庚
桜谷ともす
DOODLE悪役不在の物語げんみ❌🔑(y/n)
それとなくSSに仕立て上げたもの
見ようによってはHO1(天ノ原夜庚)✕HO2(片霧千夜)に見えるが別にシナリオ本編中でもデキてないんだよなこれが 4730
moonrise Path
DOODLE長庚。時ちゃんが産まれた日の長田夫婦。あなめでたや、われらが愛し子 十月十日の苦しみが流れ出す。生まれたのは人間の子どもだった。
柔らかな身体。細い手足。産声は縋るようだった。産婆に促され乳を含ませる。小さな手指がしがみついた。
積年の悲しみが奔流となり、揉まれるのは心だけではなかった。眩暈がした。庚子は自らが縋るようにして産まれたばかりの嬰児を抱き締めた。産婆が、やさしく、やさしく、となだめる。皺だらけの手が添えられ、両腕がやさしく赤ん坊を抱く。己の肩さえ、こんなにやさしく抱いたことはなかった。
人間の子。あの化け物のような父とは違う、やさしい瞳の色。私の産んだ子。長田庚子の産んだ子ども。で、あると言うのならば。
龍賀邸より夫が帰る。洗い流してもかすかな腐臭と血臭が漂う。だが今日は気にならない。強い血の匂いを纏わせたのは己もそうだった。産みの苦しみ。流した血の匂い。そして得たのはやさしい瞳の子ども。厭ういわれはない。
1446柔らかな身体。細い手足。産声は縋るようだった。産婆に促され乳を含ませる。小さな手指がしがみついた。
積年の悲しみが奔流となり、揉まれるのは心だけではなかった。眩暈がした。庚子は自らが縋るようにして産まれたばかりの嬰児を抱き締めた。産婆が、やさしく、やさしく、となだめる。皺だらけの手が添えられ、両腕がやさしく赤ん坊を抱く。己の肩さえ、こんなにやさしく抱いたことはなかった。
人間の子。あの化け物のような父とは違う、やさしい瞳の色。私の産んだ子。長田庚子の産んだ子ども。で、あると言うのならば。
龍賀邸より夫が帰る。洗い流してもかすかな腐臭と血臭が漂う。だが今日は気にならない。強い血の匂いを纏わせたのは己もそうだった。産みの苦しみ。流した血の匂い。そして得たのはやさしい瞳の子ども。厭ういわれはない。
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DOODLE長庚と呼んでいいのか。庚子さんの左手薬指に指輪が嵌まっているのを見たらたまらなくなって、書いた。戒指 男の名字を呼び捨てにするのは妻の特権だという。庚子は妻の持つというそれをはなから持たなかった。長田は龍賀乙米のものであり、それは祝言を挙げた今でもやはり変わらないのだ。
故に長田が己の名を呼んだのはいっそ身分不相応にも思われたし、自分の身がそこまで落ちたとも感じられる。
「手を」
と長田は庚子の左手をとった。薬指に金色の指輪が嵌められた。恐れに、庚子は身を固くした。
「……いいのですか?」
長田は表情を変えず、だがわずかに不思議そうに答える。
「夫婦ですから」
「そうではなくて、あなたは……」
その時既に長田の手は離れていた。左手薬指に金の指輪だけが残された。
新床を果たさず、これからも枕を交わすこともない男。だが自分にはあれを長田と呼び捨てる権利がある。私の名は長田庚子だ。この指輪はあの男の妻である証だ。この指輪が薬指に光る限り、あれは私の夫だ。
458故に長田が己の名を呼んだのはいっそ身分不相応にも思われたし、自分の身がそこまで落ちたとも感じられる。
「手を」
と長田は庚子の左手をとった。薬指に金色の指輪が嵌められた。恐れに、庚子は身を固くした。
「……いいのですか?」
長田は表情を変えず、だがわずかに不思議そうに答える。
「夫婦ですから」
「そうではなくて、あなたは……」
その時既に長田の手は離れていた。左手薬指に金の指輪だけが残された。
新床を果たさず、これからも枕を交わすこともない男。だが自分にはあれを長田と呼び捨てる権利がある。私の名は長田庚子だ。この指輪はあの男の妻である証だ。この指輪が薬指に光る限り、あれは私の夫だ。