「由比、お帰り」
「あぁ、…もう仕事はいいのか?」
「ええ、」
そんなやりとりをしながら目を合わせるのは、高そうな革靴が一足だけ土間に出ている玄関。照明を品良く反射する床に、それらしい光沢を保ったステアの靴で踏み入れば、背後ではオートロックの音がした。
「お疲れ様」
「ありがとう、朝晴も」
由比はくく、と口角が釣り上がるのを抑えながら朝晴を見た。
───玄関まで来るなんて。
自宅に帰ってきてからも家業に忙しい彼がこの時間をゆったりと使うことは珍しかった。コーヒーと書類片手にリビングで「おかえりなさい」「ただいま」と一言だけ交わす日の方が多いくらいだ。言葉が少なくとも嫌な感じはせず、気の置ける関係らしくてそれが好きだったりする。
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