商業の国と名高い璃月の港は、朝夜分け隔てなく漁船や商船で賑わっている。ごくありふれた今日の昼間も例外ではなく、そんな港を見下ろせる場所に位置する小さな家の庭で、閑雲は機巧を弄っていた。共に暮らしている弟子は出掛けており、彼女は一人の時間を悠々自適に過ごしている。
「ごきげんよう、仙人様。今は閑雲さん、なんだっけ?」
そんな折に、閑雲は男の声に呼び掛けられ顔を上げた。見ると、雪を思わせる白い外套にフードを目深に被った男が立っていた。外套を飾る装飾の意匠とフードから伸びる柑子色の襟足を認め、閑雲は眉を顰める。
「貴様は……ファデュイの『公子』か。妾に何の用か。冷やかしなら帰るがいい」
ファデュイ執行官第十一位「公子」タルタリヤ。彼はかつてこの港に災厄を齎した冬国の使者であり、その出来事は閑雲が山を降り港で人々の暮らしの中に身を紛らそうとしたきっかけの一つにもなった。璃月を長きに渡り見守ってきた岩王帝君を暗殺した犯人であるとの噂が立ち、少しして彼は璃月を離れたと聞いた。その彼が何故ここにいるのだろう。疑問はあるものの、厄介事に巻き込まれたくもない。閑雲は立ち上がり、家の中に戻ろうと踵を返した。
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