七章前夜 狭い部屋には寝息が響いている。湿気た平たい布団の上で一番は何度目かの寝返りを打った。今日はなかなか眠気がやってこない。それが気合なのか緊張なのか、何かの予感のせいなのか考えあぐねて一番は大きく息を吐いた。
明日は大きな計画が待っている。潜りこんでいるバイト先、横濱貿易公司の倉庫で一仕事をする日だった。監視の目を盗んで偽札を一枚持ち帰る、決して悪くない作戦のはずだ。うまくいけば明日が最後のバイトになるだろう。『やっと肉体労働とおさらばだ』と嬉しげだった誰かを思い出し、一番は軽く笑う。少し肩の力が抜けた気がした。
ぐう、と大きないびきが聞こえて一番は横を向く。部屋の隅では足立が気持ちよさそうに眠っていた。そういえば皆で夜食を食べたとき、紗栄子にずいぶん飲まされていたなと思い出す。飲ませた当人も今はすこやかな寝息を立てている。初めは二人暮らしの仮住まいのつもりだったこの部屋に、今はパズルのように布団を四つ敷き詰めている。窮屈だが居心地は悪くなかった。ずいぶん賑やかになったなと思うと、一番の胸は温もった。
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