血をしたまま拠点を訪れたことがあり、焦って指摘すれば、彼女はごめんねと笑って治療を始めた。あれは恐らく、怪我をしている事に気付いてすらいなかった。

    雪が好きで、でも寒い場所は得意じゃないこと。温かい飲み物が好きで、でも猫舌だから飲めないこと。他にもたくさん、彼女は聞けばなんだって教えてくれた。
    いつしか彼女を知ることが楽しくなっていて、今日は来るのか、まだ来ないのか、と彼女を待ち侘びる日々を過ごした。





    「...あ!おーい!ヨル!来てくれたんだな!」
    「グ・ラハ。こんにちは。今は休憩中?」
    「あぁ。あんたどーせまた飯食ってねーんだろ?二人分作ってあるから、一緒に食おーぜ!」
    「...いいの?嬉しい。いつもありがとう、グ・ラハ。」

    そう言って優しげに細められた二色の瞳に胸があたたかくなる。
    ノアとして活動していた頃、放っておくとまともに食事を摂らない彼女に何度も食事を用意していた。
    彼女は毎度酷く遠慮してしまっていたが、彼女の嬉しそうな顔が見たくて、彼女一人分の量なんておやつ程度の物だし、とつい毎日二人分作ってしまっていた。
    申し訳ないよ、と困ったように笑うけど、それでも必ずありがとう、と嬉しそうに美味しいと笑ってくれる。
    いつもの穏やかな笑顔とは違う柔らかな笑顔を見ると、毎回耳としっぽが落ち着いてくれなくて困った。

    ノアでは主に実働部隊を担っている彼女は、突入の為の待機期間でも頻繁に拠点へ足を運んでくれていた。
    未知の敵相手に怯まず先陣を切ってくれている彼女にそれ以上のものなんて求められるはずもないのだが、律儀で真面目な彼女は少しでも役に立てるようにとアラグについての本を読み始めてくれた。
    わからないところはオレを頼ってくれていて、初めて彼女から話し掛けられた時は思わず叫んでしまった。
    思えば、その頃からただでさえ頻繁に顔を出してくれていた彼女の訪問が更に増えたように思う。
    彼女が酷く楽しそうにするから何かと訊ねれば、いつも私ばかり話してしまっているから、グ・ラハが沢山話をしてくれて嬉しいの、と楽しげにに笑っていた。

    彼女はあまり仲が深くない相手にこの笑顔を向けない。
    いつも穏やかな笑顔を浮かべているが、きっとあれは心からの笑顔ではない。彼女が笑うとこちらまで嬉しくなるような、花が開いたような愛らしい笑顔はオレやシドくらいにしか向けていなかった。シドにすら向けているところをあまり見ないので、きっとあれが本当に素で笑っている笑顔なのだろう。
    当時それに気付いた時は、嬉しくも誇らしくも思ったが同時に少しだけ悲しかった。
    彼女がここに頻繁に足を運ぶのは、恐らくオレやシドがいるからだ。
    つまり普段、彼女は心許せる相手が傍にいないのではないだろうか。
    そう思うと、どうしようもなく悲しくなった。

    「グ・ラハのご飯は美味しいね。」
    「そうか?普通だろ、これくらい。あんた料理しねーの?」
    「うーん...するけれど、こんなに美味しくないかな。自分でしか食べないからつい適当にしてしまって...」
    「じゃあ今度オレに作ってくれよ!料理苦手なら教えてやるしさ。」
    「必要なら教わる、けれど......グ・ラハのご飯が食べたいから、ちょっといやかな...」

    そう言って少しだけ寂しそうな顔をした彼女を思わず撫で回したくなる衝動を抑える。
    あんなに強くてかっこいい歴戦の冒険者だというのに、ふとした時の表情や仕草が可愛くて困る。

    「仕方ねーなー...でもこの調査が終わってオレが帰ったらどーすんだよ。」
    「......考えていなかったな...じゃあ、調査が終わったら。料理、教えてくれる?」
    「よしきた!オレがいなくても、ちゃんと三食食えよな。」
    「...善処は、するよ。」

    そう言って目を逸らした彼女を呆れ顔でつついて、食事を進める。
    自分だけなら賢人パンで済ませてしまうところだが、彼女が賢人パンなんて知った日には恐らくそれしか食べなくなってしまうので封印している。
    あまじょっぱく味付けしたチキンと、新鮮な野菜の入った普通のパンを使ったサンドイッチ。自信作だ。
    ちら、と横を見れば、幸せそうに食べる顔が見られて嬉しい。元々綺麗な顔をしているが、嬉しそうに食べている少し幼げな顔がかなり好きだな、なんて。
    当時はこれが愛だなんて思わなかったけれど、思えばこの頃から彼女に惹かれていたのかもしれない。

    「あんたはさ、どれくらい旅してるんだ?」
    「もう13年になるかな。」
    「へぇ、結構長いんだな...!思い出深い場所とかあるのか?」
    「そうだなぁ...16までは故郷の島にいたから、その話をしようか...あ、でもグリダニアには数年は滞在していたから、多少は詳しくなったの。そっちの方がグ・ラハにも伝わりやすいかな。あとは...最近でいいなら、イシュガルドの星空はとても綺麗だったよ。」

    それから...と続けようとして、口を開けたまま固まるオレを見て不思議そうに首を傾げた彼女はぱくり、と呑気にサンドイッチを食べている。
    ...あれ?彼女は今、何歳なんだ...?
    16歳になる前から旅をしていた、ということは、オレが考えていた年齢より遥かに若い可能性がある。
    話していた内容から考えても、彼女は故郷を出てすぐにエオルゼアへ来ているはずだ。
    エオルゼアで過ごした日々が数年だったということは、かなり若い段階で旅を始めていた計算になる。
    ......もしや歳下?
    当時の思考を振り返って未だに思う。こんなに強くて穏やかで心優しい、落ち着いた女性がまさか歳下だなんて思うわけがなかった。勝手に若くとも20代後輩だと思い込んでいたことは墓まで持っていく予定である。

    「...取り敢えず、あんた、今いくつだ?」
    「...?20歳だよ。」

    歳下だった。しかも4つも。
    ...確かに見た目は若いし顔も可愛い。声も綺麗でふとした仕草が可愛らしかったりもする。
    だが、救国の英雄とまで謳われた歴戦の冒険者が。
    あんな隙のない戦い方をする、強くてかっこいい上に気配りまで完璧な女性が。
    まさか歳下、だったなんて。

    「と、歳上かと思ってた、わるい...」
    「ふふ、いいよ。見えないってよく言われるから。」

    そんなに老けているかな?とおどけて笑う彼女を迅速に否定し、見た目は若くとも内面が落ち着きすぎて20歳のそれではないことを話せば、可笑しそうに笑っていた。

    「別に、そんなに落ち着いていないと思うけれどね...グ・ラハはいくつ?歳、近そうかもって勝手に思っていたの。」
    「オレは今24だ、けど...そうか...あんた、歳下だったのか...!」
    「...そんなに意外かな...がっかり、した?」
    「するわけないだろ!寧ろその歳であの強さはすげーよ!」

    13年も旅をしているのだから、あの精神力にも頷ける。
    でも、7歳で一人旅に出るような事情があったのか。
    欲が欠けているのは産まれ付き?痛覚は、いつから。彼女に何があったんだろう。
    聞けば教えてくれるだろうか。何をしていても、疲れや弱みを欠片すら見せてくれない人だ。答えてくれないかもしれない。
    それでも、知りたい。
    手を伸ばしても届かない遥か彼方の英雄ではない。
    彼女は今、ここにいるのだから。

    遠くでラムブルースが呼んでいる。
    未だにサンドイッチを食べている彼女に手を振り休憩を終えて作業場へと走った。
    後で聞こう。...もしかしたら、彼女がいつも笑っている理由も聞けるかもしれない。
    きっと今日も朝まで拠点にいるだろう彼女と話したいことをまとめながら、いつもの作業へと戻っていった。





    「グ・ラハ。お疲れ様。今日はもうおしまい?」
    「あぁ。今日も特に成果はなし...でも試したいことは試せたし、また練り直しだな。飯食おーぜ!」

    木陰に座って本を読む彼女の元へいけば、笑って迎えてくれる。
    そのまま彼女を連れてラムブルースの作る飯を食うのが日課だった。
    焚き火を囲んで皆で食う飯はとても美味くて、作業の疲れを癒してくれる。

    「今日はシチューだってさ。」
    「良い匂いがする。ラムブルースも料理上手だよね。」
    「あいつの作る飯もうめーよな。...あんた、得意料理何?」
    「得意料理...ボイルドエッグ、とかキノコのソテーとか...?」
    「他には?」
    「ま、マーモットステーキ...は、1回作って美味しくなかったから違うかな...」
    「...あんたそれ作ったことある料理並べてるだけだろ。」
    「......バレた?いつもパンを買って食べているの。料理...って本当に殆どしていなくて...」
    「旅してる時もずっとか?」
    「いや、お肉焼いたり卵茹でたり...それくらいならするけれど。グ・ラハみたいに色んな味付けはしたことないよ。塩だけ。」
    「...やっぱ調査終わる前から料理の練習しねー?あんたの食生活、心配なんだけど。」
    「ふふ、普段は買って食べているから大丈夫。」
    「...でも三食食ってねーだろ?」
    「......食べて、いるよ?」
    「あんた嘘つくの下手くそだな!?」

    すい、と目の泳いだ彼女に笑って、他愛もない話をしながらラムブルースの元へといけばお疲れ様と二人分のシチューを渡されて定位置に着く。
    鍋の近くにラムブルースとシド、その右隣にはビッグスとウェッジ、反対側にオレとヨルが座って、作業の報告もそこそこに雑談に花を咲かせる。
    たまにビッグスが酒を持ち込んで、シドが珍しいツマミを持ってきて酒盛りしたり、ヨルが旅先で手に入れた豪華な食材を皆で調理したりと様々だが、昼も夜も活気溢れる賑やかな場所だった。
    夜遅くまで話し続けて、日付を跨ぐ時間になれば徐々に解散する。最終的に焚き火の前に残るのは、いつもオレとヨルだった。
    彼女は皆が寝静まった後、ランタンに火を灯して湖畔の方へと向かう。皆を起こさないようにする為だと言っていた。
    最初こそ見送ってテントに戻っていたが、いつからか着いていくようになって、星を見ながら本を読む彼女の隣で一緒になって本を読んだり、何もせずただ会話しているだけの時だってあった。
    冷える夜は毛布と温かい飲み物を持って、星空の下で何度だって話をした。
    そうして彼女を知れる事が、たまらなく嬉しかったんだ。

    「なぁ、あんたの故郷ってどこ?」
    「エオルゼアから北西の方に行くとある島国だよ。」
    「へぇ...どんなとこなんだ?」
    「気温は暑くもなく寒くもなく...リムサ・ロミンサが近いかな。島と島を大きな橋で繋いでいて、島によって文化もかなり違うの。島国だけれど海産物はあまり採れなくて...どちらかと言えば植物が有名だったかな。美味しいオレンジが採れるんだよ。」
    「オレンジか...!いいな、食ってみてーな。」
    「エオルゼアにも入ってきていると思うよ。今度見掛けたら買ってくるね。今なら味の違いがわかる気がする。」
    「あぁ...あんた味覚鈍いもんな...他のとの違い、わかんなかったのか。」
    「...あ、甘いな、酸っぱいな、くらいなら...わかるの。でも、周りの人が話していたような、酸味がとか、苦味がとか、そういうことはあまり...でも、最近グ・ラハが色々食べさせてくれるから、少しわかるようになったよ。」

    そう言って嬉しそうに笑う彼女にこちらまで嬉しくなる。
    同じような物しか食べてこなかったのだとしたら、調査の為とはいえ色々なものを食べさせたのは良い体験だったはずだ。
    ...もしかしたら、味覚が鈍いのもあまり食事を摂らない要因になっているかもしれない。味の違いがわからず、食に関する興味が乏しくなってしまった可能性は、ある。

    「...あんたさ、7歳からずっと一人で旅してたんだろ?」
    「そうだね。」
    「家族は?なんで、そんな幼い頃から旅を始めたんだ?」
    「...家族は、いるけれど。ごめんさない、あまり話したくないの。楽しい話が出来るような関係ではなくて...」
    「...楽しくなくたっていーよ。気にしねーから...あんたが、なんでいつも無理に笑うのか、教えてくれ。」
    「...無理なんてしていないよ?本当に、何も...恵まれない環境で育ったから、家を出て旅を始めた。それだけのことだよ。」

    そう言って首を振る彼女に、いつもならきっと引き下がる。無理に聞くようなことでも、話させるようなことでもないはずだ。
    それでも、ここで引いてはいけないと、何故かそう思った。何が、そう思わせたのかは未だにわからない。
    けど、今ここで引いてしまったら、少し近くに感じていた彼女が二度と手の届かないところへ行ってしまうような、そんな気がしたんだ。

    「...オレも、一人だけこんな...魔眼を持って産まれたから、幼少期はろくな扱いを受けてなくてさ...あんたのこと、わかるだなんて言えねーけど、話せば少しくらい、楽になるかもしれねーだろ?」
    「魔眼?」
    「あぁ、紅血の魔眼っていう...ちょっと、話すと長くなるんだ。今はあんたの話が先。」
    「...それなら、次はグ・ラハの話も聞かせてね。」
    「...それこそ大した話じゃねーよ?」
    「どんな話だっていいの。いつも私の事話してばかりだから...グ・ラハのことも、知りたい。」

    覗き込むようにそう言って笑った彼女に敵わないなと笑って、約束だ、と小指を絡めれば少し間を置いて話してくれた。

    約束を違えてしまったが故に生まれた酷い愛憎の話。
    それ故に誰にも望まれずに産まれ、誰にも愛されずに育った彼女は、顔も見たくないとたった独りで寂れた塔に閉じ込められた。
    一日に一度貰えるパンを食べ、読めもしない本を辞書を引きながら何週間もかけて無理やり読んで過ごしていたそうだ。
    そんな日々の中でたまたま読んだ童話の世界がどれも想像出来ない程に綺麗で、どうしてもそんな世界が見たくなった。本の世界で求められていた愛や幸せを、知りたかった。
    だから家を飛び出して、幼いまま旅を始めたのだという。

    幻術の基礎は家にいる間に身に付けたこと。
    家を出る時に付けられた忌み名を名乗り続けていること。
    初めて家の外に出た時、空を彩る満天の星空を見て、痛くも悲しくもなかったのに何故か涙が零れたこと。
    彼女は今までのことをゆっくり、ゆっくりと話してくれた。
    初めて見るぎこちない笑顔を浮かべた彼女の震える肩を少しでも安心させたくて腕を伸ばし、そんな仲ではないだろと彷徨わせた。

    「...旅をして、探してたものは見付かったのか?」
    「んー...まだ探し中、かな。何をもって幸せとするか、とか、恋愛と友愛の違いもよくわからないし...あの日、どうして涙が出たのかも、よくわからないの。...グ・ラハは、どういう時に幸せだと思う?」
    「えっ、改めて聞かれると難しいな...美味いもん食った時、とか...?」
    「じゃあ、グ・ラハのご飯食べている時が幸せ。」
    「...あんたのは、なんか違う気がする。」
    「...そうなの?難しいね...」

    うーん...と考え込んでしまった彼女を眺めながら考える。
    感情の起伏が乏しいのは、幼少期から感情というものを理解出来ない環境にいたから。
    味覚が鈍いのは、味覚が発達するピークだと言われている3,4歳の頃にまともな食生活を送って来なかったから。
    空腹に気が付かないのは、そもそも幼少期から一日一食しか食べていなかったから。
    そうして育ってきた彼女は、家を出るまで本当にずっと独りだったのだろう。
    泣きたくても、怒りたくても、それが許されない環境にいたから、泣き方も怒り方もわからないまま成長してしまった。
    それでも彼女は家を出て、生きる為に歩き続けてきたのだ。あるかもわからない、愛や幸せを求めて。
    耳を塞いでしまいたくなる程に哀しい過去、だけど。
    彼女が不幸だなんて、思いたくなかった。
    過去の話をしている時は曇ってしまっていたけど、どんな話をしている時だって彼女はいつも楽しそうで、いつだってひたむきに努力を重ねる彼女は、眩しいくらいに綺麗だったから。

    「...じゃあさ、オレ、毎朝起きたらアーゼマ様に祈るよ。」
    「え?」
    「あんたが幸せになれますよーにってさ!そしたら、いつか王子様が迎えに来てくれるかもしれねーだろ?」
    「お、王子様...?」
    「ほら、童話ってさ、少女が王子様に愛されて幸せになるーって話、多いだろ。」
    「うーん...?まぁ、確かに...」
    「...オレはさ。あんたに会えてよかったって思ってる。こんなすげー人に会えたってのも勿論、あるけどさ。
    でも、星空に目を輝かせて、真面目で落ち着いてるかと思えばなんか色んなとこが抜けててさ。美味そうに飯食って、楽しそうに旅の話を聞かせてくれる、あんたに会えてよかった。」

    「英雄じゃない、一人の冒険者としてのあんたに。
    ヨル・クロードに、会えてよかった。
    ...だからさ、あんたには、どうしても幸せになって欲しいんだ。」

    柄にもない小っ恥ずかしいことを言ったな、なんて。
    真剣に目を見て言ったのに、すぐに逸らしてしまった程には気恥しかった。
    それでも、これは紛うことなく本心だ。昔から、今までも、ずっと。

    「......グ・ラハ。」
    「...なんだよ。」
    「私も、あなたに会えて嬉しい。」
    「...そ。ならいーけど。」
    「ふふふ」
    「何笑ってんだよ。」
    「...嬉しくて。ふふ、嬉しい、嬉しいなぁ...」
    「...そーかよ。」
    「ね、もう少し近くに寄ってもいい?」
    「...好きにすれば。」
    「それなら遠慮なく。ありがとう、グ・ラハ。」
    「......ん。」

    恥ずかしさを隠すようにそっぽ向いたオレの肩に、こてりと頭を寄せた彼女は終始楽しそうに笑っていた。
    嬉しい、と愛らしく笑ってみせた彼女に嬉しくなって、荒ぶるしっぽを隠すように自分の掛けていた毛布の片側を彼女に掛けてやる。

    「...私はね、英雄だなんて素晴らしいものじゃないんだ。」
    「は!?そんなこと...っ」
    「ふふ、ありがとう。でも...私には暁の血盟のような、エオルゼアを救いたいだなんて立派な志なんてないんだ。...ただ、不思議な力を手にしてしまって困っていた私に標をくれた、暁の皆に報いたかった。本当に、それだけ。」
    「...うん。」
    「私には戦う力があった。私の力が人の役に立つのなら嬉しいし、その結果、私を英雄だと呼んでくれること自体は素直に嬉しいよ。過剰だとは思っているけれどね。」
    「そんな...いや、わるい、続けてくれ。」
    「...英雄なら、こうする。英雄なんだから...英雄ならこうしてくれると信じてた。...じゃあもしも、何かを間違えてしまったら...失望されていたのかな。」
    「...それは...」
    「英雄だからと言うのなら、私の意思は、どこへ行ってしまったのだろうね。...嫌だなんて、言えなかった。彼らにとって私は英雄で、英雄は、困っている人を見捨てたりしないもの。」
    「...ヨル...」
    「私を英雄だと信じて託してくれる人がいる。だから、英雄らしくいなければいけない。そう決めた時から、私は"私"のことが、よくわからなくなってしまったの。
    ...周りから貰う言葉が、英雄に向けられているのか、私に向けられているのか...わからない。」
    「......」
    「でもね、グ・ラハはいつだって私に向けて言葉を発してくれた。...私を、知ろうとしてくれたでしょう?
    最初はね、求められているのはまた英雄かなって思っていたの。けれど、あなたは好きなこととか、苦手な食べ物とか...そういうことを、聞いたでしょう?」
    「え?...あぁ、まぁ...」
    「英雄への質問といえば、どうやって強くなったのか、とか今までで一番手強かった敵は、とか。普通そういうものじゃないかな。...そういうことを聞く人は、沢山いたけれど。何が好きか、どんなことをしているのか、なんて。そんなこと聞く人、いなかったの。」

    「...いや、もしかしたらいたのかも。...人の優しさとか、そういうものが、上手く受け取れなくなってしまっていた...かも、しれない。」

    「けれど、今ならちゃんと受け取れる気がする。...実力を評価されることは、本当に嬉しいの。英雄だからと、感情や行動まで押し付けられることが嫌なだけで...あなたが隣で沢山言葉をくれたから、今まで穿った受け取り方しか出来なかった言葉も、素直に受け取れるかもしれない。」
    「...ヨル...」
    「ふふ、英雄に憧れるあなたに、こんな話するべきではないのだけれどね。...それでも、どうしても伝えたかったの。ありがとう、グ・ラハ。あなたがいてくれたから、私はこれからも笑って歩き続けられる。」

    ありがとう、あなたに会えて本当に嬉しい、なんて笑う彼女は、どこか吹っ切れたような顔をしていて。
    いつの間にか昇ってきた陽が照らす彼女の笑顔はあまりにも綺麗だった。沢山の世界を見た今でさえも、脳裏に鮮明に焼き付いて離れない。

    「なぁ、ヨル。」
    「うん?」
    「あんたはさ、息をするように人を助けるだろ。道に迷った人がいれば大きな街まで護衛したり、周りの兵士じゃ手に負えねーモブが出たら討伐したりさ。」
    「...まぁ、それくらいは...」
    「大きな功績だって勿論凄いさ。他国の為に強大なドラゴン族と戦ったり、帝国なんて大きな国と戦ったり。きっと、あんたじゃなきゃ出来なかった、まさしく英雄の所業、ってやつだ。」
    「...うん。」
    「でもさ、森で迷って命が危ない時とか、死者が出るかもしれない強敵が街の近くにいた、とか。歴史書や英雄譚には載らないかもしれない些細なことだって、日々を生きる人達からすればあんたは命を救ってくれた英雄なんだよな。」
    「...そういうもの、かな。」
    「そーだろ。あんたの英雄らしさって、多分そこだよ。何でもない顔して人に手を差し伸べて、当たり前のように強敵に打ち勝つ。当然のように思う奴も、まぁ...いるかもしれねーけど。あんたに救われた人達はきっと、あんたが誰よりも優しくて強いことを忘れたりしねーよ。」
    「...ふふ、それは嬉しいね。」
    「あんたが英雄だって呼ばれてんのは、勿論強さだってあるだろうけど...そうやって人に手を差し伸べることを躊躇わず、自分に利がなくたって迷わず助けちまうような...優しい奴だからなんじゃねーの。」
    「...そっか...」

    何かを反芻するように俯いているが、嬉しそうに顔を綻ばせた彼女を見て伝えて良かったと心から思う。
    "英雄"なんて重い期待を背負って歩く彼女の心が少しでも軽くなったなら、日の出まで彼女と話をした甲斐があるというものだ。

    「...ま!これはあくまでオレの予測だけどな!」
    「ふふ、そうだったらいいな。」
    「もうだいぶ明るいな...今から寝て起きれるかな...」
    「あはは、起こしてあげるよ。」
    「...いや、あんたも寝るんだぞ。」
    「えっ、いいよ...読みたい本もあるし...」
    「この前同じ理由で寝なかったオレに睡眠は大事だとか抜かしたのはどこのミコッテだっけなー?」
    「ふふ、元気だねグ・ラハ。」
    「あんたのこと言ってんだぞ。」
    「さて、なんのことだったかな...」

    明後日の方向を向いた彼女の腕を掴んで引っ張れば、諦めたように立ち上がって大人しく着いてくる。
    女の子だし同じテントで寝るのはあまり良くない...けど、他のテントに預けると脱走するのでいつもオレのテントに連れて帰っていた。

    「あんたは特に、最前線で戦うんだからちゃんと寝なきゃだめだろ?」
    「...うん。」
    「飯も!せめて2食は食えよな。リムサ・ロミンサにでも行けば美味いもんなんて山ほどあるだろ?」
    「気が付いたら陽が落ちているんだよね...それに、味の想像がつかない物を食べるのは、あまり...」
    「んー...あ、じゃあ今度一緒に行こーぜ!教えてやるって。食えなかったらオレが食うしさ!」
    「グ・ラハは沢山食べるよね。美味しそうに食べているの、好き。」
    「...オレよりあんたの方が美味そーに食うけどな。」

    風に掻き消される程度の声だったけど、ミコッテの耳にはきちんと届いたようで。
    彼女はそんなことないよ、なんて可笑しそうに笑っていた。
    いつだって笑顔でいる人だけど、改めて、よく笑う人だと思う。
    表情豊かだと感じるのに、思い返しても笑顔しか出てこない事がほんの少しだけ怖かった。
    いつか、彼女が怒りを覚えた時、悲しみを知った時、オレは傍にいてやれるだろうか?
    初めて知る感情に戸惑って、泣いてしまったら。
    彼女が1人で泣いてしまうような、そんな状況にならない事を心から願った。





    隣から聞こえてくる穏やかな寝息を思い出す。
    寝ようとしないくせに寝付きは良いから、少し背中を叩いてやるだけで彼女は直ぐに眠ってくれた。
    不意に抱きしめようとして、辞めておけと理性が言う。
    そんな夜を何度も過ごした。酷く近い距離にいたから、何度か寝惚けて腕に閉じ込めてしまっていたけど。
    申し訳ないと思いつつ、あったかい、だなんて嬉しそうに笑うから。
    まぁいいかと、彼女の背中に腕を回した。あの頃は本当に、規則正しい生活を送ってくれる事が嬉しかったな。

    彼女がくれた本も花も、今でも大切に持っている。
    何度も何度も読んだから、もうどこに何が書いてあるかすら覚えてしまったけど。
    持っていこう。いつでも彼女を想えるように、彼女の幸せを願う為に。
    くれた言葉すら鮮明に思い返せるほど、自分の中で彼女はとても大きな存在になっていた。
    ここまで膨らんだ感情が彼女にバレないことが、唯一の救いかもしれない。

    起動したクリスタルタワーの中で、彼女に会いたいと心から願う。叶わないことなんて自分が1番わかってるのに。
    あの後、数日後にウネとドーガが来て。ネロと合流して、彼女が先陣を務めてシルクスの塔を攻略した。
    彼女に魔眼の話をして、過去の話も聞いてもらって。

    「私は、グ・ラハの真っ直ぐで綺麗な眼、好きだよ。」

    なんて、笑って言ってくれた彼女にどれだけ心が救われたことか。
    闇の世界に行って、ウネとドーガに託された力で両眼が赤くなって。
    彼女と揃いの緑の目はなくなってしまったけど、彼女に並び立って闇の世界を突破出来たことが何よりも誇らしかった。

    託された願いと共に眠りにつくと決めた時、心配だったのは彼女のことだった。
    無理はしないでほしい。何だってこなせる人だけど、人に頼ることも覚えて欲しい。
    心配だ、なんて伝えたら、困ったように笑って大丈夫だと言ってくれるだろうけど。
    どうか、彼女の涙を拭ってやれる奴が傍にいますようにと、眠りにつく間際まで祈り続けた。

    目が覚めた後、彼女の軌跡を辿るのは驚く程に簡単だった。
    竜の背に乗って1000年続いた竜詩戦争を終結に導いた英雄。
    今は亡きアラミゴやドマの解放に大きく貢献した盟友。
    過去、親族が彼女に救われたのだと話す人すら探さずともすぐに見付かった。
    酷く絶望した世界で、彼女の紡いだ希望は至る所で語り継がれていた。

    志半ばで理不尽に奪われた彼女の命を繋ぐ為に、出来ることならばなんだってする。
    そう思っているのは、決してオレだけではなかった。
    果てしない労力と時間を掛け、成し遂げたとしてこの世界は決して救われない。それでも実現したほどに
    彼女は世界に愛され、慕われていた。

    彼女にはこれからも幸せに笑って歩き続けてほしい。
    彼女さえいてくれたら、きっとこんなに酷い世界にはならなかっただろうと誰もが信じていた。
    あの日、自分は英雄ではないのだと話していた少女は、あの後も真っ直ぐに歩き続け変わらず人々を救い続けた。
    きっと、許し難いことも、酷く悲しんだことだってあったはずだ。
    それでも、嘘みたいに真っ直ぐと、彼女は進み続けた。

    未来でオレを待っていてくれた彼女の命を救う役目を託してくれたことに心から感謝して目を閉じる。
    オレはこれから、第一世界に渡ってなんとか統合を止めて霊災を阻止する。
    決して簡単なことではないけど、必ずやり遂げてみせると誓ってクリスタルタワーを稼働させた。
    きっと彼女に、彼等が彼女の命を繋ぐ為に数百年もの時間を掛けたことは伝わらない。
    目を覚ましたオレが、第一世界に渡ったなんて知る術もないだろう。

    それで良い。何も知らなくていい。
    絶望した世界のことなど、知らなくていいんだ。
    絶対に、悲しい結末になんてさせないから。
    ただ幸せに、笑って歩き続けてほしい。

    それだけが願いだった。

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