Musa
糸遊文
DONE【ムーサの骨と品字様(@Musa_kabe)】にて。柊眞先生と担当編集の河原女さん(@momoto_ssk)が冬に迎えた終焉。
泥中の蓮華 しん、と凍てつく夜に染まった部屋にひっそりと在る火鉢の炭が燻っては、僕の悴んだ手をゆっくりと解いてゆく。賑やかな虫の音も途絶えた静かな夜は、どの季節よりも厭った。嘲うようにゆっくりと頭を擡げる寂寥に呑み込まれて、呼吸さえも満足に出来なくなってしまうから――。深淵へと手招く寂寞から目を逸らすように瞑った。
深く深く凍てつく夜気を肺に入れ、かさついた薄い唇を開いてゆっくりと息を吐くのを数回繰り返す。嗅ぎ慣れたインクの匂いに紛れて幽かに漂う、柔らかく甘い蠟梅の香りが凝った心を解していった。
――先生は、私を信じてくれますか?
呂色の絹糸が柔らかな風に弄ばれるままに縋るでもなく淡々と、月もない夜凪のような眼で真っ直ぐに僕を見詰める女性が眼裏にゆらり、と浮かぶ。ここには居ない薄月を求めて、想いを募らせる。右手からころり、と落ちた空の注射器は、人目を厭うように火鉢の影へと転がっていった。
2824深く深く凍てつく夜気を肺に入れ、かさついた薄い唇を開いてゆっくりと息を吐くのを数回繰り返す。嗅ぎ慣れたインクの匂いに紛れて幽かに漂う、柔らかく甘い蠟梅の香りが凝った心を解していった。
――先生は、私を信じてくれますか?
呂色の絹糸が柔らかな風に弄ばれるままに縋るでもなく淡々と、月もない夜凪のような眼で真っ直ぐに僕を見詰める女性が眼裏にゆらり、と浮かぶ。ここには居ない薄月を求めて、想いを募らせる。右手からころり、と落ちた空の注射器は、人目を厭うように火鉢の影へと転がっていった。
糸遊文
DONE【ムーサの骨と品字様(@Musa_kabe )】にて。柊眞先生と担当編集の河原女さん(@momoto_ssk)が迎えた終焉のひとつ。
落華 未だ昼間の暑さを残す夜風が僕の頬を撫で、闇夜に溶け込む絹糸をさらった。ふと、遠くから幽かに響く潮騒に歩を止め、煌々と冴えた月を見上げれば。
「先生?」
陽炎のような不安げに揺らいだ声が数歩後ろから、遠慮がちに袂を引いた。ゆったりと望月から陽炎へと視線を移してゆく。月白の月光を遮るように佇み、双つの深潭が僕をじっと見詰めていた。何の感情も読めぬ深潭は冷ややかなようで、何処か温もりと悲哀を感じて――真意を探るように見詰め返す。
「せんせい、」
ざァ……っ、と少し冷え込んだ風が吹き、彼女の声と共に僕の心を平らにしてゆく。
「私もお供しますから」
風で乱れる髪を押さえ、真っ直ぐに貫く黒曜石のような双眼と僅かに甘く柔らかな声音が、躊躇していた僕の背をトンっ、と押した。
1203「先生?」
陽炎のような不安げに揺らいだ声が数歩後ろから、遠慮がちに袂を引いた。ゆったりと望月から陽炎へと視線を移してゆく。月白の月光を遮るように佇み、双つの深潭が僕をじっと見詰めていた。何の感情も読めぬ深潭は冷ややかなようで、何処か温もりと悲哀を感じて――真意を探るように見詰め返す。
「せんせい、」
ざァ……っ、と少し冷え込んだ風が吹き、彼女の声と共に僕の心を平らにしてゆく。
「私もお供しますから」
風で乱れる髪を押さえ、真っ直ぐに貫く黒曜石のような双眼と僅かに甘く柔らかな声音が、躊躇していた僕の背をトンっ、と押した。