今すぐにここを出ていかないといけない、と思った。
ハスクはその時、洗面所の鏡に映るくたびれた中年の男を眺めていた。泥のように濁って落ち窪んだ瞳がこちらを見てきた。そして中途半端に生えた髭と、かさついてひび割れた肌は彼を実年齢より随分年嵩に見せた。ささくれた指には指輪の跡が残っている。それが彼だった。
随分、歳を取った。
身体のいくつかの部品がダメになり、足りない部品は機械に入れ替えているし、人間の耐用年数を考えれば、まだ折り返しには少し早いくらいだと言うのに、この有様。いいや、魂のすり減り具合を見れば、むしろ妥当なくらいだと言えるだろう。
ハスクは、自分はどうやら随分長く生き過ぎてしまった、と感じている。けれど、未だ簡単に引き伸ばされた人生は一向にすぼんでいく気配を見せず佇んでいる。夜もすがら、しんとして音ひとつないここにハスクの足跡だけがしていた。
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