○199x年 7月
それは活気のない談話室にぽつんと佇んでいた。窓辺に立て掛けられた笹は、偽物の葉を携えるばかりで一切の飾り付けもなく、ただ項垂れている。傍には歪に切られた折り紙の短冊が数枚と、芯が柔らかめの鉛筆が用意してあるが、それらが使われた様子はない。
僕は鉛筆を手に取った。
「順調にいけば7月には退院できるかもしれません」
先生がそう教えてくれたのは、雨続きの真ん中あたりだった。僕は、すっかり、季節というものが馴染んできて、雨の日には食欲がなくなるなあとか、そういうことを考えていた。
目が覚めるまでの8年間という時間に対し、リハビリのための病院に移るまでの期間の短さ。さらに大きな障害も残らず歩行器を使い歩けるまでに回復する、ということは、奇跡というほかないらしい。
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