古い古い夜の話 もう、夕暮れにはヒグラシが鳴く時期だ。それにも関わらず、その夜は随分蒸した。シャツの内側に張り付いた熱気が肌をじとりと湿らせる。真島は唸り声を上げて短く切り揃えられた前髪を掻き上げた。その苛立つ背中を冴島は黙して見ている。重たい夏の空気が、口を開くのも憚らせるのだ。
「暑い!」
叫ばれなくても分かっている。冴島が返事の代わりに嘆息したのが気に食わぬ様子で、真島の首がぐるりと後ろへ回った。熱帯夜が真島の気まぐれの振り子の速度を上げている。
「なんか気の利いた事言えや冴島。アイス買うて来たろか、とか」
「無茶苦茶言いおる。こない深夜にどないせえっちゅうねん」
時刻は草木も眠る丑三つ時である。真島の方は集金仕事の後で、懐具合が良いからと神室町の外へと冴島を呼び付けたのは良いものの、調子に乗って些か高い酒を飲み過ぎた結果が今だ。タクシーを呼ぶには財布が心許ない、帰り着くには歩けば歩けぬ距離でもない、とくれば、若い二人の選択肢は徒歩しか無かった。歓楽街から少し離れたそこはコンビニの一つもない。折角の値の張る酒も、もう汗ですっかり抜けてしまっている。
5553