窓に吹きすさぶ強い風の声に利吉は目を覚ました。少しだけ開いていたカーテンの向こう側の無機質な景色には普段と何一つ変わらない色が映る。朝六時半。パジャマのままリビングに向かうと、背広に腕を通す父と目があった。
「利吉、今日も遅くなる。じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい」
通っている学校の近くにあるマンションに、利吉は父と二人で住んでいる。利吉は身支度を整え朝食を腹に納めると、プラスチックゴミで膨らんだゴミ袋と鞄を持って靴を履いた。
「行ってきます」
母は利吉が十歳の頃に交通事故で亡くなった。玄関に飾っている家族写真の中で楽しそうに笑う母をちらりと見て、ドアを閉める。今日もいつもと何も変わらない一日がはじまる。学校に行って、友人と喋って勉強して……嬉しくも楽しくも悲しくもない毎日の繰り返しだ。これでいいんだ。この生活に不満を持たず何も望まず、毎日が繰り返されるなら。いや、それは少し悲しいかもしれない。ささやかな娯楽、友人、父、誰といても何をしていても決して誰にも埋めることの出来ない一人分の隙間が未だに塞がらない。本当は塞がる筈なんてあるわけないのに、その隙間を手の届く範囲内の何かで必死に埋め合わせをしようとしている。それは、寂しくて悲しくもあり、自己嫌悪の塊に未だに真正面から向き合えない自分に残された逃げ道だった。そんなの、どんなに浅はかだなんてわかっている。だが、どうしようも出来なかった。
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