幸福な朝 ランスに向かった彼らはヨハンネスから話を聞き東の国へ向かって…と、今までのことが頭の中で駆け巡り、トーマスは長くため息をつく。
「一度振り返るとずるずると思い出してしまうな」
すっかり乾いてしまった顔をもう一度洗ってタオルで水気を拭っていると、後ろから誰かの眠たそうな声で呼びかけられた。
「おふぁよう、トム〜」
振り返るとふわぁとあくびをして目を擦るサラがそこにいた。おはようとトーマスが応えてサラに場所を譲ると、彼女も顔を洗った。
「随分と早いじゃないか。まだ夜が明けた頃なのにどうしたんだ?」
「うん、だいぶ体調も良くなったし、今日は久しぶりにパンを焼こうと思って…トムこそどうしたの?」
「俺は……」
質問を返されたトーマスは答えられず口を閉じてしまう。サラが姿を消した日のことを夢で見たなんて、言えるはずがなかった。明るく振る舞っていても心に受けた傷は深く残る。あの日のことは思い出したくないだろうし、それまでの苦労を話したところで、彼女の心が救われることはない。
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