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    hanekakushi_ul

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    hanekakushi_ul

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    ゴールデンウィークに思いついた、ゲント隊長とブレーザーの話です。

    ツツジが枯れる前に 奇跡のようなゴールデンウィークだった。
     サトコの妊娠もあって、SKaRDの仲間たちが互いの休みを調整し合い、俺がゴールデンウィークめいっぱい休暇を取れるようにしてくれた。もちろんただの休みなら、怪獣現出の知らせを受けて休暇を返上し出動することもある。《奇跡のような》と付くのは休みの期間中一度もそういった事件が起こらなかったからだ。
     特機団にいた頃だって、そんな長期休暇無かったと思う。
     そんなゴールデンウィークが今日、ついに連休最終日を迎えた。
     もともと比留間家は俺の急な出勤を考慮して予定を前半に詰め込んでいる。最終日ともなれば個人個人の予定が残った状態になるわけで、サトコは遠方の友人が仕事の都合で近くにきているということで食事に出かけ、ジュンも友達と公園で遊ぶのだと俺がこしらえた弁当を持って朝から飛び出していった。
     俺自身はというと予定など無く、誰もいない家の細かいところを掃除したり、ほとんど連絡のない仕事用の端末を弄りながら過ごしている。とはいえそういった細々したことすらとうに済ませた連休の最終日なのだ。昼過ぎになるといよいよやることが無い。
    「……散歩にでもいってみようか?」
     だらしなさ全開でソファに転がるのも飽きてしまった。せっかく外の天気も良いし、家で転がっているだけというのも勿体無い気がする。
    「なあ、ブレーザー」
     何時でもポケットに納めたブレーザーストーンを取り出して、呼びかけてみた。俺にはいつだって側にいてくれる相棒がいる。今日みたいに家族が各々自由に過ごす日に暇を持て余したって、きっとブレーザーは付き合ってくれるだろう。彼だって同じく暇を持て余しているはずだ。そんな、ひとりぼっちの午前中に溜まったわずかな甘えを言葉の奥に込めてしまった。
    「一緒に行くだろ?」
     じっと鈍色の輝きに視線を向けていると、やがてカーテンの隙間から差し込む午後の陽よりも強くストーンが瞬いたように見えた。



     日差しは強いが、風は涼やかで気持ちいい。
     つまりは絶好の散歩日和だ。
     帰りにスーパーでも寄ろうと思い、エコバッグと財布、鍵とスマホだけ持って外に出た。
     木陰が涼しいと気づいてからそちらの方にばかり歩いていけば、やがて近隣の大きな公園に行き着く。連休の初めに家族でピクニックに来た場所だ。ハンドメイド作家の集う催しが終わった公園に人はまばらで、場所取りに少し手間取ったあの日のような混雑は無い。日課としてジョギングしているらしい人々や子連れの姿が寂しく無い程度にあるものの、公園のメインストリートに並んでいたキッチンカーもすっかり消えて、なんだかこざっぱりとして見えた。
    「今日もいてくれたら良かったのに」ポケットの外から触れたストーンの輪郭を意識すると、思わずそんな言葉が口をついて出る。
     ピクニックの日、ブレーザーはほんの数秒俺の体を使って肉の塊が焼かれるケバブのキッチンカーを興味深げに見ていた。当時は弁当があるからと買ってやることは出来なかった。もし今日もいてくれたら味を確かめることが出来たのに……。ほろ苦い後悔が胸に渦巻く。
     俺がぼやいてもストーンは発熱しない。
     今だけでは無い。ゴールデンウィーク中のブレーザーはとても大人しかった。発熱して俺に何かを訴えかけんとする事は片手で数えるほどもなく、元々発熱があったとてろくに意図を汲み取れない俺からしたら、この平和な日々をブレーザーがどう感じているかなんて想像のしようがない。精神宇宙に呼び出してくれてもよかったのだがそれも無かった。
     勇ましく吼えて怪獣を狩る彼にとって、穏やかな日々は退屈そのものだったのかもしれない。
     公営テニスコートの裏、人気のない道に並ぶベンチの一つに腰掛ける。木々のざわめきを背景に、テニスを楽しむ学生たちの軽快なラケットの音だけが聞こえている。ここならばストーンに話しかけていても怪しくないだろう。
     ポケットから取り出したストーンは手の中でひんやりと馴染んでいた。
    「今週は、君にとっては退屈だったかな」
     怪獣災害の絶えないこの国で、《怪獣の影も形もないこと》自体がニュースになるほど嘘みたいに平和な一週間だった。まるで俺たちが永劫目指してきた日々が叶ったようだった。だがそれはブレーザーにとっては何の獲物も存在しない状態を示すことになる。
     きっと永遠に続くわけではないだろう。五分後には現出の知らせが来るかもしれない。それでも、俺はいつかこの戦いが終わることを願っている。だがもしも本当に怪獣が現れない、もしくはブレーザーの力を借りずとも人間だけで十分対処可能になったら。俺が危険な任務から離れるとなったら、彼も「これ以上なすべき事は無い」と思うのではないか。
     これは小型ゴンギルガン掃討作戦の時にも考えていた事だ。もしワームホールが使えるようになって故郷に帰ることが出来るようになったら、その時は君の意思を尊重したい――心の準備は出来ている。
     そう伝えた時、ブレーザーが強く発熱した理由を俺は測りかねていた。
     わかりそうでわからないブレーザーの気持ちに思いを馳せる時間は日に日に増していく。俺に出来ることは信じることだけだから、重さを増す信頼を押し付けていないかも気になってしまう。
     かけた言葉への反応を待たずに巡る思考が重さを増す。

     不意に、視界が俺の意思に関係なく動いた。

    「あ」
     目をブレーザーに乗っ取られている。
     彼が俺の体を使っている。
     すぐその考えに行き着いたのは、体の感覚が膜一枚張ったようにぼんやりしたものになったためだ。夢を見ているかの如く、ふわついた意識が体につながっている。ブレーザーが立ち上がってテニスコートの方へと近づいた。だが目当てはテニスではないらしい。フェンスの手前で咲く濃いピンク色のツツジをじっと見つめている。
     ツツジ? いったいどうして。
     ブレーザーは緑を押し除けんばかりに咲き誇った花々に手を伸ばす。指先が触れた花は少しだけ乾いていて、花弁の縁が茶色く萎びてきていた。ゴールデンウィークはかなり暑かったから日向の花ほど早く咲いて早く萎れてしまうのだろう。ピクニックに来た時はまだ瑞々しく咲き誇っていて、小さい頃は花をちぎって蜜を吸ったりしたもんだとサトコと話していたというのに。
     視界は引き続き数十メートル続くツツジの植え込みを探る。手がいくつもの花に触れて、萎びているとわかるとすぐ次に移った。たまに違う花に触れては立ち止まるが、俺がツツジでは無いことを意識すると彼は再び歩みを進めた。
     小さな白い薔薇、ツツジ、白いツツジ、よくわからない花、よくわからない木、どんぐりの木を横切って、花の大きなツツジ、花の小さなツツジ、たぶん普通のツツジ。彼が触れるものの名前を思い浮かべていく。答えられるものは存外少ない。
     少しして、影になった場所に咲くツツジの花を見つけて足が止まった。指先に新鮮な瑞々しさを感じ、視線もそちらに向く。小ぶりだが鮮やかな赤っぽい花が綺麗なツツジだった。
     これが君の目当てだったもの?
     ブレーザーはこちらの疑問に答えない。だがようやく見つけた花の一つを毟って根本の部分に口をつけた。そのまま深く息を吸い込む。俺とサトコが話していた、子供の頃やった蜜吸いのように。
     舌先に香り高い甘味が広がって、鮮烈な刺激にブレーザーの肩が跳ねた。体の感覚が急速に戻ってくる。
     蜜のなくなった花が手から落ちていった。
    「ブレーザー」思わず名前を呼んだ唇には未だ甘さが残っている。
    「話を覚えていて、やってみたかった……のか……?」
     慌ててストーンを取り出し声をかけると、彼は静かに瞬いた。あの時もブレーザーはポケットの中にいたから、確かに聞こえていたのだろう。そう納得した次の瞬間にはまた感覚が遠のく。
     今度は何をするつもりだろうか。
     ブレーザーが首を回して周囲を見やる。風に揺れる木々の木漏れ日に透ける太陽を見た。テニスをする学生たちや、遠くで楽しげに遊ぶ家族らと、その間で跳ねるボールも。飛んでいる蝶も見ているし、それから。
     手元に目を落とす。
     手の中のストーンは彼が活動している事を示す燐光を放っている。包むように指を一本ずつ折り曲げてストーンごと握りしめた拳を、ブレーザーは胸に押し当てた。

     宝物を抱く気分。
     見えるもの全てを愛しむ気持ちが静かに胸の奥に満ちていく。

     どくん、どくん、どくんと、心臓の鼓動が揺らす手をじっと見つめる視界が、いつの間にか俺のものに戻っていると気づいたのはフェンスにテニスボールが当たった音を聞いてからだ。
     はっとした。俺とブレーザーの境界がこんなに曖昧なのは戦う時だけだと思っていた。
     拳を鼓動が強く揺らしている。
     熱く詰まった喉の奥から、少しずつ言葉が溢れていく。

    「嬉しかったんだ」
    「隊のみんなが俺が休めるようにしてくれて」
    「怪獣も全く現出しなかったから、世間も休みを楽しんでいた。俺も家族とゆっくり過ごせた。こんなこと本当に滅多になくて、幸せだったんだ」
    「君も」
    「ブレーザーも、同じ気持ちだったんだろ?」
    「俺たち家族と一緒に休みを楽しんでいたんだよな」

     胸の奥に残る愛おしさは、きっとブレーザーがストーンに戻る前に置いていったものだ。
     ポケットの中から俺の目を通して世界を見ている君は、見聞きしたことのうち気になるものをあれこれ確かめて知っていく。穏やかな日々の中でも変わらず好奇心に胸を踊らせて、一緒に平和な日常を愛おしく思いながら楽しんでいるのだろう。
     だからきっと俺の心配は全部杞憂で、ブレーザーはそれを伝えたかったんじゃないか。
    「合ってるかな」
     手を開いて彼の姿を確かめれば、手の中で温められて同じ温度になったストーンが瞬きを返してくれた。
    「うん、俺たち二人でのんびりする日があってよかった。君と少し話ができた気がするから」
     今日みたいに家族が各々自由に過ごす日に暇を持て余したって、俺に付き合ってくれるブレーザーがいる。
     ブレーザーが怪獣のいない日々に暇を持て余したって、付き合ってやれる俺がいる。俺たちはそうやって大切なものに囲まれた一生を果てなく共に歩んでいける。
     そんな不思議な確信を得たから、なんだかほっとした気持ちのまま座り込んでしまった。
    「なんか、思ってたより緊張してたみたいだ」
     ストーンを握る手が勝手に動いて、頬をビタリと叩く。痛くはないが、大袈裟なやつだとブレーザーに言われた気がした。
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