With Love 今思えば、なんてことのない出会いだった。転生したばかりの文豪は、この世に再び生まれた弊害か、記憶も心も曖昧なのだという。だからあの時、あいつが見せたあの微笑みも、気を許したような姿も刹那的なもので、「敵」と認識された己に再び向けられることはないのだろう。そんなものを、ずっと、待ち望んでいる。
当初は、こんなはずではなかった。自分が志賀直哉だと知った途端に手のひらを返した生意気な青年を、懐柔できやしないかと、半ば意地で菓子を渡していたはずだった。初めは、「いらない」と即座に切り捨てられていたのが、口籠るようになり、困ったように口をもごもごさせるようになり、ついには、文句を言いながらも「仕方ないな」と受け入れるようになった。意地の勝利だった。それを親友に言うと、驚いたような顔で言うのだ。
「自覚してなかったの。意地なんて、とっくに通り越してたのに」
そう言われればそうだ。自分は、向けられる悪意を切り捨てるのは早い。だというのに、何故ここまで太宰相手に食い下がったのか。気が付いてからは受け入れるのに時間はかからなかった。むしろ、ようやっと納得がいった。
それからはあいつの、困った者を切り捨てられない甘さに付け入っては、もはや執着じみた思いを込めた菓子を押し付けている。あいつのために今日も、菓子を「余らせる」。
今日も、心を込める。いつかあいつの中が、俺で満たされてしまえばいいと思った。