With Love 今思えば、なんてことのない出会いだった。転生したばかりの文豪は、この世に再び生まれた弊害か、記憶も心も曖昧なのだという。だからあの時、あいつが見せたあの微笑みも、気を許したような姿も刹那的なもので、「敵」と認識された己に再び向けられることはないのだろう。そんなものを、ずっと、待ち望んでいる。
当初は、こんなはずではなかった。自分が志賀直哉だと知った途端に手のひらを返した生意気な青年を、懐柔できやしないかと、半ば意地で菓子を渡していたはずだった。初めは、「いらない」と即座に切り捨てられていたのが、口籠るようになり、困ったように口をもごもごさせるようになり、ついには、文句を言いながらも「仕方ないな」と受け入れるようになった。意地の勝利だった。それを親友に言うと、驚いたような顔で言うのだ。
604