帰った客の席を片付けていた深幸の耳にバーのドアが開く音が聞こえてきた。片付けていたものを置いてドアの方を振り向くと、見慣れた顔が目に入る。バンド練をするときにはもちろん、シェアハウスでも飽きるほど見るその顔。一度ここに訪れた時以来、たまに来るようになったバンドのリーダー。里塚賢汰の顔だ。
「なんだ、また来たのかよ。バーがここしかないわけでもないのに」
「フッ、バーテンダーがそんなこと言っていいのか?」
「来たらいつも俺の前に座るからだろ。お前の顔を見ながら仕事する俺の身にもなってみろよ。それとも、もしかして俺の顔が見たくて来たとか?」
「さあな、そうであって欲しいのか?」
「はあ? 何言ってんだ」
冗談半分、苛立ち半分の言葉を賢汰は笑顔で突き返した。そしていつものバーカウンターに座る代わりに、その答えに敏感に反応する声を後ろにして足を動かし続けてバーの片側にあるステージに向かった。
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