日吉にある石川道場の奥には、垣根に囲われた庵がある。
その庵の中には、義助という女の牢人が一人、酒をあおっていた。ちゃぽん、という酒の音が日吉の静かな夜によく響いて、なんとも心地よい。風で笹が揺れる音に包まれながら、無遠慮にごろりと横たわる。
知らぬ者が見れば、勝手に他人の庵に入った挙句、酒を盗みあろうことか堂々と部屋の真ん中で呑む命知らずの女牢人に見えるだろう。
おおよそは当たっている。しかし、他人ではない。彼女は待っているのだ。この庵の持ち主を。
「盗人を家に招いた覚えはない。」
ふと、静寂を破る声がひとつ。しゃがれてはいるが、空気がぴんと張りつめる鋭い声。
義助は気だるげに起き上がり、声のした方を向く。
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