忠なし義なし、野心あり 美濃国岐阜城下、鍛錬場。晴天の下、その庭へ織田家の武士たちが集っていた。ひとくちに武士といえど甲冑に身を固め刀槍をたずさえた者、薄い小袖をまとった丸腰の者、上裸で瓢箪の酒をあおる者……と、その姿はさまざまである。
「さあ、次に仕合いたい者は誰だ」
板張りの道場から、小柄な男が声を張り上げる。普段は庭との境となっている雨戸が外されており、その声は遮られることなく武士たちの耳へまっすぐに届く。彼の背後、上段の間には畳を敷き胡座をかく男が一人。
「信長様へ直に己の活躍を見ていただけるまたとない機会だ! どんどん名乗り出てくれ!」
ここでは今、御前仕合が行なわれている。織田家当主・信長へ自らの武勇を示すべく各々が腕を競い合う場……ではあるが、それを観戦せんと娯楽気分で参じた者が大半のようで、名だたる将たちが大方仕合を終え去った今、舞台に上がる者を募る藤吉郎の声に、彼らは周囲を見まわし互いに厄介ごとを押しつけ合おうとするばかりであった。
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