あなたと共に過ごすなんでもない日々を KKと一緒に暮らし始めて一年以上が経った。
暁人も社会人になり、次第に仕事が忙しくなるにつれてどうしても自分一人で家事を担当することは難しくなり、KKからも提案があって分担するようになった。初めからKKが全く家事をやらないわけではなく、暁人自身がやらせて欲しいと頼んだのもあって、正直なところ分担をすることは躊躇った。だが中途半端になってしまうことの方が嫌で、ここは素直にKKにお願いすることにしたのだ。
「KKごめん、今日も遅くなりそうだから…先にご飯、食べててね」
「おう、今日はオレも遅くなるだろうし、外で食べてくるから気にすんな、洗濯物は畳んでから出るからよ。お前も、なにか食べろよ?」
「うん、じゃあいってきます!」
ぎゅっ、とKKを抱きしめて頬にキスをする。どうしても一緒にいる時間が減ってしまって、その代わりとスキンシップを増やすことにした。これだけで、大変な仕事も乗り切れる。今日を乗り切れば、明日は定時退社できる予定だ。暁人は明日の夜のことを考えながら、会社へと向かった。
食べてくる、と言ったものの、依頼が終わった頃にはもう深夜になっていた。家に帰ってカップ麺でも食べようと、KKは帰路に着く。家に到着して玄関を開けると、暁人の靴がまだ無かった。
「アイツ……まだ帰ってきてないのか?」
遅くなったとしても日付が変わったことまでは無い、すぐにスマホを開くもなにも連絡は来ていない。
――まさか。
事故に巻き込まれたか、或いは――。
KKは空腹も忘れて、家を飛び出した。
「流石に、疲れてきたなぁ…」
その頃、暁人は歩いて帰路に着いていた。仕事自体はとっくに終わっていたのだが、忘れ物を取りに会社に戻って終電を逃してしまった。我ながら不覚だと、暁人は肩を落とす。
空を見上げていると、一筋の光る線が見えた。
「……あ、KKだ!」
ワイヤーを使って、上空からKKが降り立つ。暁人の姿を見るなりがしっと肩を掴む、その表情は不安と焦りが浮かんでいた。
「オマエ……なんでこんなところにいるんだよ」
「あー……えっと、その……」
暁人が簡単に説明すると、KKは大きくため息をついてそのまま暁人を抱きしめた。
「ったく……心配させるんじゃねぇよ…………」
暁人に触れるその手は、暖かった。
「ごめんKK……もしかしたらもう寝てるかと思って、連絡しなかったんだ」
「寝るどころかついさっき終わって帰ってきたんだよ、あー、肝が冷えた……」
「ごめん……」
再度謝ると、KKが暁人の顔をじーっと見つける。少し怒っているようにも見えた。
「……オマエ、最近やたらと謝るよな」
「ええ?そんなこと、無いと思うけど」
「無自覚かよ、今日だけで3回も謝ってんぞ」
「ごめ……」
また謝りかけて、暁人が口を閉じかけたところを柔らかな唇で塞がれた。ふにふに、と唇が合わさる感触とぺろりと熱い舌で舐められる感触に、思わず鼓動が早まる。
「ほら、さっさと帰るぞ」
「う、うん」
不意をつかれた上に、外でキスを交わしたことが嬉しくて、顔を赤らめながらも暁人は笑って頷いた。KKが暁人を抱えて、上空にワイヤーを伸ばしそのまま飛び上がる。二人だけの、夜間飛行だ。
それから数日後、暁人の会社の繁忙期とKKにとってのゴーストハント繁忙期が重なり、食事を共にする時間どころか、朝の見送りもできないことが続き、一緒に住んでいながらやりとりはスマホのメッセージのみとなっていた。
「つまんないな……」
誰もいない休憩室で一人缶コーヒーを飲みながら、暁人は呟いた。暁人が休みの日さえも、KKが遠方の依頼でいないこともあり、逆もまた然りだった。
――このまま、同居が解消になったらどうしようか。
今のふたりの状態は、所謂すれ違いというものだろう。せっかくKKを説得してなんとか同居生活にまで漕ぎ着けたのだ、それなのに。
もしかしたら今日はおやすみぐらいは言えるかもしれないと、暁人は缶コーヒーをぐいっと飲み干し、仕事に戻った。
「つまんねぇなぁ……」
最後のマレビトを始末して、KKが煙草を吸いながらため息混じりに煙を吐き出した。トントン、と灰を落としながら黙って煙草を吸い続ける。
――アイツのことだから、別れようなんて言い出すかもな。
考えたくもないことが過ぎる。せっかく、暁人から懇願されて同居生活を始めたのに、こんなに互いに会えなくなるとは思わなかった。どうせ会えないなら、と暁人ならそう切り出すかもしれないとKKは悪い結果を想像してしまう。
霊視をして、近くにマレビトや怪異の気配を感じないことを確認してポケット灰皿を取り出し、煙草の火を消した。ひょっとすると今日は暁人の顔を見れるかもしれないと、KKは上空にワイヤーを伸ばした。
いつもより早く帰路についた暁人は足早に二人の住むアパートへと向かう。途中で、いつも買い物をしているスーパーがまた開いていることに気がつき、サラダ油が切れかけてたことを思い出した暁人はそれだけ買っていこうと立ち寄る。
サラダ油を手に取り、レジに向かおうとする。すると割引されているお惣菜が目に入り、つい足が止まった。
「このお惣菜……KKが気に入ってたなぁ……」
時間帯もあり、割引シールが貼られている。少し考えて、KKが食べなければ自分が食べればいいかとそれをカゴに入れて今度こそレジに向かう。
「……あれ?」
レジに見慣れた姿を見つける――KKだ。
買い物をしているなんて珍しい、とつい眺めているとその気配を察知したのか、KKが振り返る。目が合って、暁人は少しドキッとした。
暁人が会計を済ませる間、KKは外で待っていてくれていた。片手にレジ袋を下げている。
「お待たせ、KK」
「おう、お疲れ。一緒に帰るか」
「うん!」
久しぶりに、二人並んで歩く。互いに何を話す訳でもないが、無言の時間は苦ではなかった。
ふと、暁人はKKが何を買ったか気になって尋ねる。
「あ?これか?サラダ油だよ、あと惣菜」
「……えっ!僕もサラダ油買っちゃった、お惣菜も」
顔を見合せて、思わず笑いだした。
「ははっ、しばらくサラダ油は買わなくて良さそうだね」
「そうだな。惣菜は……冷蔵庫にビールも冷やしてるし、帰ったら久しぶりに飲むか」
考えてる事は一緒なんだな、とつい嬉しく思う瞬間だった。
「このまま、別れちゃうのかなぁ……って思っちゃってさぁ」
「バカヤロウ、誰が別れるかよぉ」
2人とも久々の酒と疲労もあって、酔いが回るのが早かった。べったりとくっつきながらダラダラと過ごす。
「けぇけぇ、もう僕さぁ、仕事辞めてずーっとけぇけぇと一緒にいたい……」
「おー、オレが養ってやろうかぁ?」
「んーん、ヒモはちょっと……それはやっぱり嫌だから、一緒に仕事、したいんだけど」
以前、一緒に仕事をしたいと言った時は断られてしまった。危ない目に合わせる訳にはいかないと、KKが許してくれなかったのだ。
しつこく頼むのはさすがに鬱陶しいかと、それ以上その話題は出さなかったのだが、今は酔っ払ってつい本音が飛び出した。暁人はしまった、と酔いが冷めかける。すぐに訂正しようとすると、それよりも先にKKが暁人の頭を撫でてきた。
「……オレもよぉ、あの時ダメだって言ったこと、後悔してんだよ」
それでもな、とKKがそのまま続ける。
「オマエを危険な目に合わせたくないのは事実なんだよ、大事な人を失うのはもうこりごりだ……だけどよ、この前オマエがなかなか帰ってこなかった時、正直生きた心地がしなかった」
ずっとそばにいてくれ、と言うだけは簡単なことである。だがそれを遂行するとなると実際は難しいもので。
「……KK、僕だって男なんだよ?守られてばかりなんて、嫌だってば」
ふにっと暁人の唇がKKの唇に触れる。
「……抱いていいか?」
「えぇ、突然?」
もう、と呆れたように暁人がクスクスと笑う。
「明日、僕休みなんだ」
「オレもだ、そうだと思って休みにした」
さっきの返事は、明日の朝ベッドの上で聞かせてね。
おまけ
「暁人、オマエ次から謝ったら罰金取るからな」
「ええ!?なんでだよ」
「どうせお前のことだから職場でも謝りまくってんだろ、だからってオレにも謝るんじゃねぇ」
「そんなつもりないけど……無意識って怖いなぁ」
「謝るくらいなら礼でも言って貰える方が嬉しいもんだぜ」
そんな会話があって、数日後。
「洗濯物、畳んでくれてありがとうKK」
「お風呂洗ってくれたんだ、ありがとうKK」
「ちょうど洗剤切れてたんだよね、買ってきてくれてありがとうKK」
「…………オマエ、それわざとだろ」
言われる度にKKが嬉しそうな表情を少し見せるのが楽しくて、ちょっとしたことでも感謝の気持ちを伝えるようにした結果、KKの自己肯定感は上がりつつあるようだった。
「KKってかわいいところあるよね」
「おう、そうだぞ」
楽しげに会話しながら開くクローゼットの中には、KKのジャケットと色違いのものが掛けられていた。