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    ひとき

    細々と文章を書いてます。
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    ひとき

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    【腕(かいな)】

    書きかけてなぜか忘れていた煉義の大正軸小話。
    無くした腕が痛むとみおかさんの話。

    #煉義
    refinement

    「腕が痛むんですか」
     尋ねるアオイにこくりと冨岡義勇は頷いた。
    「でもそちらは」
    なくした右腕。
     主を失った蝶屋敷。それでも無惨との戦いで傷ついた自分たちを癒やしてくれるかけがえのない場所だ。傷ついた者たちに寄り添い、手を当て、尽くす彼女たちの中に胡蝶の意思が息づいているのだろう。
    「肉体の一部を欠損した場合、脳が欠損部分をまだ在ると勘違いしてしまって失った部分にかゆみや痛みといった感覚を覚えることがあります。しかしあまりに強い痛みというのは症例が少ないようです。…とにかく念のため傷口の検査をしましょう」

     また優しい人に手間をかけさせてしまうと、青い透きとおった瞳がそっと伏せられた。



     暗闇の中、横たわった寝台の上でハッハッと浅く息を吐いていた。時折訪れる強い痛みの波を唇を噛んでやり過ごす。
    「うう…っ」
    噛み殺せなかった呻き声が漏れた。
    右腕が、灼けるように痛い。あのとき千切れてなくしたはずなのに。
    なぜだ。
    ないはずの手首が、掌が、指が指先が、爪の間が。焼けついて痛い。
    あまりの痛みに寝台の上をのたうちまわった。寝入ろうとすると最近はいつもこうだ。
    「っふ…くっ…」
    声が漏れる。俺はこんなに堪え性がなかったか。痛みに蹂躙されるうちに窓の向こうが白みだした。朝が来る頃にようやく痛みに慣れてくるのが常だ。慣れと疲労の狭間で冨岡義勇は意識を手放した。


    「昨日も眠れなかったんですか?」
     暗闇は夜に似ているので無意識に避けているらしいと気付いたのはほんの三日前のこと。それ以来、積極的に昼日中、太陽の明るい場所で休息をとるようにしている。
    ぱか、と瞼を開けると赫い瞳の弟弟子。
    この前もここでうとうとしていたら散歩中の炭治郎に出会って、何故こんなところにと訊かれたのだったか。
     無言で瞬きをする間に俺と違って敏いこの子はすぐに察してしまう。
    「この桜の下は日当たりがいいけれど、根っこがゴツゴツして寝にくくないですか?」
    「…大丈夫だ」
    「首を寝違えたりしないでくださいね!それと、もう少ししたら日が陰ってきますよー」
    ひらひらと右手を振って行ってしまった。

     本当に不思議なほどこの場所は安心する。
    やはり昼間だからだろうか。もう、夜の闇は鬼を連れてこないのに。



     また夜が痛みを連れてやってきた。眠らなければいいのではないか、目を瞑らなければいいのではないかと体を横たえるのをやめる。暗闇の中、寝台の上で膝を抱えてまんじりともしない夜半。
     痛みの進行は遅い気がする。それでも〝在る気配〟が濃くなってくる右腕。なんだ、なにがしたい。ジクジクとここに在りながら腐り落ちていくような、忘れるなと言っているような未練たらしい痛みだ。
    だんだんと腹が立ってきた。実際にここに腕が在ったなら自ら切り落としただろう。無いものに支配されていくような感覚が気色悪い。
    鬼と戦っている時でさえ敵はそこに在った。無いものを相手にする厄介さ。無くても斬る術を見つけなければ。ああしかし、この痛みが思考を寸断する。少しでいい、痛みが引く方法はないのか。
     昼間、桜の下で眠ったことを思い出した。他の木の下では駄目だった。なぜかあの桜の下なら眠れた。もしかしたら。少しでも楽になるかもしれないと痺れる体であの場所へ。



     もがくように足を出す。ようやっと目にした桜よ。肩からくずおれて、ようよう意識を手放した。




    「腕が痛むのか」
    「あ」
     暗闇の中、そろ、と傷口を撫でられる。じゅんと滲みた。
    そのまま掴まれる右の腕(かいな)。

     掴まれた。痛みだけでなく掴まれた。
    二の腕から肘の先をくすぐり、肘から下を掌で包むように手首まで。無いはずなのに、無いと散々言われたのに。在るかたちを浮き彫りにしてゆく。あたたかくすらある掌にこんな風に触られたことなんてない。指先が触れたこともあったろうか。
    やがて掌をぎゅっと合わせて指を絡ませ握る。もう無い俺の右手とお前。

    「煉獄」

    「ああ、久しいな」

    横たわる俺に沿うように座る懐かしい姿。鼻の奥がつんとした。

    「なぁ、冨岡はこの腕で何がしたい」
    「…え」
    きゅ、きゅっと軽く握られる右の手。まつ毛を伏せた琥珀の目が光る。
    「もう無くしたのに?」
    「あるだろう、ここに。現に俺は今こうして握っている」
    ぎゅっと握られた手を少し浮かせる。
    「なぁ、この腕で何がしたかった」

    「…料理がしたい」
    「何を作るんだ?」
    「不死川が生きている。世話をかけているんだ。だからあいつの好物のおはぎでも」
    「冨岡は料理ができるのか?」
    「いや、したことがない。でもしてみたいと思う」

     右肩を下に巻き込むようにしていた体を仰向けた。
    肺に冷たい空気が満ちる。

    「おはぎが作りたいだけか?」
    「…炭治郎の手紙に返事を書きたい」
    「竈門少年か!」
    「そうだ」
    頷く。
    「あいつはマメだからよく手紙を寄越す。たぶんこれからも変わらんだろう。一度くらい返事を書いてやりたかった」
    「…うむ、そうだな」
    煉獄が頷き、金色の髪が羽織の肩をすべった。
    「それから、お前の好物を焼きたいな」
    「む、サツマイモか!」
    「ああ」
    とたん華やぐ気配に微笑む。
    「左手だけでも出来るだろうか」
    「…冨岡」
    「お前の墓に供えに行くんだ」

    「なぁ冨岡」
     ひどく透明な声に呼ばれた。
    「君の腕はもうこの世のものでなくとも、共に在る者たちがいる」
    「うん」
    見下ろす双眸が太陽のよう。
    「そうだな…炭治郎や禰󠄀豆子に手伝ってもらう」

     両目尻から伝う涙。煉獄の指が拭おうとしてすり抜ける。
    「この右腕は俺が預かろう」
    きゅうっと力が込められて掌が密着した。
    爪の先までもわかっていた感覚がすうっと薄れてゆく。
    「ああ、頼む」

     誰よりも強く美しい男が立ち上がった。
    「またいつか」
    振り返る。
    「ああ、また」

     左の腕を伸ばした。
    あの微笑みに届かない。
    両眼から流れでた涙が耳殻に溜まっている。
    伸ばした左腕の向こう、明るく輝きだす太陽の光。待ち遠しくて怒りすら募らせた朝が。
    今度は会いたかった相手を連れて行ってしまった。やはり好きじゃない、朝日。暗闇にうずくまっては待ってしまうけれど。

    「…煉獄、また」

     あいつが持っていってしまった右腕は、きちんと“なくなって”いた。
    微塵も痛まない。できないと嘆くこともない。
    それは諦めではなく、今の絆で生きていく覚悟。生き抜く覚悟。
    俺が生き生きてもう一度お前に会えたなら、預けた右と残った左と、両の腕(かいな)で抱き合えるだろうか。


    「またな」




    「とみおかさーん!」
     すっかり白んだ空に、自分を探す声がする。
    じき見つけてくれるだろうが、その前にと左腕の袖で顔を拭った。
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    ひとき

    MOURNING【腕(かいな)】

    書きかけてなぜか忘れていた煉義の大正軸小話。
    無くした腕が痛むとみおかさんの話。
    「腕が痛むんですか」
     尋ねるアオイにこくりと冨岡義勇は頷いた。
    「でもそちらは」
    なくした右腕。
     主を失った蝶屋敷。それでも無惨との戦いで傷ついた自分たちを癒やしてくれるかけがえのない場所だ。傷ついた者たちに寄り添い、手を当て、尽くす彼女たちの中に胡蝶の意思が息づいているのだろう。
    「肉体の一部を欠損した場合、脳が欠損部分をまだ在ると勘違いしてしまって失った部分にかゆみや痛みといった感覚を覚えることがあります。しかしあまりに強い痛みというのは症例が少ないようです。…とにかく念のため傷口の検査をしましょう」

     また優しい人に手間をかけさせてしまうと、青い透きとおった瞳がそっと伏せられた。



     暗闇の中、横たわった寝台の上でハッハッと浅く息を吐いていた。時折訪れる強い痛みの波を唇を噛んでやり過ごす。
    「うう…っ」
    噛み殺せなかった呻き声が漏れた。
    右腕が、灼けるように痛い。あのとき千切れてなくしたはずなのに。
    なぜだ。
    ないはずの手首が、掌が、指が指先が、爪の間が。焼けついて痛い。
    あまりの痛みに寝台の上をのたうちまわった。寝入ろうとすると最近はいつもこうだ。
    「っふ…くっ…」 2798

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