【仙楽太子謝憐と兵士花城】足音はしなかった。
それでも目が覚めたのは、その少年が狼のような冴えを持っているからであった。戦地帰りで感覚が鋭敏になっているのも大きいだろう。
家の周囲を何者かが伺っていることを確信すると、刀を持ち、裸足のまま扉の横に音もなく身を添える。
シン……と静まり返った夜半、こちらから蹴り開けてやろうかと目を細めたそのとき、消え入りそうな声で「さんらん」と声がした。
声をかけられたわけではない。その場でただ言ってみた、という調子の声。
しかし、それを聞いた少年は一も二も無く戸を叩きつけるように開け放った。
「殿——」
「三郎!!」
呼びかける前、今度は喜色に満ちた華やかな声と共に、腕の中に白い鳥のような人が飛び込んできた。
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