鼓動 文字通り、命を懸けて仕事をする自分のことを気に入っている。
かすかな風吹く、月のない夜。
庭園に植えられた黒松の影に身を潜め、屋敷の様子を伺う。情け容赦など通じる相手ではない。万が一にでも見つかれば、生きて逃げ延びるのは困難だろう。
死と隣り合わせであることを自覚して息を詰め、騒ぎたがる鼓動を鎮める。もし武器を取らねばならぬ状況になれば不都合だと、手汗さえ引っ込めた。屋敷に住まう者たち以外、敷地内に生きた人間はいない。咎を追求し、力を削ぐための証拠を手に入れようとする人間はいない。最終手段として、首を狙うことになるであろう人間はいない。生理現象すら意のままに、存在を感じさせぬよう気配を消し、ただひたすら、生き物としての自分を殺して機を窺う。
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