ひとのやさしさが どくになることを、僕は知らなかった。
暗殺の命を受けた僕が貢物として献上された国、そこは豊かで広大で優しい人たちの生きる場所だった。僕が毒姫だと、王を暗殺するために来たのだと知ってもなお、そういう風に生きていたなら、命令されたなら君は悪くないと言って許してしまう、そんなお人好しばかりの国だった。
好きなだけここにいていいんですよ。
アンタは「人間」としての生き方を学ぶべきです。
年若く不遜で天才な王様はそう言って、僕を客として迎え入れて、もてなしともいえるような満ち足りた暮らしを与えてくれた。
ごめんなさい。
故郷に遺してきた、未だ毒姫としての生活を強いられている子供たちに向かって届かない謝罪を繰り返す。
毒なんか入ってない、苦くも痛くもない、甘いお菓子。美味しい食事。それを毎日食べられる幸せ。暗殺の手管を繰り返し繰り返し刷り込まれることもない、平穏な生活を送れる幸せ。
そう、僕は、幸せだ。僕だけが、しあわせだ。
だから罰が下ったのだ。
窓を開ける。
ぽつりと花が落ちている。
少し遠くに、夜の闇に紛れるように霞んでいく赤い髪が見える。僕の部屋のバルコニーから降りる時ついた葉っぱを払いながら遠ざかっていく後姿。
「……ごめん、なさい」
部屋の外、窓辺に毎夜置かれるみずみずしい花。今夜もまたひっそりと置かれた花は、手に取った瞬間僕の毒に負けてみるみる生気を失っていった。
もらった花を花瓶に生けることすらできず、ただ枯らしていってることを知ったら。この、人を殺すことしかできない身体のことを知ったら。きっと僕は嫌われるだろう。そのことにおびえることが、その人がくれるものを愛せないことが、 その人に 触れられないのが、……僕の罪と、罰。
「まゆみくん」
全身の体液が人を殺す毒と成り果ててしまった僕が人を愛するなんてあってはいけないことなのです。だから僕が彼を好きだなんてありえないことなのです。
器用に庭の手入れをする武骨な指先も 僕を映す翡翠の瞳も 低く穏やかに僕を気遣ってくれる声も ぜんぶぜんぶ好ましいと思う事すら許されない。許されない許されない許されたいまゆみくん、まゆみくん。
あの唇に触れてみたい、百々人と僕を呼んで三日月の形にゆるく変わる口元に触ってみたい、おもうことすらおこがましいのに僕は、ぼくは、あああああ。触れたらマユミくんはしんでしまう、今まで僕がころしてきたひとたちと同じように。
マユミくんが僕の舌を絡め取った瞬間彼は口からごぼりと血を吐いてしんでしまう、そんなの、そんなの、耐えきれない。マユミくんの、目が、口が、指が、腕が、みんな動かなくなる、そんなの、せかいのおわりだ。だから僕はまゆみくんのことなんかすきじゃないのです。伸ばされる腕が迷惑だから振り払うのです。みつめてくる瞳の熱が鬱陶しいから目をそむけるのです。柔らかく名前を呼んでくる低くて心地のよいとろけそうなこえがだいきらいだから耳を塞ぐのです。手袋を付けずにもらった花に触れて彼の善意ごと枯らしていくのです。ぜんぶマユミくんが好きじゃないからです。マユミくん、まゆみくん、だからもう、やめてほしい。
僕がぜんぶわるいんだから、もう、僕に、これいじょう、キミを好きにさせないで。
キミに触れたいと思わせないで、
きみを、ころさせないで。
まゆみくん。
溢れた涙でさえ、人を殺す劇薬。愛が奇跡を起こすなんておとぎ話は通用しない。
だから僕は今日もマユミくんを拒絶する。
その度に締め付けられる胸は正常な呼吸の邪魔をして、まるで毒を盛られたような眩暈をつれてくる。
いっそしんでしまいたいと、そう思うことも罪深くて、明日も僕は罰を受けながらしあわせに暮らしてしまうんだろう。