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DONE【チェンソ】岸の家で芽の生えたじゃがいもを見つける吉事後描写あり
岸吉 死と似た温度のまどろみから醒めると、吉田ヒロフミはベッドの上にひとりきりだった。
もう一度シーツと同化したい気持ちを振り払い、乱れた髪を手櫛で直しながら身を起こす。比較的築年数の浅いこのマンションの一室は、一年中暑くも寒くもなく保たれている。つまりは今、吉田の裸の背中を不快に湿らせる汗は空調の不備によるものではなく、ここ数時間の吉田の振る舞いのせいであったし、つまりは岸辺のせいでもあった。完全なる当事者であるはずなのに、事が済んだら言葉の一つもかけずにさっさと寝室から立ち去り、今は恐らくベランダで煙草を吸っているはずの家主を少しだけ恨めしく思った。が、さしたる重みもなく過ぎっただけのその感情は、強く主張を始めた喉の渇きにあっさりと優先順位を取って代わられた。
5672もう一度シーツと同化したい気持ちを振り払い、乱れた髪を手櫛で直しながら身を起こす。比較的築年数の浅いこのマンションの一室は、一年中暑くも寒くもなく保たれている。つまりは今、吉田の裸の背中を不快に湿らせる汗は空調の不備によるものではなく、ここ数時間の吉田の振る舞いのせいであったし、つまりは岸辺のせいでもあった。完全なる当事者であるはずなのに、事が済んだら言葉の一つもかけずにさっさと寝室から立ち去り、今は恐らくベランダで煙草を吸っているはずの家主を少しだけ恨めしく思った。が、さしたる重みもなく過ぎっただけのその感情は、強く主張を始めた喉の渇きにあっさりと優先順位を取って代わられた。
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DONE【チェンソ】8巻デパート後の岸と吉運転手岸と助手席吉が喋っているだけ 生き物の死体描写があります
岸吉 中央分離帯の縁石のそばに、ひとかたまりの塵が落ちている。
光沢の失せた黒。目を凝らすと、何かを隠し持つ両手のような形で折り畳まれた形状と、奇妙な位置から突き出した硬質な尖りが見えた。翼と、嘴。
カラスだ。カラスが死んでいる。吉田ヒロフミがそう認識した頃には、その死骸ははるか後方に消えていた。
バックミラーを覗いてみたが、当然ながら運転手である岸辺が見やすい角度に調整されているその中には、目当ての物は見つけられなかった。諦めて、浮かせかけた腰を助手席のシートに落ち着ける。
昼間の高速道路はひどく空いていた。
「カラスの死骸って初めて見ました」
そう言って、自分で可笑しくなる。それは嘘ではないが、嘘ではないだけの言葉だった。
3496光沢の失せた黒。目を凝らすと、何かを隠し持つ両手のような形で折り畳まれた形状と、奇妙な位置から突き出した硬質な尖りが見えた。翼と、嘴。
カラスだ。カラスが死んでいる。吉田ヒロフミがそう認識した頃には、その死骸ははるか後方に消えていた。
バックミラーを覗いてみたが、当然ながら運転手である岸辺が見やすい角度に調整されているその中には、目当ての物は見つけられなかった。諦めて、浮かせかけた腰を助手席のシートに落ち着ける。
昼間の高速道路はひどく空いていた。
「カラスの死骸って初めて見ました」
そう言って、自分で可笑しくなる。それは嘘ではないが、嘘ではないだけの言葉だった。