寂しがりの神様へ スネージナヤでは珍しく吹雪が止んでいる日だった。人里離れた場所で灯りは無いが今は雪を降らすぶ厚い雲も無く、夜空に瞬く満天の星とその光を溶ける事の無い雪が反射して辺りは明るいぐらい筈だったけれど、どんどん薄暗くなってくる。自分の視界が閉ざされてきていたからだった。濁音交じりの呼吸が煩わしい。手足の感覚が鈍い…と言うか、“無い”のかもしれない。
「(珍しく、暫くはスネージナヤに居れそうだったのに…)」
本当に珍しく本国での任務を与えられていた。執行官になってからは女皇様への報告のついでか、休暇を作ってやっと数日間家に顔を出せるぐらいだったから、毎日では無いものの週末とかに気軽に顔を出せるのでテウセルが凄く喜んでくれた。トーニャが母さんと一緒に作ってくれた手料理も頻繁に食べれるし、やっぱり家族と側に居れるのは良いなと思った。だからと言って油断していたつもりは無かったのだけれど。
自分の在り方のお陰で敵が多い事は自覚している。
国外での任務に当たる時は自分の部下しか居ないし、特別な事はしてないけど不思議と自分を慕ってくれる部下が多いので紛れ込んだ敵意を向けてくる者の排除は容易だ。けれど、まぁ、ファデュイの本拠地であるスネージナヤではその敵意を向けてくる人間がごまんと居る訳で、そういう連中が徒党を組んで襲ってきた。
人里離れたところ俺を連れて行こうとしていたのもバレバレだし、徒党を組むようなヤツらだからと侮って態と誘いに乗った。戦闘力が大したことが無かったのは事実だけれど、まさか自爆覚悟で俺を殺そうと考えてるとまでは思いも寄らなかった。
俺は生き残ってこそと思っているから、女皇様からの命なら兎も角個人的な理由で自分の命を捨ててまでなんて考え付かない。そういう事もあって判断が遅れてしまった。飛び込んできた相手が胴体にダイナマイトを巻き付けていて、その導線には既に火が着いていた事に気付いて咄嗟に水元素で即席のバリアみたいなものを作ったけれど、まぁ、精度はイマイチで起った元素反応で文字通り残っていた相手は全員跡形も無く蒸発したみたいだけれど、俺自身へのダメージも酷かった。多分色々吹き飛んでるけど、もう痛みすら感じない。
失われていく視界で夜空をぼんやり見上げながら、最期を待っていると静かに足音が聞こえてきて「嘘でしょ…」と心の中で呟いた。その足が踏む地面の状態が違えど聞き間違える筈ない足音は、このスネージナヤに居る筈が無い人のものなので幻聴だと思いたかった。元々いつまで生きれるか解らない生き方をしているので出来るだけ心残りは作りたくなかったから、だから何も言わずに次の任務地に移動してそれきりだったのに。
「…はは…久しぶり、だね、鍾離先生…」
まるで璃月港を散歩してるだけ。この雪で閉ざされた国には不釣り合いな軽装で俺の事を見下ろしていた。星明りよりももっと強い光を放つ石珀色の瞳が揺らいだかと思うと、先生は膝が濡れてしまう事も気にせずに腹が立つほど長い脚を折りたたみ跪いて、さっきよりもずっと近い位置で俺の事を覗き込んでいた。
「公子殿…」
形の良い唇を震わせて俺を呼ぶ声は笑っちゃうぐらい弱弱しい。あぁ、もう、そんな顔をさせたくなかったんだよ。
6000年以上も生きてる神様。璃月を治めていた神様としてだけでは無く魔神戦争を勝ち抜いた武勇から武神ともしても崇められている。凄く強いのにその心は結構繊細だったりして、大昔の旧友の事を時折思い出しては酷く寂しそうな顔をする。
俺が璃月に居る間なんやかんやで親しくなってく内に、先生が俺の事を何だか特別に想ってるみたいだという事に気付いてしまった。何でかって?それは俺の方が先にそういう風に先生を想ってしまったから気付いてしまっただけ。
先生の特別な存在にはなりたくなかった。先生は忘れる事が得意では無いから、一年とちょっと一緒にご飯食べたり観劇したりしただけのただの友人でさえ忘れれないかもしれないのに、特別な存在なんかになってしまったら、どうしたって本当にただの人間でしかない俺は絶対に先生の事を置いて逝ってしまい、この寂しがりの神様を悲しませてしまう。だからのらりくらりと気付いてません。気付かないで。と願いながら交流して、ただの友人のまま俺は璃月を去った。最初の頃は有ろうことか女皇様経由で手紙を寄越してくるものだから驚いた。頑なに送り返さないで居たら手紙は来なくなったので俺に愛想が尽きたか、いい関係を築ける真っ当な相手でも見つけたんだと安心してたのに。
こんな碌でもないヤツを放っておいてくれないなんて、馬鹿な先生。
「せん、せ…」
「公子殿っ、無理に喋らなくて良い」
声を出すとヒューヒューと変な音が混じってしまうけれど、最期の力を振り絞る。
「俺の忠誠は女皇様のものだし…、心は家族のもの…だから、先生には俺の魂をあげる…欲しかったら、だけど。」
璃月では人は死んだらまた生まれ変わるって信じられてるみたいだから、本当に生まれ変われるかどうかなんて解らないけど、もしそうなら俺の魂に目印付けるなりなんなりしてくれて良いよ。なんか先生ならそんなこと出来そう。似非凡人だし。それで、次の俺の人生は先生のものにして良いよ。だから、
──そんな顔しないで。
「あぁ、その約束だけで俺は…例え幾星霜の夜を超える事となっても、必ずお前を迎えに行く。今はゆっくり眠れ…」
無理矢理だけど笑顔を作った先生の表情が見えたのを最後に何も見えなくなった。またね。先生。
■■■
「おにーちゃぁぁん」
「あーテウセル泣かないで」
玄関先で俺が学校から帰ってくるのを待っていたらしい末っ子のテウセルが俺に走り寄る直前でべちょっと転んでしまった。慌てて抱き起すけどちょっと膝が赤くなってるけど幸い血は出てないみたい。ワンワン泣くテウセルをぎゅっと抱き締めて慰めてあげる。弟妹を慰めるのは兄ちゃんの役目だからね。
自分で言ってしまうのも何だけど結構面倒見良いタイプだと思う。物心付いた時から無性に誰かを慰めてあげなきゃ。って気持ちが強い。その時には既にトーニャが生まれてて、トーニャが泣きだしたら家族の誰よりも早く駆けつけてあやしてたので母さんに褒められた。アントンもテウセルも、子供は感情を表現する為に泣くものだから何度も何度も慰めたけど、何かが足らない。勿論弟妹は可愛いからそれとは別に面倒を見るのを止めたりなんてし無いけど、俺には他にも慰めてあげないないといけない“誰か”が居るんだ。とそんな傍から聞いたら不思議でしかない事をずぅっと思ってた。
ある日の学校からの帰り道、数m先のイチョウの木の下に居るロングコートを着た背の高い男の人がじぃっと俺の方を見ているのに気付いた。黒い髪の知り合いなんて居ないから、変質者か?と思ったのだけれど、その人の石珀色の瞳と目が合った瞬間ツキンと頭痛が奔った。
その時、頭の中に過ったのは世界史の教科書で見た大昔の璃月港の写真によく似た風景。そう言えば、初めてその写真を見た時に何故かとても「懐かしい」って感じたんだった。伝統的な璃月建築の建物が並ぶ街中を二人で、あの男の人と並んで歩いて、一緒に食事をしたりして…──
次の瞬間、俺はその人に向かって走り出していた。学年で一番早い俺の足はすぐにその人まで辿り付いて、心得たように腕を広げていたその人にその勢いのまま抱き着いた。
「待たせてごめんね鍾離先生っ」
そうだ、俺はずっと、この寂しがりな神様を慰めてあげないといけなかったんだ。
今の俺の腕じゃまだまだ背中には届かないけれど、その大きな体をぎゅぅっと抱きしめた。
■おわり■
スネージナヤでは珍しく吹雪が止んでいる日だった。人里離れた場所で灯りは無いが今は雪を降らすぶ厚い雲も無く、夜空に瞬く満天の星とその光を溶ける事の無い雪が反射して辺りは明るいぐらい筈だったけれど、どんどん薄暗くなってくる。自分の視界が閉ざされてきていたからだった。濁音交じりの呼吸が煩わしい。手足の感覚が鈍い…と言うか、“無い”のかもしれない。
「(珍しく、暫くはスネージナヤに居れそうだったのに…)」
本当に珍しく本国での任務を与えられていた。執行官になってからは女皇様への報告のついでか、休暇を作ってやっと数日間家に顔を出せるぐらいだったから、毎日では無いものの週末とかに気軽に顔を出せるのでテウセルが凄く喜んでくれた。トーニャが母さんと一緒に作ってくれた手料理も頻繁に食べれるし、やっぱり家族と側に居れるのは良いなと思った。だからと言って油断していたつもりは無かったのだけれど。
自分の在り方のお陰で敵が多い事は自覚している。
国外での任務に当たる時は自分の部下しか居ないし、特別な事はしてないけど不思議と自分を慕ってくれる部下が多いので紛れ込んだ敵意を向けてくる者の排除は容易だ。けれど、まぁ、ファデュイの本拠地であるスネージナヤではその敵意を向けてくる人間がごまんと居る訳で、そういう連中が徒党を組んで襲ってきた。
人里離れたところ俺を連れて行こうとしていたのもバレバレだし、徒党を組むようなヤツらだからと侮って態と誘いに乗った。戦闘力が大したことが無かったのは事実だけれど、まさか自爆覚悟で俺を殺そうと考えてるとまでは思いも寄らなかった。
俺は生き残ってこそと思っているから、女皇様からの命なら兎も角個人的な理由で自分の命を捨ててまでなんて考え付かない。そういう事もあって判断が遅れてしまった。飛び込んできた相手が胴体にダイナマイトを巻き付けていて、その導線には既に火が着いていた事に気付いて咄嗟に水元素で即席のバリアみたいなものを作ったけれど、まぁ、精度はイマイチで起った元素反応で文字通り残っていた相手は全員跡形も無く蒸発したみたいだけれど、俺自身へのダメージも酷かった。多分色々吹き飛んでるけど、もう痛みすら感じない。
失われていく視界で夜空をぼんやり見上げながら、最期を待っていると静かに足音が聞こえてきて「嘘でしょ…」と心の中で呟いた。その足が踏む地面の状態が違えど聞き間違える筈ない足音は、このスネージナヤに居る筈が無い人のものなので幻聴だと思いたかった。元々いつまで生きれるか解らない生き方をしているので出来るだけ心残りは作りたくなかったから、だから何も言わずに次の任務地に移動してそれきりだったのに。
「…はは…久しぶり、だね、鍾離先生…」
まるで璃月港を散歩してるだけ。この雪で閉ざされた国には不釣り合いな軽装で俺の事を見下ろしていた。星明りよりももっと強い光を放つ石珀色の瞳が揺らいだかと思うと、先生は膝が濡れてしまう事も気にせずに腹が立つほど長い脚を折りたたみ跪いて、さっきよりもずっと近い位置で俺の事を覗き込んでいた。
「公子殿…」
形の良い唇を震わせて俺を呼ぶ声は笑っちゃうぐらい弱弱しい。あぁ、もう、そんな顔をさせたくなかったんだよ。
6000年以上も生きてる神様。璃月を治めていた神様としてだけでは無く魔神戦争を勝ち抜いた武勇から武神ともしても崇められている。凄く強いのにその心は結構繊細だったりして、大昔の旧友の事を時折思い出しては酷く寂しそうな顔をする。
俺が璃月に居る間なんやかんやで親しくなってく内に、先生が俺の事を何だか特別に想ってるみたいだという事に気付いてしまった。何でかって?それは俺の方が先にそういう風に先生を想ってしまったから気付いてしまっただけ。
先生の特別な存在にはなりたくなかった。先生は忘れる事が得意では無いから、一年とちょっと一緒にご飯食べたり観劇したりしただけのただの友人でさえ忘れれないかもしれないのに、特別な存在なんかになってしまったら、どうしたって本当にただの人間でしかない俺は絶対に先生の事を置いて逝ってしまい、この寂しがりの神様を悲しませてしまう。だからのらりくらりと気付いてません。気付かないで。と願いながら交流して、ただの友人のまま俺は璃月を去った。最初の頃は有ろうことか女皇様経由で手紙を寄越してくるものだから驚いた。頑なに送り返さないで居たら手紙は来なくなったので俺に愛想が尽きたか、いい関係を築ける真っ当な相手でも見つけたんだと安心してたのに。
こんな碌でもないヤツを放っておいてくれないなんて、馬鹿な先生。
「せん、せ…」
「公子殿っ、無理に喋らなくて良い」
声を出すとヒューヒューと変な音が混じってしまうけれど、最期の力を振り絞る。
「俺の忠誠は女皇様のものだし…、心は家族のもの…だから、先生には俺の魂をあげる…欲しかったら、だけど。」
璃月では人は死んだらまた生まれ変わるって信じられてるみたいだから、本当に生まれ変われるかどうかなんて解らないけど、もしそうなら俺の魂に目印付けるなりなんなりしてくれて良いよ。なんか先生ならそんなこと出来そう。似非凡人だし。それで、次の俺の人生は先生のものにして良いよ。だから、
──そんな顔しないで。
「あぁ、その約束だけで俺は…例え幾星霜の夜を超える事となっても、必ずお前を迎えに行く。今はゆっくり眠れ…」
無理矢理だけど笑顔を作った先生の表情が見えたのを最後に何も見えなくなった。またね。先生。
■■■
「おにーちゃぁぁん」
「あーテウセル泣かないで」
玄関先で俺が学校から帰ってくるのを待っていたらしい末っ子のテウセルが俺に走り寄る直前でべちょっと転んでしまった。慌てて抱き起すけどちょっと膝が赤くなってるけど幸い血は出てないみたい。ワンワン泣くテウセルをぎゅっと抱き締めて慰めてあげる。弟妹を慰めるのは兄ちゃんの役目だからね。
自分で言ってしまうのも何だけど結構面倒見良いタイプだと思う。物心付いた時から無性に誰かを慰めてあげなきゃ。って気持ちが強い。その時には既にトーニャが生まれてて、トーニャが泣きだしたら家族の誰よりも早く駆けつけてあやしてたので母さんに褒められた。アントンもテウセルも、子供は感情を表現する為に泣くものだから何度も何度も慰めたけど、何かが足らない。勿論弟妹は可愛いからそれとは別に面倒を見るのを止めたりなんてし無いけど、俺には他にも慰めてあげないないといけない“誰か”が居るんだ。とそんな傍から聞いたら不思議でしかない事をずぅっと思ってた。
ある日の学校からの帰り道、数m先のイチョウの木の下に居るロングコートを着た背の高い男の人がじぃっと俺の方を見ているのに気付いた。黒い髪の知り合いなんて居ないから、変質者か?と思ったのだけれど、その人の石珀色の瞳と目が合った瞬間ツキンと頭痛が奔った。
その時、頭の中に過ったのは世界史の教科書で見た大昔の璃月港の写真によく似た風景。そう言えば、初めてその写真を見た時に何故かとても「懐かしい」って感じたんだった。伝統的な璃月建築の建物が並ぶ街中を二人で、あの男の人と並んで歩いて、一緒に食事をしたりして…──
次の瞬間、俺はその人に向かって走り出していた。学年で一番早い俺の足はすぐにその人まで辿り付いて、心得たように腕を広げていたその人にその勢いのまま抱き着いた。
「待たせてごめんね鍾離先生っ」
そうだ、俺はずっと、この寂しがりな神様を慰めてあげないといけなかったんだ。
今の俺の腕じゃまだまだ背中には届かないけれど、その大きな体をぎゅぅっと抱きしめた。
■おわり■