「目を閉じて。」
ゆっくりと口の形とジェスチャーで伝えたその言葉に、マユミくんは不思議そうな顔をして頷いた。
いつものようにこっそり僕の部屋のベランダまで来た彼の手には、みずみずしい薔薇の花がひとつ。受け取れない、だけど受け取りたい。……葛藤して、結局受け取って枯らしてしまう僕は、ただの愚か者だ。
ガラスの外、至近距離。おでこを窓に当てて目を瞑ったマユミくんの顔。庭仕事の時は少し皺の寄った眉間。すっと通った鼻すじ。薄い唇。閉じられた瞳。窓枠にかかった、節ばった指先。手袋を取ってそこに自分の指を這わせる。もし、指を絡め合えたら。その肌に触れることができたら。
(全部全部、願うことすらおこがましい。)
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